001_見放された凡人
「次の人」
気だるげな声が脳内に響くと、徐々に視界が明るくなった。
寝すぎたときのように頭が上手く働かないが、ここがベットの上ではないことは分かる。
冷たい床。倒れた身体を動かして仰向けになる。
屋外なのだろうか。
漆黒にほんのりと青をのせた濃藍色の夜空。空にはプラネタリウムのように、一つひとつの星がはっきりと見えて、赤、青、白と鮮やかに輝いている。
都市の光で遮られた街中では決して見ることのない光景は美しく、心を落ち着かせた。
「マワリブチ イロリ、男性、2003年12月4日生まれ、21歳、無職」
身体を起こして声のほうを向くと、女性が椅子に腰掛けていた。
口早に告げられた言葉は、俺の素性について。
「“UXI 021.151”にて天界協定時刻、190-11-02-328――死亡」
そうか、俺は死んだのか。
いつも通りゲームをしていたら、急に胸の奥に激痛が走り、そのまま意識を失った。
「……」
女性は宙に手をやり、俺には見えない何かを操作している。
神話を描いた絵画に出てきそうな、白い布で仕立てた長衣。手を動かすたびに腰まで伸びたブロンドの髪が細やかに揺れている。
「あの、俺って死んだんでしょうか?」
「……そうですけど」
会話をする気はない。そういった風に、女性はこちらを一瞥して面倒そうに返答した。
状況と風貌から察するに天使、もしくは女神。
手はせわしなく動き続けている。おそらく手続きでもしているのだろう。
美人ではあるが、目元には薄っすらとクマが浮かび、やつれた様子だった。
バイトでしか働いたことのない俺が言えたことじゃないが、天界のお仕事はブラック気味のようだ。
「えー……、あなたは一度死にました。これから別世界に転生してもらいます」
「あ、ハイ」
唐突な異世界転生。当たり前のように天国(?)に連れてこられて、転生宣言されると一周回って冷静になる。
彼女はどうでもいい事のように、せわしなく手を動かしながら話を続ける。
「別世界とは、アナタの住んでいた時空間とは別の場所――チキューで言うところの…………異世界? ですが、その実、十三次元上で世界は繋がっており、相互に影響を与え合っています。異世界の活動が基底宇宙に影響を与えるように、アナタ達が行った活動も異世界に影響を与えているわけです」
「はぁ、いまいち理解できないのですが」
「アナタ達は次元に縛られた存在なので理解は難しいと思いますが、転送したらすぐに分かります。多少法則は異なりますが、あなたの身体は向こうで再構築されるので……まぁ、いい感じに過ごしてください」
他人事と言わんばかりに投げやりに話すと、自分の周りが光り始めた。
手続きが終わったのか、手を下げてこちらに向きなおり、
「それでは転移します」
「えっ、異世界についての説明とかは? アッ……ハイ」
段々と眩しくなる光。もう後戻りできなさそうな輝きに、説明を求めるのを諦めた。
マワリブチ イロリ、21歳。日本では社会に出ることもなく逝去し、天界では全く異世界について説明されることなく転送される。
神に見放されているのか。生前からツイてない彼は、生まれもった低LUCでその生涯を終えた。
そして今回もまた、ちょっとばかし運が悪かったようだ。
全身が光に包まれて意識が遠のいていく。
フワッと光子が瞬くと、女性の眼前から転生者が消えた。
「手間のかからない人で良かったぁ……って、あっ!」
眠たげだった眼がひらき、驚いたように口元に手を当てる。
「願いごと聞くの忘れてた……」
次元に干渉して能力操作するか、もう一度呼び出そうか、それとも存在ごと消去してしまおうかと思案した。
しかし彼女の仕事はまだまだ残っている。
「まぁ、いっか。次の人――」
無能力。チートでもなく縛りでもない、一般人の異世界転生がはじまる。




