表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
離婚を選んで終の棲家だと思って借りた部屋はたった3ヶ月しか住めませんでした。  作者: 瀬崎遊


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/29

08 離婚8 寿羽 真川 荷物の搬入

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 ◯ェルファイアの姿が見えなくなって、気持ちを切り替えながら部屋の扉を開いた。

「おかえり」

「た、ただいま」

 まさかの出迎えを受けてしまう。

 結婚して初の出来事で、本気で驚いた。

 ただいま以外応える言葉がない。


「ご飯食べたのか?」

「ええ。食べてきたわ」

「そうか・・・家は見つかったのか?」

「・・・見つかったわ」

「保証人が必要なら俺が・・・」

「大丈夫。保証人必要ないから」


「そうか・・・」

「お風呂入ったの?」

「いや、まだ」

「じゃぁ、お風呂のお湯入れるわ」

「あ?あぁ、ありがとう」


 夫をお風呂に追いやることができて、ホッと息を吐く。

 なんだか気まずい。

 来週引っ越しすること伝えたほうがいいよね?

 伝えづらい。

 あ・・・明日にしよう。


 

 夫が出た後、お湯を入れ替えてお風呂に入る。いつからだったかな?夫が使ったお湯を捨てるようになったのは。

 お風呂に入ってさっぱりして最後の林檎ゼリーを食べる。どうやら夫も食べたみたいで数が減ってる。

 筑前煮も減っている。

 炊飯器の中を見ると・・・。

 あっ!炊飯器買うの忘れた!!米も買わなくちゃ!!


 夫は寝室に戻らずニュースを見ていて背中越しにも私を意識しているのが解ってしまう。

 それを無視して炊飯器に残っている筍ご飯をおにぎりにしてラップを掛けてテーブルに置く。

 米を研いで予約タイマーを入れる。

 流しの水を拭き上げて私は仕事部屋へと戻ろうとした。


「なぁ・・・いつ引っ越すんだ?」

 向こうから聞いてきたぁ!!

「今度の金曜日」

「えっ?そんなに早くなのか?!」

 多分心の声が漏れただけだろう。私はただ頷く。


 夫は立ち上がって私の側にやってくる。

 手首を掴まれ引き寄せられそうになる。思うよりも強い力で掴まれて血の気が引く。

 掴まれていない手で夫を拒絶する。夫はそのことに傷ついた顔をしている。

 それでもまだ引き寄せられ、私の後頭部に手が回る。

 私は強く押し返して掴まれた手も取り戻す。


「やめてっ!!」

「・・・ごめん」

「二度としないでっ!」


 夫に背を向けるのが怖くて後ずさって仕事部屋へと戻った。

 ソファーにどすんと腰を落とす。

 怖かったぁー!!

 歯磨きしたら扉の前に段ボール積み上げたほうがいいよね。

 明日からあっちに泊まることを考えたほうがいいかもしれない。


 夫が立てる物音を探しても何も聞こえない。そっとドアを開けて夫の気配を探す。

 そろそろと部屋から出て歯ブラシを掴んで部屋に戻る。

 扉を背にして歯磨きをして、音を立てないように洗面所で洗顔だけ済ませた。

 部屋に戻って段ボールを扉の前に移動させた。

 キャリーバッグに着替えを詰める。パジャマも必要よね。後、バスタオルも。




 なかなか寝付けなくて、うとうとして人の気配を感じた気がして跳ね起きた。

 今日は日曜日で夫は家にいるから早く出ていくほうがいい。もう顔を合わせたくない。

 洗顔だけして音を立てないようにキャリーバッグを持ち上げてそっと家を出た。外はまだ暗かった。

 スマホを見るとまだ4時半で始発が出ているのか少し心配になった。


 スマホで歩きながら確認すると、始発までには少し時間があった。

 駅前で唯一空いている牛丼屋に入って魚の朝食セットを頼んだ。

 食欲はないと思っていたのに一口食べると箸は進んだ。

 始発の時間に合わせて店を出た。



 801号室にたどり着いて緊張がようやく緩んだ。

 持ってきたものを片付けながら今日一日するべきことを考える。

 思考が散漫になって眠気が堪えられなくなったので、買ってきた掛ふとんに(くる)まったとたん即、寝落ちした。

 

