19 退職 寿羽 榛原一家とご挨拶と退職
週末に一度部屋を見に来いとお祖父様に呼ばれた。
後2日出勤したら退職という貴重な休みだった。
榛原さんは嫌がりもせず私を追い立てて、お祖父様の家に向かうことになった。
屋敷が見えてきて榛原さんがため息を吐く。
「どうしたの?」
「いや正月にも思ったけどお祖父さんの家は凄いよな・・・」
「あぁ・・・そうだね」
2.5mの土塀の周りに日本の城のように堀があって跳ね橋が掛けられている。
敷地内は周りより高く土が盛られているので道路からは中は見えないが、跳ね橋を通ると純日本風の庭園が広がっていて、昔ながらの大きな日本家屋が一邸建っている。
まるでドラマの城のように襖を開くとまた同じ和室があり、また襖を開くと同じ和室がある。そんな部屋が縦横だけで12部屋ある。
その他にお祖父様の部屋が別にあって食堂としている部屋もある。
2階は今は使われていないけれど、かつて両親が暮らしていたり、私の部屋があったりする。
家屋の奥には蔵があり屋根付きシャッター付きの駐車場がある。
駐車場の裏側は住み込みで働く人たちの寮まである。
広い裏庭には表庭とは違って季節の花が咲き乱れている。
「お祖父様。引っ越しまで後少しなのに我慢できませんでしたか?かなり忙しいんですが・・・」
「寿羽から貰ったチョコレートのお返しが必要だろ?」
「それは3月でいいんですよ。引っ越しの準備もあるんですから」
「そんなもの必要最小限の物だけ持ってくればいいんだ。いつでも取りに行ける距離なんだからな」
「まぁ、そうですけど」
「部屋は谷中に連れて行ってもらえ」
「解りました」
二階の階段を登って左右に分かれていて、左端に元々の私の部屋がある。
「寿羽さんは元の部屋とその隣の部屋をお使いください」
自分の部屋を見ると私が出ていったときのままだった。
「右の一番端と続き部屋の2部屋を榛原さんの部屋にしていただこうと思っております」
どちらの部屋も窓は東向きで部屋の大きさも同じ8畳の二部屋が与えられることになった。
一応結婚前だから部屋は端と端なのね。
窓から見える裏庭にこの屋敷と比べたら小さいといっても今の戸建てと比べたら3倍位広い建物がが建てられている途中だった。
「今建設中のあの建物がお二人の新居となります」
「えっ?お祖父様、家を建ててくださっているの?」
「はい。結婚祝いだそうです。この屋敷に住ませたいが新婚当初は誰にも邪魔されたくないものだからと仰っていました。あの家の完成が今年の6月になるので、6月に結婚するのが良いのではないかと仰っていました。それと、それまでは子供は作らないようにとのことです」
榛原さんは平気な顔をして「気をつけます」と答えていた。
2階にもお風呂とトイレもあるので、色んな意味で困ることはなさそうだった。
ただ日本家屋に防音効果は欠片もないことがネックなだけだった。
「家を見たか?」
「はい」
「ここにある内装の設計図の中から家の中をどうするか選びなさい」
「選べるのですか?」
「ああ。そこまで儂が決めるわけにいかないからな」
「ありがとうございます。お祖父様!!嬉しいです」
屋敷に来たときに不平を漏らしていたことなど忘れて図面に見入る。
屋敷で同居だと思っていたから家を用意してもらえるとは思ってもいなかった。
榛原さんは「ここまでしてもらうわけには・・・」と言っていたが、お祖父様が「住むところを用意するのは当たり前だ」と榛原さんを黙らせた。
榛原さんと二人で二十枚ほどある図面から2枚を選んだ。
1階が気に入ったものと2階が気に入ったもの。二つのいいところをとってもう一度図面を引き直して貰うことになった。
1階は広いリビングとダイニング、大きなお風呂とトイレ、12畳の和室が2間。
私が持ってる炬燵では部屋の大きさときっと合わない。
けれど冬に炬燵で寝っ転がって二人でイチャイチャする妄想を抱いてしまった。
2階は階段を登ると左右に別れていて右側の3つの部屋は真ん中の部屋と繋がっていて、主寝室が真ん中にあり、クローゼットだけでも6畳の部屋ほどある。
左右に榛原さんの仕事部屋と私の仕事部屋にできるようになっていた。
階段の左側は子供部屋の予定なのだろう。ロフト付きでロフトの下がクローゼットになっている部屋が3つ並んでいる。部屋はどれも同じ大きさなので喧嘩にならないだろう。
これって子供を三人作れってことよね?
お祖父様の望みなのかたまたま設計したらこうなったのかは解らないけど、子供は三人作ろうと思った。
榛原さんの予定は何人なんだろう?
