003_Signalize
目をつむって神に祈る。
嗚呼、あの女神でもいいから助けてくれ。
そんなクソッタレな嘆きもつゆ知らず、巨大カエルは鳴き袋に溜めた体液を勢いよく噴射した。
顔面めがけて液体が空を舞う。十字を切る暇なんてない。ミリ秒単位で世界を観測しているかのように飛沫の一つひとつが鮮明に描写され、その酸攻撃めいた凶器の刃がコマ送りで接近し――――、
「エッダによる防衛魔術――ベルグリシの石壁!」
森の奥から聞こえた猛々しい男の声。
そして、――――――彼を暗闇が包んだ。
ナニ……何だ…………?
……俺は死んだの……か…………?????
脳内に乱立する疑問符。目まぐるしく移りかわる景色にCPUが処理落ちする。
この暗闇に一つ答えをだすのであれば、それは死への手向けであった。前世で味わった、目の前が真っ暗になったあの時と同じように。
だがしかし、その答えを導きだした思考が途切れていない。つまりは不正解である。
何が起こったのか理解が追いつかない。リソースを回復しはじめた脳はゆっくりと現状を確かめていく。
――ヒトツ、耳が張りさけんばかりに拍動する心臓は、いまだに心音を鳴りやませず稼働している。
――フタツ、痛みもない。
――ミッツ、もしかして全身に体液を浴びて、全ての末端神経が消滅してしまったか? ほとばしるほど熱くなった体温や、少し湿っていてひんやりとした地面の感触は、その考えを即座に否定した。
――ヨッツ、もしくは視力を失ったのか? 視界は閉めきった部屋のように暗かったが、物の輪郭の残影がほんのりと瞳に映っていた。
ではこの暗闇はいったい?
彼は眼前の出来事に処理が追いつかなかった。否、異世界の住人でなければ追いつくはずもなかった。
暗闇の正体。
脊髄反射で頭を守るように地面を向いていた。永遠のように感じた攻撃は止んでいて、体液の雫の一つもかぶっていない。恐るおそる顔を上げる。
――――石壁。
目と鼻の先。大地から隆起した石壁が立ちはだかり、大樹のようにそそり立っていた。
『ベルグリシの石壁』
直前に聞こえた言葉を反芻する。石壁が眼前にまで迫った体液を受け止めていた。
辺りを照らしていた刺すような斜陽は、背後に長い影を落としている。これが暗闇の正体だった。
「少年、諦めるにはまだ早いぞ! 私たちが来た!」
女の声。低音が響くハスキーな声と共に石壁が崩れ、パラパラと土煙が舞う。
声は森の奥から聞こえた。そちらに視線を向けると、土煙のカーテンの向こうから人間のシルエットが見えた。シルエットは己の期待を体現するように大きくなっていく。
大地を揺るがす振動と、力強く蹴り上げる音。風切り音がひとつ鳴ると、突風が顔をかすめ土煙が晴れあがり、
「怪我はないみたいだな。間に合ったか」
彼女はそう言うと、こちらを真っ直ぐと見つめ、琥珀色の瞳を細めてニッコリと笑った。




