09 離婚9 寿羽 最後の話し合い
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目が覚めたときここがどこだか一瞬解らなかった。
そして直ぐ思い出す。
気分良く起き上がって真っ先に布団カバーを洗濯機に入れて回し始める。
洗顔をして薄化粧をしながら今日するべきことを考えた。
昨夜の居酒屋の帰り道で買った菓子パンをトースターで温めて、ペットボトルの紅茶で朝食をとる。
食べながらタブレットでニュースを見て世の中の物騒な話が垂れ流される。
なんとなく見る気になれなくてタブを閉じた。
洗濯が終わったので布団カバーを干す。
続いて今日使う分だけのタオルを洗濯する。
竿を伸ばせばバスタオルとタオル数枚は干せるよね?
洗濯が終わるまですることがなくて買い忘れているものなんかを考える。
後から必要なものが色々出てくるんだろうなぁ・・・。
100均にも行かないと。
この家には不似合いだなぁ〜・・・。
想像して不似合いだと思うけれど、この家に似合いそうな物は高くつくから一から揃えるのは難しい。
不釣り合いな家はやっぱり考えものだわ。
セレブな100均ってないかしら?
せめて“お値段以上”にするべきかな。
調味料ストッカーは早急に要るよね〜・・・やっぱりお値段以上にしようっと。
そしてやっぱり100均で買い物しようっと。
二度目の洗濯物を干してヴェ◯ファイアに乗り込むと、助手席に台車が置かれていた。
榛原さん・・・ありがとうございます。
夫の家に向けてアクセルを踏み込んだ。
お客様用の駐車場に車を駐めて管理人さんに車を駐めたことを伝える。
今日一日の許可証をもらって駐車料金を払う。
許可証を車のフロントに置いて台車を下ろす。
台車に触るのなんて、考えたら初めてかも?!
そう思うとちょっとワクワクする。
ゴロゴロと音を立てて動いているのを見て、誰か私を乗せて台車を動かしてくれないかなと妄想した。
玄関に台車を置いて家の中に入る。
休む間もなく一度詰めた箱を開けて、必要な物だけを出して新しい箱に詰める。
あまりたくさん詰めると持ち上げられない可能性があるのでゆったりと詰める。
段ボール3つが出来上がって台車に乗せる。
一度車に運んでまた新たに箱詰めしていく。
当初の予定ではお玉やフライ返しなんかは置いていくつもりだったけれど、全部持っていくことにした。
100均の商品をこの家に置いておけばいいことに気がついた。
結婚したとき、いい物を揃えていたので残していくのはすっごく嫌だった。だけど夫のお金で買ったものだと思って諦めていた。
でも昨日怖い思いをさせられた代償に持っていくことにした。
すり替えたことに気がつくかどうかは解らないけど。
キッチン用品も直ぐに必要になるから台車に積む。
今度も箱が3つになったので車に積んだ。
昼近くになったので近所の100均に自転車で行く。
男の一人暮らしで必要そうな物だけ買った。
買ってきた物を洗っている時に洗濯に出していた服を思い出した。
スーパーの袋に洗濯に出していた服と下着を入れる。
リビングで持っていくものを考えていると、テーブルの上に一枚の紙が置かれていることに気がついた。
たった一言『ごめん』とだけ書かれていた。
『気にしないで
引っ越しは金曜だけど
ここに帰ってくるのはやめておくわね
心配の必要はないわ
寿羽』
空いたスペースに返事を書いた。
冷蔵庫の中身も残されたら困るだろう物を箱に入れていく。
調味料関係も色々あっても使えないだろうから最低限だけを残して今日持って行く。
新たに箱3つが出来上がって最後にPCを積み込んで私の家へ帰ることにした。
駐車場と部屋を4回行ったり来たりして台車で荷物を運び入れ、急いで食材を冷蔵庫に入れる。
あーーーっ!!せめて鍋かフライパンのどちらか一つ持ってくるんだった。
食材あるのに料理できないっ!!
昼ご飯が食べられない。
仕方なく食パンを焼こうとして、お皿を出さなきゃ食べられないことに気づく。
箱に何が入っているか書かなかったので全部の箱を開けるしかなくてため息が漏れた。
本当にちゃんと書けばよかった。
急いでいてもちゃんとしたほうがいいことはちゃんとしなくちゃ。
お目当てのお皿を見つけて食パンを焼いている間にお皿を洗う。
バターもジャムもない・・・。
タオルで水気を拭き取って朝の残りの紅茶を冷蔵庫から取り出して侘しい昼食を終えた。
菓子パンを食べただけ、朝のほうが豪華だったかもしれない。
使った食器を洗うついでに持ってきたキッチン用品を一緒に洗う。といっても働くのは食洗機。食洗機最高!!