今度話しをしてみなくっちゃ。
美世さんが用意してくれた昼食をお祖父様と一緒に食べ、昼から業者の方が来て設計図を引き直してくれて、お祖父様も一緒にあーでもないこーでもないと意見を出し合って、キッチンの内装からトイレ設備、お風呂の浴槽の色まで決めた。
大まかなことを決めて、一息ついたときは16時になっていてお祖父様が「晩飯を食べに行く」と言い出して、私たちでは一生入れないような“時価”としか書かれていないお寿司屋さんに連れて来てもらっていた。
「2月の29日は花柳に蟹で予約入れてあるから楽しみにしておけ」
「ランチですか?」
「晩飯だ」
「では29日までに引っ越ししないといけませんね」
「ああ。待っとるぞ」
お祖父様はそれはそれは嬉しそうな顔をした。
「はい」
寿司屋で現地解散して私と榛原さんはヴェル◯ァイアで帰宅する。
その途中で榛原さんが気遣わしげに聞いてくる。
「お祖父さんから結婚の話が出たことなんだけど、6月で嫌じゃないか?」
「はい。私は嬉しいですけど・・・榛原さんは無理していませんか?」
「いや、6月というのは俺が言い出したんだ」
「そうなんですか?」
「ああ」
「なら問題ないです。嬉しいくらいです」
「そうか、良かった・・・」
ホッと息を吐く榛原さんに本当に望まれているんだと思えて喜びが胸を占める。
「それと急なんだけど、さっきメールがあって明日兄貴の都合がついたらしいから、一緒に来てくれるか?」
「喜んで」
「昼ご飯を一緒に食べようと言ってきている」
「解りました」
ヴェルフ◯イアでお兄さんが住まれているマンションへと向かう。
お兄さんのマンションにご両親も来てくださるそうだ。
「ちょっと緊張してきました」
「その気持ちはわかる。お祖父さんに会うときは俺も緊張したから」
「全然平気そうに見えてましたよ」
「正直人生で一番緊張した。家城の会長の噂は色々知ってたからな」
「どんな噂があるんですか?」
「まず、見た目が恐ろしい、だろ。そしてその見た目通りに恐ろしい人。切り捨てるのに戸惑いがない。家城グループを大きくするための邪魔者を蹴散らす。手を出すものはかならず不幸になる。とかかだな」
「少し思い当たるところはありますが、私にはただただ甘い祖父ですね。容赦ないところは何度か見ていますけど・・・」
「その点、うちの両親はごく普通の吹けば飛ぶようなサラリーマンだから心配は要らない。兄貴は俺達の結婚に大賛成だしな」
「それは仕事のためでしょう?私が気に入られなかったらどうしよう?」
「大丈夫。寿羽を嫌ったりなんかしないよ」
お兄さんのマンションに近づく毎に口から心臓が出てくるのではないかと思うほど緊張は嫌に増していく。
お兄さんの奥さんに出迎えられてお兄さんの家にお邪魔する。
ご挨拶をするとお兄さんの奥さんはにこやかに出迎えてくれてその笑顔で緊張が少し緩んだ。
ご両親とお兄さんは私たちを待っていてくれていたようで、緩んだ緊張がまた戻ってきた。
ちょっと余裕がなかったので周りが見れていなかったのだけど、私が住むマンションが二つ入るほどに広い部屋だった。
「俺が結婚したいと思った家城寿羽さんだ。両親と兄の和人、奥さんの弥生さん、上の男子が仁輝5歳、女の子が愛花3歳だ」
「はじめまして家城寿羽と申します。こちらは羊羹で、こちらはロールケーキです。仁輝君と愛花ちゃんにはお菓子をどうぞ」
子供用にと可愛い袋に入った駄菓子の詰め合わせを渡す。
子供たちが「開けてもいい?」と弥生さんと私に聞いてくる。弥生さんが頷くので、私も頷く。
「好きな物が入っていれば良いのだけど」
子供たちは大人から離れてテーブルに座る。弥生さんも付いて行ってお菓子の封を開けている。
「子供たちにまで申し訳ないね」
「いえ、きっと退屈するだろうと思ったので」
「何時頃結婚するか決まったのか?」
「6月だ」
「式場取れたのか?」
「そのへんはお祖父さんが」
「なるほど」
ご両親は会話に加わらず聞いているだけで榛原さんとお兄さんだけで話が進む。
私も聞き手に徹している。
お兄さんは榛原さんとはあまり似ていなかった。
榛原さんはお母さんに似ていて、お兄さんはお父さんに似ている。
性格がだいぶ違うようだけど。
お兄さんに「婚約指輪を見せて」と言われて、榛原さんが私の手を取って婚約指輪を見せる。
お兄さんの奥さん、弥生さんが素敵・・・と目を輝かせた。
お母さんも「私も欲しい」とお父さんに強請っていた。
家族みんなが仲良くて羨ましい。こんな風に仲がいいのが一般的な家庭なのだろう。少し・・・いやかなり羨ましい。
