002_眼前に突風
「痛ってぇ……」
木の揺れる音。大量の葉擦れが、森の遠音まで響く。
天界(?)から転移されてすぐ意識はあったものの、ワープポイントを間違えていたのか、木の上に転移したようだ。
間抜けな声をあげながら落下した。柔らかい枝のおかげで怪我はしなかったものの、ケツの割れ目が四つになってしまいそうなくらい痛い。
「クソッ、絶対転移先ミスっただろ!」
異世界にきて早々不幸だ。
今どきドジっ娘属性デスカ?と、ただちに天界に戻って問いただしてやりたい。『死』という人生最後の一大イベントをおざなりな対応をされ、さらにお猿さん専用の出現地点に放りだされると、温厚・温和・温良の三拍子で謳われる流石のオレでも怒りが湧いてくる。
カワイイオンナノコならなんでも許されると思うなよ?最近流行りのチョロイオタク君とはひと味違うだぞ!
……とまぁ、見ず知らずの新天地で能書きをたれてもしょうがない。そんな歪んだ一般論は犬にでも食わせとけてと偉い人が言いに来そうだ。
悶々としていると冷やかな風が顔をなでた。行き場のないを憤りを飲み込み、辺りを見渡す。
巡らす視線の先々に映るのは、どこもかしこも木、木、木。建造物の一つも見えない森の中だった。
鼻腔を刺激するのは新緑の匂い。ザワザワと騒がしい森は夕暮れに染まり、不気味に思える。さっきまで雨が降っていたのか、ほんのりとぬかるだ地面にはお尻の跡がくっきりと残していた。
また、樹海というには見通しが良い。雑多に樹木が生い茂っているわけではなく、所々に下草が生えているだけで、踏みならされた形跡がある。
とりあえず未開の地ではなさそうだ。
ここはひとつ、不幸中の幸いとポジティブに捉えておこう。そうで無いと気がもちそうにない。
次に自身について。
手足の観察、可動域の確認、そして軽く動いてみた感じ、感触は転生前と全く同じだ。
確証はないが、おそらく顔も変わっていない気がする。どうせならイケメンに生まれ変わりたかったけども。
服装はレザーと布で仕立てられていた。こんなこじゃれた服、もちろん自宅警備員の俺に覚えがあるはずもない。
焦茶色のレザーはワニのようなウロコの彫が特徴的で、牛や豚とは違った硬質な革だ。
養殖モノにはない野生特有のキズが入っているが、レザーの表面は新品同様の艶やかな光沢を放っている。
布は亜麻のようなカラッとした通気性のよい素材で、熱がこもらず動きやすい。
ザ・冒険者といった服装。しっかりとした縫製で激しい動きでも崩れる気はしなかった。
それから何より目を惹くのが、腰にそえられた短剣。
刃渡り4、50センチ。刀身は厚く身幅は広い。刃に軽く触れてみるが、皮膚が斬れることはない。刀身から柄まで同じ鋼で打ち出されていて、持ち手には布が巻いてあるだけ。
装飾もない無骨なデザインは、例えるならレベル1が持っていそうな武器だった。
しかし、いざ手にしてみるとゲームにはない重量、ズッシリとした重さを感じる。決してナマクラではない、現実世界では持つことのない殺傷するためだけの道具だった。
ここが本当に異世界であり、現実でもあることを改めて実感する。
この装備を見るかぎり、争いが起こりえる世界観なのだろう。
ニートだった俺がこれを振りまわして戦うなんてこと出来るのか?
それに相手は未知数。もしかしたら人間を相手にする世界かもしれない。
俺はこの先生きのこれるのだろうか。
転生した高揚感から一転、そんな不安が影を落とした。
――ゴッゴッゴッ
突如、静かだった森に異音が鳴り響く。葉擦れとは違う、生っぽい独特な響き。
不安を体現したかのように近づいてくる音は、徐々にハッキリと聞こえてきた。
――ゲコゲコ!ゲゴゲゴゴゴッ!
どこか聞き覚えのある鳴き声。その声は現実世界の実家の隣に広がる田んぼを想起させる。しかも土地だけは余りに余っている、どこまでも広がる畑から聞こえる合唱と同等の爆音を鳴らしていた。
「で、でっかぁ……」
ドスンドスンと現れたのは、目測1.5メートルの巨大カエル。
人と肩を並べる高さ。全長は3メートル超えていそうだ。
「あー……これ、無理だ。ムリムリムリ! 絶対に無理だって!!!!」
まず対面して感じたのは、敵意。ゲコゲコと喧しい鳴き声は威嚇であろう。クリっとしたマンマルオメメは、そのバカ程デカいサイズでなければ可愛らしかったかもしれない。飛び出た双眸から向けられる恋人のような熱い視線にひとたび睨まれれば、蛇に睨まれた蛙――もとい巨大蛙に睨まれた俺になるってわけだ。
異世界転生なんてクソくらえ!
早急に逃げたい気持ちが湧きたつが、足がすくんで動かない。
目測1.5メートル?俺と同じ背丈?――――馬鹿言え。
冷静さを欠いた脳ミソは段々とヤツを巨大化させていく。錯視的に大きくなった巨大カエルは、あの日見た奈良の大仏、もしくは都会に悠々と立ち並ぶビルのようだった。
それにそもそもの話、現実の野生動物より巨大な生物なんて相手にできるはずがない。
近づいてきた巨大カエルは、上体をのけ反らせてぷっくりと鳴き袋を膨らませる。
攻撃が来る。そう予感させる予備動作は死を連想させた。
「――――――――ハッ、アハハッ、アハハハハ!!!! もうゲームオーバーかよ!? 第二の人生終わりだぁ」
足はガクガクと震えて、視界は涙でぼやけていく。腰が抜けてヘタっと座りこむと、股から情けなくジョロジョロと体液が流れでていき、生暖かさが包み込んだ。
死への底知れぬ恐怖は、身体全体を脱力させて避けることもままならない。
どこかで聞いた、ナマケモノは捕食される瞬間、痛みを抑えるために全身の力を抜くとかいう真偽不明の嘘みたいな雑学。
オイ、俺を送り込んだ女神。見てるか?
21歳、引きこもりニート、転生してすぐ失禁しながら無様に殺されるって、さながらナマケモノって言いてェのか?
誰にも届くはずもない嘆き。混乱した思考は、この理不尽な死を意味もなく他責する。
巨大カエルはこちらに口先を向けて狙いを定めた。準備完了といったところか。
現世にも前世にも未練なんてものはないが、ただひたすらに死ぬのが怖い。
目をつむって神に祈る。
嗚呼、あの女神でもいいから助けてくれ。
そんなクソッタレな嘆きもつゆ知らず、巨大カエルは鳴き袋に溜めた体液を勢いよく噴射した。