持ってきた洗濯物を洗濯かごに入れた後、買い物に行くことにした。
家電量販店に行き炊飯器を選ぶ。
ご飯を炊くだけなら炊飯器要らないんだけど、保温するには炊飯器が必要だものね・・・。
ホットプレートは必要になった時に買うことにしてIHの一口コンロを買った。
これがあればテーブルで鍋も出来るし便利だもんね。
近くの“お値段以上”をスマホで探してルート案内をしてもらう。
ここではゆっくり買い物をする。
このお店の商品にカラフルな色が付いたら購買意欲も増すんだけど。
はぁ、お金が飛ぶように消えていくわ。
離婚ってお金がかかるのね〜。
ちょっとゆっくり買い物をしすぎて、陽が暮れていて驚く。
最後はお米。いつも行っているスーパーの支店で食材も一緒に購入した。
ちゃんとバターとジャムも買う。
これで普通の食生活が送れる。と言っても今日はもうお弁当を買おう。
ヴェ◯ファイアを駐車場に止めて、台車を車から降ろす。買ったものを一度に運ぶつもりだったけど、スーパーの袋が安定が悪いので車に残して台車を戻したときに持ち帰ることにした。
台車を助手席に戻して、食材を持ち帰って一息つくことができた。
食材だけ片付けて後は明日片付けることにした。
お腹すいたぁ〜。
お弁当を温めてタブレットで今日のニュースを探して見ながら夕食を済ませた。
あっ・・・布団カバーを取り入れるの忘れてた。
慌てて取り入れて、お布団にカバーを付けた。
榛原さんにお礼のメッセージを送る。
{台車まで用意していただいて
ありがとうございます。凄く助かりました}
{必要なら明日も使え}
{ありがとうございます
甘えさせていただきます}
{何かあったら何でも言えよ}
{はい。今日はもう寝ます
おやすみなさい}
{おやすみ}
榛原さん、おやすみなんて返事する人だったかな?
ちょっと首をひねってお風呂に入った。
お風呂から出てくると電話が鳴っていて急いでスマホの画面を見る。
夫からの電話だった。
「もしもし?」
『もう帰ってこないつもりか?』
「ええ。そうね。帰らないわ」
『昨日は悪かった』
「謝罪は昨日も聞いたし、手紙?も読んだわ」
『帰ってきてくれっ!』
「帰れないわ」
『俺には寿羽が必要なんだ』
「ごめんなさい。もう切るわね」
『寿羽・・・』
スマホの画面にメッセージが次から次へと流れ出てくる。
こんなに早く文章が打てるんだ。知らなかった。
いえ、付き合っているときはこうだったかもしれない。と思い出した。
今まで私に対して手抜きしていたのだと思いしらされた。
ピコピコ煩いスマホの電源を落として私は眠りについた。
夢の中でも夫からのメッセージと電話に煩わされた。
のそのそと起き上がって昨日洗濯できなかったタオル類を洗濯する。
体重計に乗ると2kg減っていた。
それとも少なく表示してくれる親切設計?
まぁ、食べたり食べなかったり、粗食だったりしたからね。
後3kgくらい減らしたいなぁ〜。
もう暫く粗食に耐えようかしら?
簡単に食パンと目玉焼きで朝食を済ませてお値段以上で買った商品を洗う。
こちらは手洗い。
洗って直ぐの薬缶でお湯を沸かして冷蔵庫に常備するお茶を用意する。
これまたお値段以上のお店で買ったウォーターピッチャーにお茶を入れて冷めるまでこのまま放置する。
食洗機に入れたままのお皿を食器棚に収めていく。
音がないことに寂しさを感じてワイヤレススピーカーで朗読の続きを再生させた。
洗濯物を干して、ヴェルファ◯アに乗り込んだ。
昨日と同じように来客用に駐める。許可を取って許可証を車に入れるのも同じ。
玄関のドアを開けると夫の靴があった。
バタバタと足音を立てて近寄ってくる。
少し怖くて後ろに下がる。直ぐに扉に当たって下がれなくなる。
「おかえり」
「仕事は?」
「有給を取った」
少し笑いが漏れた。
「何だ?」
「ちょっと皮肉だなって思って」
「どういう意味だ?」
「この間も言ったけど、側にいて欲しいときには有給なんて取ってくれなかったのに、いて欲しくないときには有給取るんだと思っておかしくなったの」
「それは・・・」
「昨日のメッセージでも思った。今まで私がメッセージを送っても既読が付くだけでも相当な時間が必要で、返事が来るのにさらに2〜3時間かかったり、返事すらないときもあったのにって思ったら笑えたわ」
思い当たるフシがあったのだろう。夫は黙り込んだ。
「私、引っ越しの準備があるから忙しいんだけど」
「話し合おう!」
ため息が漏れる。
「聞いてるからどうぞ話して。私は用事を済ませながら聞くわ」
「真面目に話し合おう!」
「離婚届にサインもしたのに、今更何を話し合うの?」
