004_魔術師は石壁に降り立つ
大地を揺るがす振動と、力強く蹴り上げる音。風切り音がひとつ鳴ると、突風が顔をかすめ土煙が晴れあがり、
「怪我はないみたいだな。間に合ったか」
彼女はそう言うと、こちらを真っ直ぐと見つめ、琥珀色の瞳を細めてニッコリと笑った。
その手に持つのは土煙を横一閃なぎ払ったロングソード。中世ヨーロッパの騎士を彷彿とさせる剣を握りしめてる。
俺の安否を確認すると、ひらりと身をひるがえして巨大ガエルを正面に迎える。
怪物を前にして物怖じしない立ち振る舞いは、いくつもの戦場をくぐり抜けてきた剣士そのものだ。
まるで映画のワンシーン。どこかしらで聞いた事のあるありきたりなフレーズが浮かんだ。
――――どうやらこの物語の主人公は彼女で、俺がヒロインらしい。
しかし、それも悪くない。度重なるイベントに追いついていない脳は、いまだに現状を理解するのに手間取っているが、彼女がヒーローであることは明確だった。
真っ赤に染まった西日を受けてもなお白銀に輝く鎧を身にまとい、俺の腰にそえた短剣よりよっぽど大振りな剣を軽々と操る。ロングソードの長い刀身とは裏腹に小柄な身体であったが、今は巨大ガエルより大きく思えた。
右足を軽く引いて、すうっと腰を落とし剣を構える。その動作の一挙手一投足が軽やかで美しく、堂々とした身のこなしは惚れぼれする。
感情ジェットコースターの乱高下に飲まれた俺は、性別まで忘れて乙女のごとくトキめいた。正真正銘の見ず知らずの土地(異世界)で助けてもらい、一方的に喋りかけられただけなのに。
これじゃあまるで教室の隅で縮こまっている陰キャオタク君が、陽キャのギャルに話しかけられただけで好意を寄せてしまうアレと一緒ではないか。お前も所詮、湿った暗がりでヒソヒソとデュフフしているヤツと一緒だな! ……そういって俺に石を投げようとする輩もいるだろう。
しかし、声を大にして言いたい。
このシチュエーションが物語でなく現実に起こってしまったら、トキめかないヤツはいない。
すんでの所で現れる主人公気質。見ず知らずの人間に手を差し伸べる勇敢さ。そして、たくましさとは真逆の可愛らしい顔立ちから向けられた、それもボクだけに向けられたとびきりの笑顔……!
俺でなくとも惚れていたね。そう結論付けて問題ないと断言できる、神に誓っても。
あぁ、もはや剣士と形容するのももったいない。あれこそが本物の天使。……天界のクソ天使と違って。
異世界に現れた救世主、メシア、クリストの再臨、エトセトラ――。
――――つり橋効果に惑わされ、別に危機が去ったわけでもない戦場にもかかわらず、彼は脳内会議でガヤガヤとしっちゃかめっちゃか御託を並べ続けていた。これもある種のパニック症状なのだろう。
そんな彼をよそに女は仲間に指示を飛ばす。
「シルド、少年を守ってやれ!」
女と同じ道から遅れて男がやってきた。足取りは重たそうだったが、目の前まで来ると巨大ガエルを見据えてどっしりと構えた。
「俺の後ろから離れるなよ。それさえ守れば死ぬことはない。絶対にな」
男は巨漢だった。
背丈は俺と然程変わりなかったが、その横幅である。太っているというわけではない。
鈍く光る鋼鉄の鎧。はたから見た胴のシルエットはアルマジロを連想させる、まるで球体のような形状だった。下も同様に、関節を沿うように球状の武具を装着していた。
さらに、その姿もさることながら注目すべきは『盾』だろう。
男が片膝立ちで構えれば、幅のある装備をすべて覆い隠せるほどのデカさ。
言うなれば、もう一つの壁。摩訶不思議な力で創造された石壁ではなく、異世界人の俺でも理解できる確かな存在。
両手で持った盾は、一切の取り回しを考慮せず防御に極振り。武器の一つも持ち合わせていない様相は、守るべき者を背負った盾職の到達点なのかもしれない。
涙目にぼんやりと映る光景。二人の背中がモンスターに立ち向かう。
異世界での人間との邂逅は、彼に再び命を灯火をともす。
――――俺はまだ生きていられるのか?
やはり放心状態で言葉はでなかったが、頭の中心で巣食っていた恐怖が徐々に瓦解していく。




