1-3.果物屋の一室
黒い羊の箱はどこ。
◆作中に登場する外国語単語
・キアッケレ(伊chiacchiere):砂糖をまぶした薄い揚げ菓子。特にカーニヴァル中に食べる
・ブラッチェーレ(伊braciere):火鉢
・ジェッソ(伊gesso):チョーク
・キアロスクーロ(伊chiaroscuro):明暗法。明暗のコントラストを強調した絵画技法
・アルファベト(那arfabèto):アルファベット
・アカデミア(伊academia):美術学校。芸術家教育、留学支援、展覧会(販売含む)を行う。女性は入学不可。(若干名の例外あり)
裏門に着けていた馬車に乗り込んで、ゼゾッラはまず銀貨十六枚をトマソに渡し、引きかえにくだんの金貨を受け取った。トマソは上機嫌で銀貨をボルサに収め、肩の荷が下りたかのように深く息を吐いた。
「助かったぜ。金貨なんて持ち歩くと目立ってしようがねえからな。持つべきものは金持ちの知り合いってことだ」
「それはどうも」
ゼゾッラは金貨を手巾に包んで自分のボルサに差し入れ、他の持ち物をかき分けて一番下に仕舞った。トマソは窓枠に肘をつき、ふと思いついて空いた手をゼゾッラの方に伸ばしてきた。
「その知り合いが、ついでに気前も良いともっと嬉しいけどな。祭りのご祝儀に、銀貨の四、五枚くれても良いんだぜ? チェネレントラ」
「ラヴィニアに家賃を払って、お金が残ったらね」
「ちぇっ」
トマソの差し出してきた掌を、ゼゾッラは軽く叩いた。小さく肩をすくめたトマソに、今度はゼゾッラが問いかけた。
「ところでトマソ、お前が昨日お義母様に頼まれて運んだ荷物だけれど、どんな箱だったか覚えていて?」
「ええと、これくらいの木箱だったよ。鍵がついてたから、お高い毛皮だの宝石付きの着物だのを入れてたんだろうさ。ああそういえば、鍵穴の飾り板のところに、羊の浮彫があったぜ。かなり錆びて真っ黒になってたけど」
トマソが答えたところでちょうど馬車が動き出し、車内は大きく前後に揺れた。トマソは窓枠に掴まって、日除け布の隙間から御者席の様子を覗いたために、答えを聞いた瞬間のゼゾッラの顔を見なかった。膝に抱えた籠の中身を気にしていたジネヴラは、揺れが収まったのを見て取ってようやく顔を上げ、急に黙り込んだ主人の方を振り返った。正面よりわずかに下の、見るべきものは何もない辺りを見たまま動かないゼゾッラを訝しく思った彼女は、わざと冗談口に紛れさせて主人に話しかけた。
「なに、ガッタ。もしかしてあれって、前の奥様が亡くなった時に、上に落ちてきた荷物だったりするの? 分かった、きっと悪魔の呪いでおかしなことが起こったから、奥様が気味悪がってよそへ捨てようとしたんだよ」
「え?」
「おい、やめろよ。前の奥様ってあれだろ? 輿入れから三月も経たずにおかしくなって、召使いを物盗り扱いしたり、壁に話しかけたりしたっていう女だろ? 悪魔憑きだってみんな言ってたぜ。荷物を運んだだけで、呪いに巻き込まれるのはごめんだからな」
トマソはうそ寒そうな顔をして、昨日その木箱に触れた両掌をカルツォーニの腿に擦りつけた。ゼゾッラは足元から這い上がってくる痛みを押し隠し、必死に落ち着いた表情を作って二人を諭した。車内には車輪が地面を噛む音と、馬具の軋む音が絶え間なく響いており、彼女は普段より声を張り上げなければならなかった。
「おやめなさい、亡くなった方を悪く言うなんて無作法よ。前の奥様が亡くなったのは地震で衣装箱に挟まれて、その上に荷箱が落ちてきたせい。一緒にいたのは私だけなのだから、悪魔の呪いならまず私に何か起こっていないとおかしいわ。あの事故の時に、荷物がいくつも落ちて入り混じってしまったから、お義母様が大切な物をごみと間違えて持ち出してしまわれたらいけないと、思っただけよ」
