21 結婚の準備2 寿羽 誕生日
披露宴の招待状を出してからはお祖父様たちの雰囲気が微かに厳しくなった。
私の知らないところでなにかが起こっているのかもしれないのだけれど、私には何も知らされない。榛原さんに尋ねてみたけれど笑顔で「なにもない」と嘘をつかれた。
「私を守るためだとしても嘘をつかれるのは嫌よ」
少しきつい口調で榛原さんに楯突く。
「罪のない嘘は許してくれ。それに仕事に関して話せないこともある」
一瞬で腹が立って喧嘩腰の言葉が出そうになる。
榛原さんの済まなそうな、情けなそうなそんな顔を見たら開いた口を閉じるしかなかった。
その日の夜、榛原さんに今更ながらに出生についての話をした。
お祖父様に話していいと言われたのに今まで言えなかったのはやはり榛原さんの反応が怖かったから。
話しても反応が薄かったので、もしかしたらすでにお祖父様から聞いていたのかもしれないと思った。
それか榛原のお兄さんが調査して知っていたのか。
調査して家の中のことがどこまで解るものなのかは、私には解らないけど。
榛原さんはただ優しく抱きしめてくれて「愛してるよ」と口づけてくれた。
ムーンツリーの提携ホテルのレンタルドレスでウエディングドレスをレンタルする予定だったのだけれど、榛原さんが忙しくて試着に行けなくなった。
本当に忙しいのか、私を外に出したくないのかどちらなのか私には判断できなかった。
榛原さんとお祖父様を見ていると本当に忙しそうなので、向こうに行く余裕がないのかもしれない。
それでドレスどうしようかと話していたらお祖父様が「デパートの領木を呼べ」と谷中さんに言うと週明けに見本のウエディングドレスと沢山のカタログを持ったデパートの人がやってきた。
頂いた名刺には“西川加弥乃”と“領木貞隆”と書かれていた。
前回デパートで付いてくれた人とは違う人だった。
「今回は無理を言って申し訳ありません」
「とんでもございません。お好みのものがあればいいのですが」
残念なことに持ってきてくれたウエディングドレスは好みではなかったので、大量のカタログの中から「これがいいなぁ〜」と言ったものを取り寄せてくれてくれることになった。
数日後、ずらりと屋敷の和室の部屋にウエディングドレスが並んだ。
その中の一着に心奪われた。
マーメイドドレスで腰まで大胆に開いていて、太ももの中程から伸びるトレーンが床を1.5mくらい大きく広がる。そのレースがとても美しかった。
身にまとうとレースのラインがすごく綺麗でこれ以外のものは目に入らなくなった。
私の衣装が決まると榛原さんの衣装は簡単に決まって最終調整をしたらドレスだけ5月の中頃に向こうに送られることになった。
向こうに行けなくて困ったのが結婚式の細かい打ち合わせができないことだった。
電話とメールで何度もやり取りをして詳細を詰めていった。
忘れていることはないかと何度も確認を取って、後は私たちが前日に行けばいいところまで話を詰めることができた。
披露宴の招待状の返事がポツポツと返ってくる。
席順に関してはお祖父様と谷中さんにお任せなので私は出欠の確認くらいしかできることがなかった。
真川の小父様から夫婦で出席すると返事が返ってきて複雑な気分になった。きっと榛原さんも複雑な気分になるだろう。
榛原さんには出席の返事があったとだけ伝えた。
いい笑顔で「そうか〜!!」と笑っていた。
その日、お祖父様は朝から絶好調だった。
今日は私の誕生日で屋敷の中ですれ違う人みんなに祝われた。
朝食も私の好物ばかりが並んでいる。
「寿羽!誕生日おめでとう!!百貨店に行くか?!」
「ありがとうございます。お祖父様。もう誕生日を祝う年ではないですよ」
「寿羽の誕生日は儂が死ぬまで祝うと決めているんだ」
「お祖父様の気持ちだけで十分ですよ。それに私、外出していいんですか?」
「一人で出かけるのは困ったことが起こる可能性があるとは思っているが、儂や榛原と一緒ならかまわん」
「会長・・・」