「そろそろ飯に行こう」とお兄さんが言って全員が立ち上がる。
車は2台に別れてヴェルフ◯イアには榛原さんと私だけ。
「嫌がられてなかった?」
「大丈夫。気に入られていたから」
「そう?だったらいいんだけど・・・私ほとんど話せていなくて」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「うん」
少し車を走らせて着いたところは銀湯葉で、来たことのあるお店なので安心した。
お兄さんが名乗ると予約の個室へ案内される。
席が足りないと思っているとお兄さんが私たちに上座を勧める。
流石にそれは受け入れられなくて「いえお父さんたちが」と譲り合っている時に「お連れ様がいらっしゃいました」と扉が開いた。
入ってきたのはお祖父様で驚いた。
「お祖父様・・・」
「ドッキリ成功か?」
榛原さんも驚いているので、知らなかったのは私たちだけなのだろう。
「成功ですね。驚きました」
全員で一通りの挨拶をして、お祖父様が上座に座るので私がその隣に座りその反対隣に榛原さんが座った。
ご両親とお兄さんが並んで座り、弥生さんと子供たちは別室へと案内されていた。
席が足りないことに納得した。
お祖父様とご両親が言葉を交わしているのを聞きながら女将がお祖父様達にビールをついでいる。
お兄さんも飲むようで榛原さんもビールに口をつけた。
帰りの運転は私だね。
話題の中心はお祖父様とお兄さんで、ご両親も私たちもただ話を聞いているだけになった。
お父さんがお兄さんに席を「変われ」と言ってお父さんは榛原さんの正面に座った。
お祖父さんとお兄さんが盛り上がっている中、お父さんに話しかけられた。
「久哉は優しいですか?」
「はい。とても優しいです」
「なら良かった。久哉は興味のないものには冷たいところがあるから」
「はい。知っています」
くすりと笑って答えると榛原さんのお父さんも笑う。
「貴方の状況は聞いて知っています。婚約した理由も。久哉で後悔していませんか?」
「はい。後悔していません。むしろ、私でいいのかと思っています」
「久哉が良いと決めたことなので私たちはそれだけで十分です。久哉をよろしくお願いします」
「はい・・・。ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」
本当にお祖父様とお兄さんは気が合うようで、話が盛り上がっている。
所々で私たちの結婚の重要なことが決まっていく。時たまお兄さんが電話を掛けて確認しているので本気なのだろうかとドキドキしてしまう。
「お祖父様。久哉さんの意見を聞かずに何でも決めるのは止めてください」
そう言うと、お兄さんが口を開く。
「久哉のことは俺が決めてるから気にしなくていいよ」
お兄さんにそう言われると言い返せなくて榛原さんに思わず聞いてしまった。
「お祖父様たちの話に参加したほうがいいんじゃない?」
榛原さんも諦めたようにため息を吐きながら日本酒片手に嶺岡豆腐に手を伸ばしていた。
「放っておけばいい。そのうち決まったことが伝えられるだろう」
6月は2日と30日が大安の休日だということで、30日だと雨の心配が大きくなるので結婚式は2日と決まった。
「会場はなんとかなるんですか?」
「心配いらん。なんとかする」
「あまり派手なのは・・・」
「派手にはせんが、大きなものにはなる」
「それを派手といいませんか?」
「ん?ゴンドラで降りてきたり、オープニングムービーしたい?」
「え、遠慮しておきます」
「寿羽さんの養子縁組の発表もするから招待客は多くなるよ」
「解りました。覚悟しておきます」
もう黙っていたほうがいいと判断して私は口を閉ざした。
それからもお祖父様とお兄さんは驚くほどご機嫌に私たちの結婚式のアレコレを決めていく。
どこまで本気でどこから冗談なのか解らないけど、私と榛原さんの結婚式はとんでもないことになるのは違えようがない事は解った。
盛り上がっているお祖父様とお兄さんはこのままもう一軒行くと言ってお祖父様の車に乗って行ってしまった。
弥生さんが苦笑して「いつものことだから気にしないで」と言ってご両親を車に乗せて帰っていった。
榛原さんを助手席に乗せて帰ろうとしたら「このままデートしよう」と誘われて私は大きく頷いた。
お祖父様に仕事を辞めるように言われてからまともにデートできていなかったので大賛成だった。
「考えてみれば私たち殆どデートもしていないよね」
「そうだな。一緒にいる時間は長いけど、家にいることが多いからな」