ひとこと口にするたびに、ゼゾッラの左足の裏から膝へと、痛みが骨を伝って上ってきた。ついに小さく息をもらした時、ようやくジネヴラが主人の様子に気づいた。彼女は主人の白い横顔に滲んだ冷や汗を見、関節が白くなるほどの力で左膝を掴んでいる左手を見た。そしてジネヴラは膝に抱えていたまだ温かい籠を持ち上げると、主人の膝にそっと下ろした。
「ガッタ、これで膝をあっためるといい。こぼさないようにね」
「……ええ」
ゼゾッラは受け取った籠を膝に乗せ、左の膝頭の辺りにその温度を押し当てた。ミディウムの熱が籠からゆっくりと膝に伝って、脈打つような痛みが少しずつ和らいでいった。
「何だよ。ご主人様に荷物なんか持たせて良いのか」
「足を温めるんだよ。ガッタは左足の裏に古傷があるんだって」
ジネヴラは、主人の横顔にかすかな赤みが戻っていくのを見ながら答えた。トマソは呆れたように眉根を寄せた。
「足の裏に傷? なんだそれ。公爵家のお嬢様のくせに、裸足で外でもうろついたのかよ」
「花瓶の破片を踏んだのよ。鋭かったから、靴を刺し貫いて足に届いたの。昔の話よ」
「何だって?」
トマソが訊き返したのは驚きの為ではなく、周りから押し寄せてくる音のためだった。馬車から発せられる音と、馬車の通る大通りの騒がしさで、車内は怒鳴り合わなければ会話もままならない。ゼゾッラはまた、慣れない大声を出してトマソの問いに答えた。
「花瓶の、破片を、踏んだの!」
「ああ、花瓶ね。そりゃ災難だったな。あんたが庶民だったらそんな怪我しなかったろうに。貧乏人は花瓶なんか家に飾ってねえからさ」
トマソは笑いまじりに同情して見せ、ゼゾッラは肩で息を吐き出した。ジネヴラは元気を取り戻した主人の様子を微笑んで見ていたが、この話を聞くたびに心ににじむ疑いを、この時も綺麗に拭い去ることができなかった。鉄の釘ならまだしも、陶器の破片を靴の上から踏んで足に刺さるようなことがあるのだろうか? しかもゼゾッラは大貴族の跡取り娘で、本当ならばいつも大勢の召使いに見守られる立場だ。花瓶の破片の撒き散らされた床を歩くことなど、周りの大人が許すだろうか。いつの間にか笑顔を消して考え込んでいたジネヴラに、今度はゼゾッラが声をかけてきた。
「どうしたの? ジネヴラ。急に黙り込んで」
「あ、いや……」
ジネヴラは作り笑いで誤魔化そうとして失敗し、あくびをかみ殺したように開きっぱなしの口元を、緩く握った拳で隠した。彼女は視線をさまよわせ、自分の膝に投げかけられた陽光の筋をちらと見て、ようやく主人に答えた。
「えっと、席、換わろうかって、言おうとしてたんだ。こっちの方が、少しだけあったかいからさ」
◆◆◆
北東に進んだ馬車は市場の門を通り過ぎ、脇道に入ったところで停まった。馬車の中は途端に暗くなり、まだ日暮れの前であるのに手元を見るにも苦労するほどだった。轍を横切ったために起こった大きな揺れをやり過ごした三人の方へ、覗き窓から目だけを出した御者が、言いにくそうに告げた。
「お嬢様、すみません。ここからは道が」
「ええ、降ります。気を付けてお帰りなさい」
ゼゾッラは抱えていた籠をジネヴラに押し付け、石畳の上に飛び降りた。正面には、彼女の前に立ち塞がるように、四、五階建ての家々が立ち並んでいる。その長い影に向けて足を踏み出すゼゾッラを横目に見たトマソは、二番目に馬車を降りるとジネヴラに向かって手を差し出した。籠を抱えたジネヴラは、扉口に立ち尽くしたまま目を瞬き、差し出された少年の掌を見つめた。