今日離婚届を出してしまおうかと考えたけれど、先に離婚届を出したら何も持って行かせないと言われた時に困ることになる。
どんなに関係を断ち切りたくても引っ越しが終わるまではどうにもならない。
後3日の辛抱だ。引っ越しが終わったら直ぐに離婚届を出そう。
「一旦離婚は・・・認めたくないけど認める。いや、サインしたことを早計だったと思っている。もう一度やり直す方向で考え直してくれないか?」
「やり直せるなら離婚して、なんて言わないわ」
「未来は解らないだろう?」
「そうね。解らないわ。1年後あなたと笑って話ができるようになっているかもしれないけれど、今はやり直す話は受け入れられない」
「離婚してからも連絡していいか?」
「暫くはそっとしておいて欲しいんだけど・・・」
「どのくらいの期間だ?」
「そんなこと解らないわ」
「頼む!捨てないでくれ!!」
「ごめんなさい。あなたとはやっていけないわ」
夫が話してる間も私は手を止めずに荷造りしていた。
クローゼットの衣装箱は元々夫のものと私のものは分けてあるので私の分だけ取り出して私の部屋へ入れておく。
結婚式の写真が出てきて、これはゴミ箱行きだと思って今日がゴミの日だと思い出す。
写真をゴミ袋に入れて家中のゴミをそこに入れようとしたら写真を取り上げられた。
「写真をどうするつもりだ?!」
「捨てようと思って・・・」
「捨てなくていいっ!!」
「どうせ将来の何処かで捨てるものよ?」
「今は捨てるときじゃない!!」
「・・・そう。好きにして」
便箋を取り出してゴミの日を書いてテーブルの上に置く。
「今日は普通ごみの日よ」
ゴミをまとめた袋を渡す。
「捨ててきて。これからは自分で出さないと、私はいないわよ」
「・・・解った」
家の中をもう一度見直して多分忘れ物はないと思う。
忘れてしまった物はもう仕方ない。あきらめるしかない。
ごみ捨てから帰ってきた夫は私を昼食に誘った。
「昼飯を食べに行こう」
何度か断ったけれどしつこく誘ってくるのでこれが夫婦として最後の食事だと諦めて付き合うことにした。
「・・・解ったわ」
「どこに行くの?」
「何が食べたい?」
「ラーメン?」
夫ががっかりした顔をする。
「だって結婚してからラーメン屋しか行ったことないじゃない」
「そう・・・だったか?」
「そうよ。釣った魚には餌をやらない典型的な人だと思ったもの」
「ごめん・・・」
「この間から謝ってばかりね。もっと早くいろんなことに気がついてくれていれば離婚はなかったと思うわ」
「本当に悪かった」
「もういいのよ。過ぎたことだわ。ラーメン食べに行きましょう」
歩いてラーメン屋に着くまでの間「もっといい店に行こう」とか「イタリアンはどうだ?」だの「ステーキにしようよ」だとか「せめてファミレスは?」と五月蠅かった。
ラーメン屋の暖簾をくぐってからは流石に言わなかったけれど。
あんまり美味しくないラーメンを食べて店を出る。
「相変わらず美味しくない店」
「好きだったんじゃないのか?」
「好きじゃないわよ。私が作るラーメンのほうが美味しいじゃない」
「好きなんだとばかり思っていた・・・」
「どうしてそんな勘違いをしたのか知らないけど、私は味音痴じゃないわ」
「そう、だよな。なんでここのラーメンが好きだって勘違いしたんだろう?」
「知らないわ。そうやってあなたの都合の良いように、色々勝手に思い込んでいるんじゃない?」
「そうなのか?」
馬鹿らしくて付き合っていられなかった。
「あなたはもう仕事に行ったら?」
「私も帰るわ」
「帰る・・・?新しい家はどこにしたんだ」
「あなたには教えないわ。今のままだとストーカーになるわよ」
「ならないよ!!」
私はスマホの画面を見せる。何十件ものメッセージと不在着信が表示される。
夫が目をそらす。
「金曜日、引っ越しが終わったら下のポストに家の鍵を入れておくから必ず取り出してね」
「鍵は持ってろ。ここは寿羽の家だ!!」
「必要ないわ。もし家に忘れ物があったら捨ててちょうだい」
「連絡して渡すよ」
捨てて、連絡する。と何度も言い合って、面倒になって相手にするのを止めた。
紙袋に用意していた持って帰るものを手にして夫に別れを告げる。
ここでも行くな、帰る。と言い合って私が部屋を出たところで言い合いは終わった。
夫は家の扉を閉めたら開けてまで追いかけて来なかった。
諦めがいいのか体裁が悪いからなのか。
今更ながらにどうして真川を夫に選んだのか解らなくなっていた。
誤字脱字報告ありがとうございます。
大変感謝しております。
6月15日 22:10 UPです。