29 最終話 寿羽 誘拐?
誤字脱字報告、本当にありがとうございました。
最終話です。よろしくお願いします。
気にかかっていた叔父様が役員から退くと言い出し、本当に退いた。
それはきれいな引き際だった。
叔父様の子供たちはあと十数年は家城グループで働くことになるけれど、久哉さんとの関わりが薄い上に久哉さんが実力主義なことを知って役員の役職を辞退した。
叔父様の孫たちは家城グループから離れて他の仕事を見つけて家城グループとは関係なく暮らしていくらしい。
親族としての繋がりを切る気はないらしく、新年の挨拶や季節の挨拶は欠かさずに届いている。
お祖父様が私の外出を解禁すると言って、私は自由に動けるようになったけれど子供を抱えてあちこちに出かける気にはなれなかった。
外出の時には小川さんか南さんが付き合ってくれて、二人の都合のつかない日は出かけるのを見合わせることにしている。私の引きこもり生活はすっかり身についてしまっていた。
だから私の生活はほとんど変わらないままだ。
寿迪が立ち上がる頃、2人目を妊娠して出産した。哉紘と名付けられ、3人目も男の子で惺哉、四人目に女の子、寿笑が生まれた。
四人目を妊娠した時「部屋数が足りなくなってしまったね」と真面目に話し合うことになって、思わず2人で笑ってしまった。
お義兄さん一家は、お義父さんお義母さんと一緒に暮らすための家を今、建設中だ。
私たちの住む屋敷から車で20分位の距離に引っ越してくるので私は楽しみにしている。
お義父さんたちは今のままの暮らしでいいと言っているが、マンションを他人に貸すほうが金になるとお義兄さんが却下したらしい。
久哉さん曰くお義兄さんなりの親を思ってのことらしい。
お義父さんたちに伝わっているのかを聞くと、解っているから心配ないと久哉さんに言われた。
お祖父様は孫を可愛がりたいと何度も言って、とうとう会長職を辞した。
四人の孫に囲まれてそれはもうニヤけた顔をしている。
最近はデパートに行こうとは言わず、おもちゃ専門店に行こうと言うことが増えた。
一度に1つずつとお祖父様に言っているが、4人の誕生日に全員に一つずつ買い与えるので誕生日だけでもおもちゃ屋に4度行くことになる。
なので私と久哉さんからおもちゃを買い与えることはない。
お祖父様が屋敷にいることを知る人たちが度々屋敷を訪れる。
中には久哉さんの暴走を止めてくれと告げる人もいる事をお祖父様が教えてくれた。
お祖父様は「久哉が全権を持つ会社だ。久哉のしたいようにして何が悪い?」と言って追い返している。
その辺は久哉さんとお祖父様の間で相談、報告しているようだ。
久哉さんは思っていたより仕事が忙しいらしくて誰かに仕事を任せてしまいたいと最近よくこぼしている。
お祖父様は4人の孫と私に110万円ずつ毎年入金し続けてくれている。
お祖父様が一体いくらのお金を持っているのかと心配になる。
流石に金額が大きすぎて気持ちだけで十分だと言ったけれど、税金を取られずに渡せる最大金額だからと言って止めてくれない。通帳すべてが私の手にある。
私はお願いして待望の金庫を設置してもらうことができた。
結婚式で着けたティアラも今は金庫の中に入っている。
足りなくなった子供部屋の二階の増改築を行った。
子供たちは毎日仲良く喧嘩してはべそを掻いて私に言いつけに来る。
子供たちが可愛くて仕方ないのだけど、喧嘩を毎日聞かされ続けるのは正直いい加減にしてほしいと思う。
ちょっと頑張ってインターナショナルスクールの幼稚舎に子供たちは入ることができた。