「ん」
「……なに」
「荷物持ったまま飛び降りたら、危ねえだろうが。貸せ」
トマソの伸ばした手はまだ小さく、踵からその指先までの高さはジネヴラの抱える籠の底にも届いていない。ジネヴラは少し考えたが、ついに少年の方へ籠を差し出し、身軽になって馬車から飛び降りた。引き受けた籠をしっかりと抱えたトマソは、荷物の意外な重さに眉をひそめたものの、意地を張って重いとは言わず、そのまま歩き出した。
「まったくチェネレントラのやつ、少しは女中を気にかけてやれよ」
「生まれながらのお嬢様だから、仕方ないさ。根は良いやつだし、給金はちゃんと払ってくれるし、あたしはべつに構わないよ」
ジネヴラは少しだけ肩をすくめてそう答え、正面を見た。左右に並ぶ四、五階建ての家々の屋根が弱々しい冬の陽光をせき止め、銀色に輝いている。反対に地面の近くは宵闇のように暗く、隅を駆けていく鼠の輪郭さえも、目を凝らさなければ分からない。ジネヴラは少し前を行くゼゾッラの背中を目で追い、主人がぎこちない動作で水たまりを避けるさまを見てかすかに微笑んだ。
「俺だったら奉公して一年くらいで、『給金を上げてくれなきゃ他所へ行く』って言うね。たしかに悪い奴じゃねえが、変わり者の趣味には付き合いきれねえよ。女のくせに、親父さんに隠れてまでこんなことして」
トマソは腕からずり落ちかけた籠をゆすって抱え直し、中にぎっしりと詰め込まれた画材を見てため息をついた。ちょうどその時、斜め前の家から女が顔を出し、ゼゾッラとトマソ達に気づいて手を振った。彼女は開いた鎧戸につっかえ棒をしていちど家の中に引っ込むと、玄関から再び出てきてゼゾッラを素早く中に招き入れ、少し遅れて着いてきたトマソとジネヴラにに向けて大きく手を振った。
「トマソ、ジネヴラ。寒かったでしょう、早く入っておいで」
「はあい」
ジネヴラは返事をしながら小走りに駆け出し、トマソを置いて一足先に家の中へと駆けこんだ。置いて行かれたトマソは籠を抱え直し、小さな声で文句を呟きながらジネヴラの後に続いた。女の傍に辿り着いた彼は籠を片手で持ち直し、空いた右手で先ほどの白い袋を取り出すと、それを丸ごと女に渡した。
「ラヴィニア、今日の売上げ持ってきたぜ。ちょうどチェネレントラの家でぜんぶ売り切れたから、ついでに送ってもらった」
「ありがとうトマソ。いつも悪いね」
ラヴィニアは袋を受け取りながらトマソを家に招き入れ、竈の火に当たるよう促した。先に暖を取っていた少女たちが、二人の話し声を聞きつけてこちらを見る。ゼゾッラはわずかに首を伸ばして、竈のそばからラヴィニアに告げ口した。
「御用聞きに、林檎一つしか持って来ない商人がいるものですか。初めから馬車に便乗するつもりでうちに来たのよ、その人」
「ちぇ、ばれてら」
トマソは小さく舌を出して見せ、首をすくめてラヴィニアの前を通り過ぎた。ラヴィニアは帳簿を取りに行ったついでに、戸棚から菓子の包みを三つ取って暖炉の傍の机に戻ってきた。
「そりゃあ、お嬢様にもお礼を申し上げなくちゃいけませんね。駄菓子で申し訳ないけど、揚げ煎餅を買って来たから、ジネヴラと一緒に召し上がって下さいな。トマソ、あんたもお茶を飲む時間くらいあるだろう? 食べてお行きよ」
ラヴィニアは帳簿と算盤、そしてトマソから受け取った袋を机の上に置き、火に当たっている子供たちの手に菓子の包みを一つずつ乗せた。自分の包みを受け取ったゼゾッラは、古い紙の包みに残ったほのかな温かさと砂糖のにおいに、そっと顔をほころばせた。
「おいしそう。火鉢に火を入れる間に頂くわ」