榛原さんを見ると情けない顔をしてお祖父様を見ている。
榛原さんの顔を見る限り外出していいようには思えない。
「外出駄目なんじゃないですか・・・?」
「駄目じゃないぞ。元々外出禁止になんぞしておらん。外部から入りこまれたら我慢ならんから跳ね橋を上げてるだけだ」
「お父様、屋敷に閉じこもっているのもそう悪いことではないですよ。退屈だと思っていた生活も目先を変えればやるべきことは色々出てきますし」
「よし!今日は百貨店で買い物だ。春には百貨店に行く約束をしていたしな」
榛原さんはこれ以上何を言ってもお祖父様の気は変わらないのだと諦めた顔をしている。
榛原さんも一緒にお祖父様とお買い物・・・。
びっくりするだろうなぁ・・・榛原さん。
谷中さんが一本電話した後、レク◯スLMでデパートへ向かった。
谷中さんはお仕事だそうで今回は付き合ってもらえない。
榛原さんのスーツを仕立てるのに谷中さんも一緒だったら良かったんだけどなぁ。残念。
デパートの入り口で屋敷に来てくれた領木さんと西川さんが案内に付いてくれるらしい。
もうこの時点で榛原さんは何度も瞬きを繰り返している。
「領木さん、西川さん今日もよろしくお願いします」
「今日はどのようなものをお望みですか?」
「寿羽の服とその婚約者のスーツが必要だ」
「お父様、私、先に久哉さんの衣装を揃えたいです」
「そうだな。榛原の仕事着が急ぎだからな」
榛原さんは採寸するために個室に連れ込まれてなすがままにされている。
ワイシャツとネクタイを選んでいく。
ワイシャツも勿論オーダーメイドになるので、このデザインでこの色でと決めていく。
ネクタイは仕事に向かないもの、年齢に合わないもの以外はほとんどすべて購入することになる。
タイピンにカフスもどんどん選んでいく。
ベルトは榛原さんのウエストに合わせて切ってもらう。
採寸が終わった榛原さんはスーツの色、型などを選んでいく。
喪服も必要になることが多くなるのでデザイン違いで2着作る。
1着は会社に置いておくものと、もう1着は屋敷に置いておくもの。
私も一着選ばせてもらってそのスーツを着ている榛原さんを思い浮かべてうっとりした。
休日用のスーツやジャケット、スラックスも買って部屋着も何着か用意する。
榛原さんはもう訳が解らなくなっているのか、聞かれたことにただ頷いている。
スーツの内ポケットのところに“H.YASHIRO”と入れると聞いて、少し恥ずかしかった。
お祖父様は漢字で“家城宗吉”と入れている。
昼食の時間が近づいてきたので私についてくれている西川さんに個室のある店を押さえて欲しいと頼む。
直ぐに「中華でも構いませんか?」と聞かれてお祖父様に尋ねる。
お祖父様が頷く。
「中華で大丈夫です。お願いします」
「かしこまりました」
「お食事の個室の用意ができました」
案内されて中華の個室に入った。
南さんも同じテーブルを囲む。
中華は人が多いほうがいいからね。
色々注文して少しずつ食べる。
特別美味しい店ではないなと思ってしまった。
二度目はないな。
お祖父様もそんな顔をしている。
「会長、私の着るものまでありがとうございます」
「仕事で必要な経費だから気にするな」
「久哉さん、慣れるしかないんです・・・」
「慣れ・・・」
榛原さんはきっと何をどれだけ買ったか気がついていない。
夏用の生地も用意されていたから、届いた時には絶句することになるだろうな〜と想像して微笑ましく思った。
「私が就職した時のことなんだけど、お父様は気が大きくなってしまって・・・店のここからここまで全部買うって言った時は本当に驚いたの・・・」
「全部買ったのか?」
「断りました。着そうにないデザインのものも多かったので」
「だよな」
「さぁ、飯も終わったし、今度は寿羽の春物だ!!」
「はい。行きましょうか」
「女の子はいいな。色華やかで目移りしてしまうな」
女性の担当の人が付いてくれて、何着か購入する。
「もっと色々買わんか」