最近子供たちが日本語以外で話していることがあって、私のほうが子どもたちに教わっている。
子どもたちは私が英語を話せないと思っているようなので、そう思わせたままにしている。
エスカレーター式に小学校から中学校、高校へと上がってくれるといいなと思っている。
孫達が全員幼稚園に入ってしまうとお祖父様ががっかりして、なにかコソコソしているなと思ったら、お祖父様は小さな会社を起こした。
定年退職した人を雇う小さな会社。
毎日子供たちが幼稚舎、学校に行っている間だけ私もその会社の手伝いをしている。
1年、2年と経つ毎に雇う人数が増えている。
会社の社長に谷中さんが納まった。
南さんは定年退職してご家族で南さんのご両親が眠る田舎へと帰っていった。
小川さんの紹介で元SPの運転手をもう1人雇うことになった。
子供たちのお守りも兼ねている。
根矢さんと言って笑顔が爽やかなイケメンさんだ。
子供たちに凄く好かれている。根矢さんも子供が好きみたいで「天職だ」と言ってくれている。
子供たち全員が小学校に上がって1度、2番目の子の哉紘が誘拐されかけた。
小学校のお迎えの時間に根矢さんが一人で迎えに行っているときのことだった。
根矢さんが決められたスペースに車を停めて、車から降りたときのことだった。
子供たちが歩いてくる正門前に1台の車が停まったその時、そこに哉紘がいた。
根矢さんは急いで哉紘の元に走って、哉紘は校舎に向かって走った。
犯人たちは校舎に向かった哉紘を追いかけたが、捕まえ損ねてしまった。
根矢さんが犯人の一人に追いついて、殴りかかった。
阿鼻叫喚の中、直ぐに取り押さえることができ、家城で護身用に持たせていた手錠を右手と左足にかけた。
その場では車を運転していた犯人は取り逃がしたが、警察が来て犯人を引き渡した後、直ぐに検問に引っかかって捕まった。
犯人の車のナンバーは根矢さんが覚えていた。
後になってさすが元SPだと根矢さんに感謝した。
私と久哉さんが警察に呼ばれ、心臓が止まるのではないかと思うぐらい早鐘を打つ心臓をなだめながら警察署で子供たち4人に会えたときはホッとしてその場に座り込んでしまった。
哉紘の事情聴取が終わってからも根矢さんはもう暫く掛かるというので、根矢さんを残して警察署から引き上げた。
哉紘は疲れていたのか、車に乗った途端ぐっすり眠った。
「お父様は私のことで毎日こんな思いをしていたのかしら・・・。とても恐ろしいわ。子供たちをどこにもやらずに閉じ込めておきたいわ」
「それは寿羽が一番嫌なことだったろう?」
「でも、まだ小学生なのよ?!」
「そうだな。だけどそのために根矢さんがいるんだろう?」
「そうだけど」
「明日1日は学校を休ませよう。必要なら心のケアもしてもらおう。でも学校にも行かせず閉じ込めるのは間違いだ」
「そう、そうよね・・・それは解っているの」
「それよりお義父さんの対応を考えなければならない」
「ふっふっ。それは大変そうだわ」
屋敷に帰り着くと怒り狂って「犯人を殺す!」と息巻いているお祖父様を止めるのは大変だった。
血圧が上がるのが心配で寿迪を抱かせて落ち着かせた。
哉紘もできた子で「お祖父様心配してくれてありがとう。でも犯人は警察に捕まったから心配いらないよ」とお祖父様を慰めていた。
私の見る限り、哉紘に心のケアが必要だとは思えなかった。
学校が用意してくれた心療内科医に1時間程診察していただいて、その後私が話を聞いたところ「今後、診察の必要はない」と言ってもらえた。
「おかしいと思うことがあったらいつでも診察いたします」