「ええ。いよいよ今夜ですから、滋養のあるものをお腹に入れないと。パロマ様はもう少し後でおいでになるそうですから、お菓子を食べながら最後の点検をなさると良いですよ」
「ええ、そうします。パロマ様がお越しになったら、いつも通りこちらにお通しして」
ゼゾッラとジネヴラは立ち上がってトマソの背を回り込み、突き当りの隣室へと向かいかけた。その途中の壁には、男の肖像画が一枚かけられている。少しばかり微笑みがぎこちないものの、丁寧に描き上げられた肖像画の前に立ち止まって、ゼゾッラは絵の中の男に声をかけた。
「謝肉祭おめでとう、ジェンナーロ。私にもやっと運がめぐってきたわ。見ていてちょうだい」
「ジェンナーロ、副王様はガッタの絵を気に入ってくれるかな? ところで、天国ではうまい葡萄酒をいつでも腹いっぱい飲めるって本当?」
ジネヴラは少しばかり慎みに欠けたことを故人に訊ねたが、彼女が場を和ませるための軽口としてそう言ったことを、ゼゾッラは分かっていた。彼女はラヴィニアの方を横目で窺い、自分の女中を少し大げさにたしなめた。
「お前はいつも食べ物と葡萄酒のことばかり。聖書をお読みなさい、ジネヴラ」
「そんなもの読んだって、腹は膨れないもの」
「ほらほら。いま喧嘩なんてしたら、絵の仕上がりに差し支えますよ。ジネヴラ、ブラッチェーレの炭はこれくらいでいい?」
火のついた炭を鉄の桶に入れて持ってきたラヴィニアは、曇りのない笑顔で二人の顔を見比べた。半年前の悲しみをひとまず飲み込んだ様子の彼女を見て、ゼゾッラとジネヴラは素早く目配せし、無邪気な笑顔を作ってラヴィニアに向けた。
「うん。ありがとう」
「これで百年でも残る名画が描けるわ。私の伝記には、恩人としてあなたとジェンナーロの名前を入れてもらうように書き残しておくから」
ゼゾッラの大げさな軽口に、ラヴィニアはただ笑って頷き返した。少女たちは桶を受け取って絵の前を通り過ぎ、隣の部屋へと入って行った。日の光の入らない真っ暗な部屋に、ジネヴラの運ぶ炭火の赤い光だけが浮かび上がる。ゼゾッラは手探りで部屋の中を探し、ちびた蝋燭の刺さった燭台を探し当てて炭火にかざす。たちまち火が燃え上がり、橙色の炎が室内を照らし出した。
小さな卓と椅子の隣には大ぶりな画架があり、そのさらに奥の壁一面には乾燥を待つ絵が所狭しと掛けられていた。特に目を引く果物の絵は瑞々しく、熟れた物は熟れたように、青い物は青いまま、本物そっくりに描かれている。甘酸っぱい香りさえ漂ってくるようだったが、ゼゾッラの吸い込んだ空気に染みついていたのは、乾きかけの油と顔料のにおいだけだった。
「ガッタ、まず腹ごしらえしようよ。キアッケレは揚げたてが美味いんだから」
「はいはい、少しそっちにつめてちょうだいな。こちらはお尻が椅子から落ちそうよ」
ゼゾッラは燭台を画家の傍の作業台に置くと、ジネヴラが火鉢の前に据えた椅子に、彼女と座面を分け合って腰を下ろした。膝の上に置いた菓子の包みを広げ、砂糖をまぶした平たい揚げ菓子をつまんで端から齧っていく。膨れて薄くなった生地が割れてぱりぱりと鳴る音と、振りかけられた砂糖の甘みを楽しみながらゼゾッラは片手を伸ばし、作業台の端に置かれた紙の束を手元に引き寄せた。古くなって黄ばんだ紙には、細く削った白墨や木炭で描かれた老若男女の立ち姿、顔や手足の習作、他の画家の絵の部分的な模写などが、表裏にびっしりと描き込まれている。物を食べながらそれを見続ける主人を、ジネヴラは横から肘で突いてからかった。
「いけないんだ、食べながら他の用事をするなんて。おっ母さんの形見が、油まみれになっても知らないよ」