 

 目が覚めると12時40分で、ここに来たときの怯えや疲れはなくなっていた。

 少しぼーっとしているとスマホが鳴る。

 知らない番号で一瞬躊躇したけれど、引っ越しに関することかもしれないので出る。


「もしもし?」

『家城さんでしょうか?』

「はい」

『平井家具ですが、本日夕方の配達指定なのですが、近くを通ることになりまして、今から30分後くらいなのですが、商品をお持ちしてもよろしいでしょうか?』

「あーそれは助かります。お待ちしております」

『では30分後くらいにお伺いします』


 家具が来る!

 それだけでウキウキと心が弾む。

 洗面所で顔を洗って持ってきた化粧品で薄化粧をする。

 うん。(やつ)れた感じもない。大丈夫。見られる顔をしてる。


 掛布団を布団袋に入れてクローゼットに放り込む。

 一応管理人さんに伝えておいたほうがいいかな。管理人さんに今から家具の配達があることを告げに行く。

「少し荷物が多いので何度か出入りすると思いますのでよろしくお願いします」

「ご丁寧にありがとうございます」


 部屋に戻ってから今日はお茶の用意もしていないことを思い出す。

 配達員さんに缶珈琲でも用意しようと思っていたのにそれすらもすっかり抜けていた。

 時間を見ると買いに行く余裕はない気がする。戸惑っている間にインターフォンが鳴った。


 出るとやはり家具屋さんでホールの入口のロックを解除した。

 ベッドが運び込まれて組み上げられていく。

 手際の良さにうっとりしながらこれで今夜からここで眠れる。と心から安堵した。


 家具屋さんが下に降りている間に榛原さんに封筒を2枚くださいと言いに行ったら封筒と一緒に榛原さんもやってきた。荷物が運び込まれるのを私の横で見学している。

「新居の家具選びは楽しかったか?」

「まぁ、楽しかったです。もっとゆっくり探す時間が欲しかったですけどね」

「急だったからな」

「でも妥協はしていませんよ」

 