「まぁ、人目につくのは嬉しくないですしね。私の事情的に」
「俺はそれを気にしていない。疚しいところはまったくないしな。気にしているのは会社の奴らだな」
「そう言えば結婚式、日本で一番高い場所でするとか言ってませんでした?」
「言ってたな」
「わざわざ向こうまで行くんでしょうか?それに結婚式って出来るのかな?」
「さぁな。どこまで本気なのか解らんところが・・・」
「ですよね・・・」
「披露宴のことを考えたら、向こうのほうが人が集まりやすいんじゃないか?」
「でも家城グループって日本で一番高い建物がある場所よりこっちのほうが力あると思うんですけど?」
「あっ、そこ曲がったところに水族館があるぞ」
「水族館!いいですね。久しぶりです」
手を繋いでゆっくり魚が泳ぐ姿を眺める。
イルカプログラムの時間になって腰掛けてイルカのジャンプや泳ぎを眺める。
寒いからか、見物人はまばらだ。
それでも子供たちはイルカと一緒に跳ねて歓声を上げている。
「久哉さんは子供、何人くらい欲しいですか?」
「2〜3人かな。まぁ、多くてもいいけど、一人っ子は可哀想かな。2〜3人いれば誰かは家城を継いでくれるだろう」
「一気に現実味のある話になりましたね」
「正直言うと、二人だけの時間をもう少し堪能したいと思うんだが、30歳が近づいてきているからのんびりはしていられないと思ってる」
「まだ2年あるじゃないですか」
「後2年しかないんだよ」
「見解の相違ですね」
「俺が早く死ぬと子供が苦労するからな」
「私より長生きしてくださいね」
「それは嫌だな。おまえ百までわしゃ九十九までがいいな」
「頑張って長生きしましょう」
榛原さんのお酒も抜けたので、運転を代わる。
有名ラーメン店の前を通ったので、ラーメンで晩ごはんを済ませようということになった。
超濃厚豚骨ラーメンを堪能して、帰路についた。
仕事が忙しくて送別会は出勤最終日の前日になった。
女の子の数人が榛原さんの前で泣いている。
多分、バレンタインに本命チョコくれていた人たちだろうなぁ・・・。
私には「元気でね〜」くらいしか声はかからなかった。短い期間だったものね。でも前に仲良かった人もいたはずなんだけど、人をまた信じられなくなったかもしれない。
・・・って言うほど最初から人を信じてないかな。
まぁ解る。再就職してきたと思ったら直ぐ辞めるんだもの。気分悪いよね。
榛原さんが同時に辞めなかったら送別会もなかっただろうなと感じた。
榛原さんは退職をみんなに話してから2人に告白されたと言っていた。
仕事もできるし見た目もそこそこいいのでモテるだろうとは思っていたけど本当に告白されるとは・・・。
きちっと断ったと言ったのと偶然でなければ二度と会うこともないだろうと言ったので、モヤモヤせずに済んだ。
辞めたらもう会うこともないしね。
会わないよね?
2月20日、あまり天気がよくない一日だった。
いつ降り出すのかと心配で何度も空を見上げる。
定時より早い時間に私が終えるべき仕事を終えた。
私は葛城さんに社内電話をかけて「社長にご挨拶したいのですが」と尋ねた。
「今から来ても構いませんよ」と言ってもらえたので挨拶に向かう。
榛原さんも私の後を追いかけてきて二人で社長の前に立つことになった。
「社長、本当に今までありがとうございました」
榛原さんが礼を述べ、私も一緒に頭を下げる。
「二人もいなくなると寂しいよ」
「ありがとうございます」
「これからも頑張ってね」
「はい。社長もお元気でいらしてください」
葛城さんとも別れの挨拶をして、階下に降りるとちょうど定時のチャイムが鳴り始めた。
榛原さんには女の子たちから大きな花束を貰い。私には小さな花束が渡された。
榛原さんは他にも色々なものを貰った。私にはなにもない。
榛原さんは何人かに飲みに行きましょうと誘われていたが、私は一人でポツンと離れたところで立っていた。
榛原さんを置いて先に帰ってしまおうとバッグを手にして一応「お世話になりました」と声を掛けてエレベーターへ向かった。
榛原さんが私の後を追いかけてきて、同じエレベーターに乗り込んでくる。
「良かったんですか?飲みの誘いあったでしょう?」
「これだけの荷物抱えて行きたくないな」
榛原さんの姿を見て「まぁ、そうですね」と納得した。
榛原さんの荷物が多いのでタクシーで帰ろうかと話してタクシーを止める。
一緒にタクシーに乗るところを同じ課の数人に見られたが「もう気にする必要はない」と榛原さんが笑った。
明日、22:10 UPです。