「最後の確認よ。驢馬の足運びは、あれで合っていたかと思って。今回は明暗法を効かせた写実的な絵だから、誤魔化しがきかないのよ。あとで難癖をつけられて、パロマ様に恥をかかせることになっては大変だわ」
ゼゾッラはジネヴラの軽口には乗らず、何かに急き立てられるように亡母の素描の束を見続けた。ごわついた紙を一枚ずつめくっているうちに、ある頁で彼女の手が止まる。そこには三段の表があり、一番上に順番通りのアルファベット、下の二段にそれぞれ順番を崩したアルファベトが並んでいた。それをしばらく見つめた彼女は、頁の端を小さく折り、何事もなかったかのように別の頁に視線を移した。ジネヴラはいちどに二枚ほどの菓子を摘まんで、ひと口に頬張った。
「律儀なのは結構だけど、ちょっとパロマ様のことを気にしすぎじゃないか? この間はおっ母さんの描きかけの絵を仕上げてやって、その後もパロマ様がおっ母さんの素描を使えと言えばその通りにする。ガッタはもう二年もこの商売をやって、良い評判を取ってるっていうのに」
「当たり前でしょう。パロマ様のおかげで私は絵を描けるのよ。女だから美術学校にも入れない、弟子にしてくれる工房の伝手もない私が、自分の工房を構えて大きな宗教画の注文まで頂けるなんて、奇跡のような話だわ。パロマ様がお祖父様をうまく丸め込んで下さらなかったら、私は絵筆を握ることさえできなかったでしょうから」
ゼゾッラは驢馬の素描のある頁を探し当て、思い浮かべた画面にそれを当てはめた。まだどこか不自然な気がするようで、素描の束を睨んだまま頭を抱え始めた主人の膝から、ジネヴラはキアッケレの包みを抜き取ってそのまま左手に捧げ持った。残った右手で自分の分の菓子を口に押し込んだジネヴラは、油まみれの包み紙を握り潰して火鉢の炎にくべた。燃え上がった朱い炎とともに砂糖と油の焼ける臭いが立ち上り、やがて絵具のにおいに紛れて消える。その様子をひとしきり眺めたジネヴラは、再び主人に声をかけようと振り返った。ゼゾッラはまだ自分のこめかみを両手で押さえたまま、蝋燭の明かりの届かない部屋の隅の方を瞬きもせずに睨んでいた。
ジネヴラは何かに取りつかれたように動かない主人を置いて立ち上がり、先ほどまで自分が腰を下ろしていた椅子の半分のところに菓子の残りを置いた。そのまま彼女は絵を掛けて乾燥させている壁の方へと歩いていき、一枚を抱えて戻ってきた。まだ身動ぎ一つしない主人の小さな背中を見て、ジネヴラはごく小さく呟いた。
「……ガッタの方も、実は悪魔憑きだったりしてね。絵を描くのが好きな悪魔なんてのが、居るかどうかは知らないけど」
ジネヴラは腕をいっぱいに広げて画布を持ち、ゼゾッラと二人で腰かけた椅子の正面の画架にそれを掛けた。少女一人なら難なく包んでしまえる大きさの画布に描かれた絵を、火鉢と燭台の炎が照らし出す。仔驢馬に乗って聖都へと入場する基督と使徒たちの姿を炎の影が金色に縁取り、闇の中に浮かび上がらせた。ジネヴラは画布を支える木枠を指の背で叩いて、彫像のように固まっていたゼゾッラにこちらを向かせた。
「頭の中でいくらこねくり回したって仕方ないよ、ガッタ。絵の全体を見て、おかしい所があったら直せばいいさ。ちなみにあたしの実家には驢馬が居たけど、この絵を見て特におかしいとは思わなかったよ」
食についての参考文献(使用頻度の高い順。題名、作者、出版年、出版社 で記載)
・食の歴史Ⅲ、J-L.フランドラン M.モンタナーリ、2006、藤原書店
・The Italian Baroque Table、Thommaso Astarita、2014、ACMRS
・ヴェネツィアの歴史、永井三明、2004、刀水書房