そう言われて診察は終わった。
哉紘は大して恐怖は感じていなかったようで「変な人が目の前に立ちふさがったから変だと思って直ぐに校舎に向かって走ったんだ」と教えてくれた。
校舎の中から見た根矢さんは凄く格好良くて、大きくなったらSPになると言い出した。
子どもの夢は壊さないように「なら運動を頑張らないとならないわね」と言うと、根矢さんに何をすればいいかを聞いていた。
それから子供たちに格闘技ブームが起きて四人とも柔道と剣道を習いに行くことになった。
犯人の裁判で哉紘を狙った犯行ではなかったことが解った。
どの子供でも良かったらしい。ただ目の前に哉紘がいたので、手を伸ばしただけだった。
まさか迎えが来ていてそれもSPが付いているなんて思いもしなかったと。
しばらくは哉紘の誘拐事件の話がワイドショーなどで取り上げられ、私と久哉さんとの結婚式の映像がまた流された。
久哉さんは私たちの結婚式の映像は流してもいいが、子供たちの映像を流すことは許さなかったからだった。
子供たちは親の結婚式がTVから流れているのを見て興奮して、寿迪と寿笑はウエディングドレスを着たいと騒いだ。
お祖父様も懐かしそうにTVから流れる画像を見て子供たちにムーンツリーが怖かったことを話した。
お祖父様は子供たちと夏休みにムーンツリーにいくことを約束している。
早速電話を掛けていたので本当にムーンツリーに行くのだろう。
大型遊園地にも行きたいと子供たちが言うのでお祖父様は連れて行く気満々だった。
お祖父様のほうが興奮して倒れないか心配だった。
夏休みに本当に家族全員でムーンツリーへ行き、大型遊園地にも行った。
久哉さんは変わらず写真をバシャバシャ動画のように撮っている。
子供たちは誘拐事件を引きずってはいなくて元気なものだ。
弾けるような笑顔を浮かべて楽しそうに笑っている。
大型遊園地の可愛いホテルに泊まって、帰ってくると美世さんと代田さんが退職したいと願い出た。
二人は私にとって家族同然なので仕事を辞めてもいいから屋敷に残るように言ったのだけど、二人は一緒のシルバーマンションに入るのだと言って手続きもすべて終わらせていた。
私は見送らず、一緒にそのシルバーマンションに行った。
1ヶ月に1度は会いに行っている。
子供たちも二人の祖母へ会いに行く気持ちを味わっているだろう。
屋敷には美世さんと代田さんの代わりの人に少し前から入ってもらっている。
お祖父様が美世さんたちに無理させたくないと言っていたのでそれに対応しての事だ。
新しい人達も子供たちを可愛がってくれているので私たちは満足している。
ただまぁ、美世さんたちのようには行かないのは当然なのでそれはそれで仕方ないと思っている。
子供たちが成人して順番は違えど、4人とも結婚した。
子供たちと孫たちに見送られて、お祖父様は眠るように逝った。
それはそれは壮大なお葬式だった。
小さなお葬式にする話もあったのだけど、私が反対した。
「お祖父様は大きな葬式で送られるだけのことを成し遂げています。大きなお葬式で送り出します」
政治家、あらゆる企業の会長、社長、個人事業主、退職した家城の元社員。谷中さん、美世さん、代田さんも来てくれて、南さんも遠いところから参列してくれた。
私たちの結婚式どころの話ではなかった。
最後の別れの時、子供たちがお祖父様に取りすがって泣いてみんなの涙を誘っていた。
父、兄、姉は来なかった。
連絡を入れなかったので知らなかったのかもしれない。
TVのニュースで知ることになるのだろうか?