 マットレスが運ばれ組み上がったベッドの上に置かれる。

 食器棚が運び込まれて上下分かれているところをねじ止めしていく。

 商品を持ち運ぶ度に下のインターフォンが鳴ると思っていたのに、最初の一度だけでその後は鳴らなくて不思議だった。

 後から聞いたら管理人さんが開けてくれていたとのことだった。


 それからも商品が運び込まれて「ありがとうございました」と言う言葉を聞いたのは最初に商品が運び込まれてから2時間近く経ってからだった。

 珈琲代ですと言って現金1,000円を榛原さんからもらった封筒に入れて渡した。

 荷物の運び入れが終わると榛原さんは部屋へと帰っていった。


 食器棚を綺麗に拭いて棚板にシートを敷いていく。

 インターフォンが鳴って出ると榛原さんで「茶を飲みに来い」と誘われた。


 目の前に珈琲を出してもらって息を吹きかけながら一口だけ口に含んだ時だった。

「で、何があった?」

「えっ?」

「いつも用意周到なお前が封筒をくれって言いに来たんだ。何かあったんだろう?」

「たまたま忘れただけですよ」

「それを信じろと?」

「・・・昨夜ちょっと怖い目にあいまして」


 入れてもらった珈琲にまた口をつけて上目遣いに榛原さんを見る。

 榛原さんは息を呑んでいた。

「大丈夫なのか?」

「はい。大丈夫です」

「そうか」


「それにベッドが入ったので今日からこっちで暮らそうと思っています」

「なら安心だな」

「はい」

 昼を食べそこねたと伝えるとクラッカーにチーズを乗せて出してくれたり、食パンにベーコンエッグとレタスを挟んだホットサンドを出してくれた。

 意外にマメで驚く。


 スマホが鳴り電器店からで「これから行きます」と言って電話が切れた。

 管理人さんのところへまた訪問の知らせを告げに行く。

 昼から在中の庄司さんに替わっていて、初対面の挨拶をして電器店が商品を持ってくることを伝えた。


 何故か榛原さんが部屋の前で待っていて、電気製品が運び込まれるのを今回も一緒に眺めていた。

 次から次に運び込まれて何をどこに置くか答えていく。

 榛原さんに炊飯器を買い忘れた話をして笑われた。

 小物の電化製品も渡され、箱から出して動くか確認してそれぞれを収めるべき場所へと収めていく。


 インターフォンがまた鳴ってカーテンが届く。

 洗濯機が設置された後だったので、封を破って洗濯機を回した。

 それから暫くして電気製品の設置が終わった。

 家具屋さんに1,000円渡しているので、電気屋さんにも同様に渡した。


 1度目の洗濯が終わってカーテンを濡れたまま吊るそうと、ホームセンターで買った脚立を出すと榛原さんがカーテン全部を取り付けてくれた。

「濡れたままでいいのか?」

「はい。それが一番シワにもなりにくくて一番楽なので」

「お婆ちゃんの知恵袋?」

「誰がお婆ちゃんですか?!」


 二度目の洗濯が終わるまで榛原さんは側にいてくれて、またカーテンを吊るしてくれた。

「おい、そろそろ腹減った。飯食いに行こう」

「いいですね〜行きましょう」

 駅前の居酒屋でビールで乾杯して肴をたっぷり注文してお腹いっぱいになった。

 榛原さんは何も聞かず、他愛もない話で私を気遣ってくれた。


 商品を運び込まれる時、側にいてくれたのは一人暮らしだと知られないようになのかもしれないと榛原さんの気遣いに気がついた。


「これで今晩から寝起きできます」

「そうだな」

「正直、夫の浮気現場を見てからたった数日でここまで用意できると思いませんでした。何もかも榛原さんのおかげです」

「感謝と(うやま)いを忘れるな」

「勿論です!あの・・・明日も車使っていいですか?」


「ああ、かまわない」

「ありがとうございます。炊飯器と米を買いに行きたいのと、夫の家に帰ってちょっと荷物を持ってきたいんですよ」

「明日もこっちで寝るのか?」

「はい。もう生活はこっちで整えます」

「そうか。なら少しは安心だな」


 お腹が満たされてぷらぷらと歩く。榛原さんの側にいるのはすごく居心地がいい。

 閉店間際のパン屋に寄って明日の朝食べる菓子パンと食パンを買った。

 どこに安いスーパーがあるとか会社までは徒歩圏内だとか教えてもらって榛原さんの部屋の前に辿り着いた。


「今日もありがとうございました」

「気にするな」

「おやすみなさい」

「いい夢を。おやすみ」

 榛原さんは私が部屋の中に入るまで私を見送ってくれた。

 ほんの少しこそばゆい気持ちがした。


 家の中に入ると湿気がこもっていたので全部の窓を開けて回る。

 すぅーっと湿気が引いていく。

 久しぶりに飲んだお酒に酔ったのかな?ほんの少し高い体温に風が気持ちよかった。



 キャリーバッグからパジャマを取り出して脱衣所に置いてお湯をためる。

 このお風呂の多機能ぶりに驚きを禁じ得ない。

 ミストサウナから肩湯、ジェットバスに自動洗浄、浴室暖房、床暖房、オーディオが付いていてスマホと連携までできる。

 スマホを取ってきてお風呂のオーディオをと連携をさせて本の朗読の続きを流す。


 少し隣の榛原さんが気になって音を下げる。

 生活音が漏れるような造りにはなっていないと思うけど、これ以上榛原さんに迷惑をかけるのは嫌だった。


 このお風呂、榛原さんのお兄さんの贅沢だったのか、それともこのマンションの標準装備なのかどっちなのかな?