「お父様、私・・・着ていくところがないんです」
「むう・・・」
「なので数着あれば十分なんです。その代わり家で着るものを買ってくださいね」
「ああ。好きな物をどんどん買え」
今回はヒールよりスニーカーを何足か買ってもらった。
お祖父様と久哉さんは仕事に行かなければならなくなって、谷中さんが車で迎えに来た。
お祖父様が「買い物を続けるといい」と言ってくれたので、デパートに残ることにした。
私は3人を見送って、南さんと2人でゆっくりデパートで買い物を楽しむ。
当然、担当者の西川さんも付いてくる。
南さんと2人で周りたいんだけど、お嬢様しなくちゃならないからそういうわけにもいかないものね。
「時計店に連れて行ってくれるかしら?」
「腕時計でよろしいですか?」
「ええ」
榛原さんの好みもあると思うけど一緒に選ぶのはまた今度にして、今日は3つほど選べばいいかな。
榛原さんに似合いそうな物で値段もそれなりのものが6つ目の前に並べられた。
1つは私の好みじゃなかったので残りの5つを購入することにした。
「商品はいつ届けてもらえるのかしら?」
「オーダーメイド以外のものでしたら、ご指定していただけましたらその日にお持ちいたします」
「じゃぁ、明日の13時頃お願いできるかしら?この時計も一緒に」
「かしこまりました」
「お願いします」
嬉しそうに西川さんが微笑む。領木さんはお祖父様が居なくなると暇を告げて去っていった。
「それから・・・6月に新居が完成するんだけど、その時のリネン類をお願いしたいんだけどかまわないですか?」
「お任せください」
西川さんのいい笑顔といい返事がもらえた。
こういったものが好みですみたいなことを伝える。
「では6月までによろしくお願いしますね。来ていただくことになるのか、来ることになるのかはまだ解らないの」
「問題ありません。カーテンなどは採寸に伺いたいのですが」
ここで測ってこいって言わないところがすごいなと思う。
「オーダーメイドになると時間掛かるものね。5月30日までには納品できるように差配してもらえるかしら?」
「こちらからご提案させていただく日でも構いませんか?」
「私が対応できないこともあるかもしれませんが、採寸なら屋敷の誰かが対応できると思うのでいつでも構いません。ただ家がまだ完成していないので」
みなまで言わずとも解っているという顔をして「連絡させていただきます」と言った。
地下の食料品売り場で皆への土産と食べたいと思ったものを大量に買うと西川さんが人を呼んでくれて車まで運んでくれた。
南さんの運転するレクサ◯LMの助手席に乗ってゆっくりと屋敷に向かう。
跳ね橋がゆっくり下がっていく。
純和風の日本家屋が見える。お祖父様が一代で築いた屋敷。
家と言うには大きすぎる屋敷。
堀の手前で動くものが見えた気がして視線をやると、母の顔を見た気がした。一瞬のことで本当に母だったのか確信は持てなかった。
南さんは「旦那様の下へと行ってきます」と言って休憩も取らずに出ていった。
一応美世さんには伝えておく。勘違いかもしれないけれどと前置きをして。
「旦那様に伝えておきますね」
なんでもないことのように美世さんは言って、デパートのお買い物の話に変わっていった。
夕食に私の好きな物が並び、みんなが食べられるようにと大きなケーキに蝋燭が立てられていて少し恥ずかしかった。
翌日デパートから商品が持ち込まれる時、みんなの警戒心が高いことに気がついたけれど私は知らぬふりをした。
きっと私がのびのびとしていることを誰もがそう望むだろうから。
そして榛原さんはネクタイ、タイピン、カフスの量を見て驚き、時計を見たきり口元を押さえて目をむいていた。
解るよ。その気持ち。
ワイシャツやスーツが届いたらもっと驚くからね。
榛原さんとお祖父様に少し余裕ができたので空中ムーンビルに高所体験をしに行くことになった。
久哉さんのお父さんとお兄さんにも声を掛ける。