お祖父様の初七日が終わって遺言書が開封された。
お祖父様が遺したすべてのものを私に譲ること、会社の権限はすべて久哉さんに。その他のことは好きにしろと。
ただし康介と達俊、歩美には何も渡さないこと。
そう書かれていた。
そこには私が遺産放棄しないと約束した証書と父の遺産放棄の証書が一緒に添えられていた。
弁護士が早速全ての手続きを終えた。
私は自分で買っていた分とお祖父様が持っていた分を合わせると、家城グループの68%の株を手に入れることになった。
久哉さんが8%持っているので誰に何を言われても問題はなかった。
お祖父様は榛原のお義兄さんの会社の株も14%持っていた。
久哉さんは20%。
株の配当だけで子供たちに渡す110万円✕4は余裕で生み出せる。
お祖父様は110万円✕5もの大金を毎年私たちに贈与していたのに余裕だった理由が解った。
株だけでも他にも色々と持っていた。
お金は寂しがりやというのを嫌というほど理解した。
このお金を子供たちに残さないとならない。
子供たちの通帳に今度は私が110万円ずつ入金する。
成人した子供にお金を渡すのはどうかと思ったけれど、お祖父様がずっとしていてくれたことを止めることはできない。
子供たちと久哉さんの名前で贈与契約書を取り交わした。
私たちが住んでいた家には惺哉夫妻が住んでいる。久哉さんに付いて回って仕事を覚えている最中だ。
哉紘は念願のSPになった。今はムーンツリーがある場所の近くに家族で住んでいる。
最高裁判所長官のSPを担当していて、いつかは総理大臣のSPになりたいと言って頑張っている。
寿迪は家城の秘書課に所属している。家城の社員の人と結婚して共働きをしている。住まいは屋敷の2階の右側に住んでいる。
睦月と碧衣という名の二人の子供を仕事をしながら育てている。
寿笑は夫婦で屋敷の2階の左側に住んでいる。
この夫婦二人は家城の営業部で頑張っている。
子供は翔擡と難しい漢字を書く。
寿笑が最近2人目を妊娠したらしく仕事を辞めるか続けるか悩んでいる。
悩むのは育児休業をとってから考えればいいのではないかと助言した。
家には私がいるのだから働きたいなら働けばいい。
今すでに寿迪と寿笑の子供3人を昼間は私が面倒見ているのだから。
惺哉に嫁いできた桜月さんとその子供たち、嘉璃と瑠璃も一緒くたになって育っている。
久哉さんと私はお祖父様の死後、屋敷のお祖父様の部屋で暮らしている。
変わらず久哉さんとは仲が良いままだ。
屋敷に移る時、設備を近代化させた。
2階に子供たちが住むと言ったので2階も住みやすいようにした。
あぁ、子供たちの旦那様たちは婿養子ではない。二人の娘はちゃんと嫁いだ。
ただ一緒に住んでいるだけだ。
屋敷の中を子供たちが5人走り回るのでそれはもう大変だ。
障子が破けない日はないと言ってもいいだろう。
裏庭にはブランコと滑り台が設置されている。
前庭は変わらず日本庭園だ。裏に回ると子どもの遊び場と実のなる果物が目も口も楽しませてくれる。
桜月さんと一緒に孫達を公園デビューさせた。
どうやらどこの子供より活発な気がする。私の気のせいかと思うのだけど、桜月さんに現実から目をそらしてはいけないと助言されてしまった。
子供たちの自主性を伸ばしすぎたかもしれない。
周りの子供たちが悪さを覚えなかったらいいのだけれど、と頭を抱えることになるとは思いもよらなかった。
孫たちもそろそろ幼稚園へ入る事を考える年齢になった。
色々話し合ってインターナショナルスクールへ入れることになった。
乳児から預かってくれるところがあったので、そこに決めて親と子供が頑張った。
無事に合格して5人とも通うことになった。
付き添ってくれるのは勿論、根矢さんだ。
根矢さんはいつでも子供たちの人気者だ。
私か桜月さんのどちらかが付き添って連れて行く。
たった数ヶ月通っただけで子供たちは見るからに変わった。
好奇心旺盛なところは変わらないけど落ち着きが出て、座って待つことができるようになった。
先生は偉大だと思ってしまった。
こうして私の物語は続いていく。
お前百までわしゃ九十九まで。
玄孫の顔を見て逝きたいものだ。
お付き合いありがとうございました。