 ここが2,500万か〜買ってもいいかなぁ・・・。

 いや、買いたい。


 出戻りの給料がいくらになるか次第だよねぇ・・・。

 どんなに頑張っても前と同じ金額は最初から出ないだろうしなぁ。ブランクだけはどうしようもないよね・・・。

 落ち着いたら社長にも挨拶に行かないと。



 今夜は洗濯できていないのでベッドにカバーを掛けられない。

 今晩だけはあきらめる。明日は早朝から洗濯機を回さなくっちゃ。

 それに今朝、布団に包まって眠ったしね。今更だよね。

 枕には家から持ってきたタオルを掛けて転がった途端眠りについた。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 また失敗した。

 寿羽を怯えさせてしまった。緒方から駄目だと言われたのに手を伸ばしてしまった。

 寿羽が来週には出ていくと言うから、抱いてしまえば元に戻れる気がした。

 そう思って手を伸ばしたわけではなかったが・・・思っていた。触れ合ったら元に戻れる気がしたのは間違いない。

 

 自分の愚かさに嫌気が差す。

 部屋から出てくる気配がしない。

 もう眠ったのだろうか?

 謝りに行ったほうがいいのか?

 余計に怯えさせてしまうか?


 嫌がる寿羽をどうにかするつもりなんかなかった。多分。あの瞬間何を考えたのか自分でも解らない。

 車を見送っていた寿羽の姿が脳裏に蘇ったことは覚えている。

 寿羽の表情までは見えなかったが置いてけぼりにされて不安そうな顔をしていたのだと想像がつく。

 寿羽を取り戻したいと思った。それが間違いの元だった。


 取り返しのつかないことをした。

 今更考えてもどうにもならないことをうだうだと考えて許して貰える方法を考えるが、いい考えなんて浮かばない。

 布団の中にいるのに眠りはやってこない。

 悶々として朝方ようやく、うとうとと眠りにつくことができた。



 思いの外眠れたのか最後に時計を見てから3時間ほど経っていたが寝た気がしない。

 暫く寝返りを打って眠れないので起き上がった。

 朝の6時。寿羽がどうしているのか気になって寿羽の仕事部屋の前まで行く。

 音を立てないように気をつけて扉を開いて中を窺った。

 寿羽はいなかった。



 あぁもう寿羽は帰ってこないんだと思った。

 その場に座り込んで昨日のあの瞬間をやり直したいと願った。

 そんな願いなど叶うはずもなく、扉をそっと閉めてもう一度布団に潜り込んだ。

 涙がこぼれた。

 本当に俺は馬鹿だ。


 

 3度目の喧嘩の後に気まずいと感じた時、外に出て行くのではなく関係を取り戻すことに力を尽くすべきだった。

 この手の中からすり抜けてしまった寿羽はもう手の中には戻らない。

 愚かな失敗ばかりを繰り返した結果、この家に一人取り残されるのだ。


 何の音もしない部屋が耐えられなくなってTVを点ける。

 政治家がよりよい生活が送れるような世の中にしたいとか言っている。

 何も心に響かない。

 こんな政治家は駄目だなと思って、よく考えたら親父が後押ししている政治家だったと思い出す。

 親父の未来も暗いなと乾いた笑いが漏れ出た。


 洗面所に行くと寿羽の化粧品がごっそりなくなっていた。

 また涙がこぼれる。

 女のことで泣く日が来るなんて過去の俺は信じないだろう。

 こんなに愛しているのになんで大事にしなかったんだろう?

 なんで大事だと気が付かなかったんだろう?失ってから気がつくなんて遅すぎる。




 その夜もどれだけ待っても寿羽は帰ってこなかった。

明日 22:10 UPです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