お祖父様、美世さん、谷中さん、南さんも高所体験したいとのことで一緒。
榛原さんのご両親、お兄さん一家も来てくれた。
空中ムーンビルの39階のレストランで待ち合わせをしてまずは食事を一緒に頂いた。
仁輝君と愛花ちゃんは退屈だろうに大人しくしている。
腹ごなしに美術館へ行くことになり、個々にゆっくり鑑賞する。
意外にも美術館を気に入ったのは子供たちで楽しそうに絵を眺めていた。
食べたものが程よく消化され、いよいよ空中展望台へ上がっていく。
南さんは「ちょっと無理かもしれません」と声を震わせ、久哉さんは私と繋ぐ手に力が入った。
子供たちは最初は窓ガラスに近寄らなかったけれど、安全だと気がつくと窓ガラスにぺったりくっついて弥生さんに怒られながら屋上では元気にはしゃいでいた。
透明な床があった気がしたんだけど私の勘違いだったようで、ムーンツリーでないと体験できないっていうことが解った。
床が透けてなかったらみんな大丈夫ってことだけでも解ったのでヨシとすることにした。
大丈夫だけど・・・何かがヒュッとするのは仕方ないと思うことにした。
南さんと久哉さんは当日パニックを起こさないかちょっとだけ心配になった。
南さんは駄目なら下で待っていればいいけど、久哉さんは下で待っているわけにはいかないから辛いところだと思った。
庭に綺麗に咲く枝垂れ桜が一本あって、満開になった休日、榛原さんと二人でシートを敷いて花見をした。
お弁当は調理場を借りて私が作った。
オーソドックスなお弁当。
卵焼きにウインナー、ブロッコリーにプチトマトと唐揚げ。俵のおにぎり。
唐揚げは顆粒の鶏ガラ、オイスターソースに前日から漬けておく。仕上げる前にできれば室温に戻しておく。今回は美世さんが朝早くから室温に戻しておいてくれた。
サクッとした食感のものが好きなので片栗粉だけをまぶして揚げる。
お肉を室温に戻しているから揚げ時間が短くて済む。
卵焼きは榛原さんが甘いのが好きではないので、昆布出汁と塩、少しの味醂を入れて巻いていく。
巻き終わったら簾で締めてしばらく置いておく。
ブロッコリーは緑が綺麗だからお弁当には重宝する。
色を残したいのでそのまま入れて、オーロラソースを横に添える。
プチトマトは3日ほど前にピクルス液に漬けておいたものを入れただけ。
ピクルス液は酢と砂糖と塩、唐辛子、黒胡椒の粒を入れてよく混ぜる。
プチトマトは半分に切って、種を取り出す。
2〜3日つけたら完成。
トマトの種の部分はもったいないのでラタトゥーユとかミートソースに入れて食べる。
ピクルスに漬けたプチトマトの中にツナとマヨネーズを和えたものと、ゆで卵と練りゴマとマヨネーズで和えたものを入れる。
俵のおにぎりはかぶり付く大きさではなくて一口でパクっと食べられる大きさにした。
ふりかけを混ぜたもの、あおさをまぶしたもの、梅干し、ちりめんじゃこ、焼いたたらこをほぐして混ぜたものを作った。
あとは綺麗に飾り付けながら重箱に入れるだけ。
お祖父様と谷中さんと南さんにも同じお弁当を作って渡した。
風が吹くとひらひらと桜の花びらが落ちてきて、本当に綺麗でこの景色を忘れたくないと思った。
愛している人と一緒にこうやって居られることに感謝しながら来年も再来年もこうやって一緒に花見をしたいと思った。
離婚歴があるだけに、結婚式の先にあるものが想像できてしまって、ほんの少しだけ臆病になってしまう。
榛原さんと真川は違うと解っているけれど、結婚生活自体はそれ程変わらないのではないかと思ってしまう。
そんな私の怯えを知ってか知らずかお弁当を食べ終わった後、榛原さんがころりとシートの上に転がる。
私に手を伸ばして榛原さんの腕の中に囲われる。
抱きしめられて青い空とひらひらと舞い散る桜の花びらを眺めて二人していつの間にか眠っていた。
「風邪をひきます!!」
と美世さんに二人して怒られたのは苦い思い出になりそうだと榛原さんと笑いあった。
最終話まで毎日UPします。
明日、22:10 UPです。




