18 家城宗吉 寿羽 誕生日&バレンタイン
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家城宗吉は寿羽が産まれてからというもの、頭の中はどうやって寿羽を守ればいいかということばかり考えてきた。
生まれる前からこの子が幸せになれる日が来るのか心配でならなかった。
妊娠した経緯も妊娠したことも誰からも望まれていなかった。
かくいう儂も生まれることは望んでいなかった。この手に抱くまでは。
産まれて直ぐにDNA鑑定を依頼することになり、その結果がもたらされた瞬間から、寿羽には危険がつきまとった。
佐知江から取り上げ、儂の手元においた。
何を吹き込まれて育てられるか解らなかったため、佐知江に育てさせることだけはしたくなかった。
これでも万全ではないと儂は考えもせんかったし、気が付いていなかった。
寿羽が産まれたその瞬間から儂の妻の芳から執拗に命を狙われるなんて誰が想像する?
ちょっとした虐待なんていう可愛いものではなく、本気で命を狙われていた。
儂がいるときには見せないが、儂が仕事に向かった途端、手伝いの者たちから寿羽を取り上げようとして、まだ首が座ってもいない赤子の首を絞めようとしたり、包丁を振りかざしたり、猫の子のように持ち上げて床に叩きつけようとまでしていた。
屋敷にいるもの全員が芳を止めるために必死になった。
儂は芳に寿羽には罪がないことを言い聞かせたが、芳は「やはり佐知江と示し合わせたのですね」と言って般若の顔になり髪を振り乱した。
儂が何か言えば言うほど芳の殺意は増していった。
寿羽の為になんとか離婚をしようと手を替え品を変え色んな手段を取ってみたが、芳は離婚に絶対応じなかった。
芳名義のすべてを取り上げ、洋服一枚買うことができなくなっても芳は家城にしがみついた。
芳自身も家城にいる限りつらい思いをするだろうにどうしてと何度も思った。
しがみついてまで成し遂げたいことが寿羽を殺すことだ。
どこにも幸せなんてありはしないのに、儂には理解できなかった。
恨むなら佐知江を恨めばいいのだ。殺したいなら佐知江を殺せばいいのだ。
それならば反対などしないし、止めたりもせん。妻が犯罪者となってもかまわん。
離婚も申し出たりしなかったかもしれん。
芳は屋敷の片隅で小さくなって生活していても寿羽を殺すというその意思は挫けず、執拗に寿羽を付け狙った。
儂は必死で芳から寿羽を守った。手伝いでここで生活している者から通いで屋敷に勤めにきている者まで一丸となって寿羽を守ってくれた。
儂が寿羽にずっと付き添うことは不可能で、寿羽が歩きだすと行動範囲も広がって屋敷の中が一番危険な場所となった。
佐知江に寿羽を返せと言われていたこともあって、儂は泣く泣く寿羽を佐知江に返すしかなくなり康介に絶対に寿羽を傷つけるなと言い渡して寿羽を手放した。
康介に儂の休みの度に寿羽を屋敷へと連れてこさせたが、寿羽は段々と笑顔に陰りが見える子供に育っていった。
寿羽が5歳の頃だったろうか?一緒にお風呂に入った時、体のあちこちに青あざができていた。
どうしたんだと尋ねると「お母様がつねったり、叩いたりする」と言った。
これが初めてではなかった。もう許せんと思った。
儂は怒り狂って寿羽を取り戻して、康介一家を金銭的に締め上げてやった。
康介は佐知江が儂を襲って子供を産んだことで心が折れたのか、働く気力を失っており儂の援助で生活をしている状況だった。
寿羽の養育費だと割り切って生活費を多く渡していたがそれらを止めて、康介一家を買い与えた家から追い出した。
やがて康介が達俊と歩美を連れて泣きを入れてきたので、寿羽には絶対手を挙げさせないと約束させて許すしかなかった。
戻ってきた寿羽を芳が執拗に追いかけ回したからどんなに手元に置きたくても置けなかった。
苦渋の決断だった。
それからは寿羽の体に傷が付くことはなかったが、言葉で傷つけられているようで笑顔の少ない子供なことには変わりなかった。
寿羽が6歳になった時、儂のところで暮らすか佐知江のところで暮らすのがいいかと尋ねると、儂のところがいいと答えた。
それから直ぐに寿羽を引き取った。
それからは康介たちにはギリギリ生活できる分だけしか渡さないことにした。
康介が我が子で可愛いといっても、もういい大人なんだから生活を助けるべきではなかったんだ。
康介を甘やかしてしまった結果、寿羽を傷つけてしまった。
既に落ち着いていたと思っていた芳が再び殺意を迸らせて、儂がいないところで寿羽を執拗に狙っていると報告がされた。
一時は親戚のどこかの家にあずけることも考えたが寿羽が嫌がった為にそれも諦めた。
儂がいないある日、芳が果物ナイフを寿羽に向けて振り下ろそうとしているところに美世が出くわし、美世が守ったことで寿羽には何事もなかったが、美世の腕に14針も縫う傷ができた。
その傷は今も残っている。
儂が帰ってからと警察に直ぐに連絡しなかったのが悪かったのか、芳は任意で警察に連れて行かれただけですぐに釈放された。
儂は屋敷の跳ね橋を上げて芳を屋敷に入れるのを拒んだが、芳はいつの間にか屋敷の中に入り込んで、素知らぬ顔で自室とされている部屋にいた。
誰が招き入れたのかと調べたが、芳は人が出入りする隙を見て入り込んだことが解っただけだった。
警察に美世が怪我しているのに何故だと苦情を申し立てたが、芳の実家が警察関係者に食い込んでいた所為か、けんもほろろに追い返された。
芳の実家に美世への慰謝料を支払わせ、芳を引き取れと伝えたが芳自身が帰ってこないのでどうしようもないと断られた。
儂も美世にそれなりの金額を支払って感謝と謝罪を述べた。
寿羽は芳に命を狙われながらも儂の手元で明るさを取り戻した。
芳以外の屋敷の者が一丸となって寿羽を守った。
芳の実家から芳に監視をつけるようにもなった。
寿羽も美世の怪我は堪えたか一人で行動することはなくなり、必ず誰かといるようにしていた。
学校に行くようになり友人も増え楽しそうにしていた。
儂は寿羽の面倒を見なくなった康介たちには最低限の援助しかしていなかった。
彼らの鬱憤が寿羽に向かった。
屋敷に来られない佐知江は寿羽の登下校中に現れて寿羽を友人の前で罵り、怯えさせた。
警察に通報されて連れて行かれた回数は両手でも足りないだろう。
それでも佐知江は寿羽に執拗につきまとって達俊と歩美まで連れて三人で寿羽を言葉の刃で傷つけ続けた。
その行いは儂の苛立ちと嫌悪を募らせていくばかりだった。
寿羽の前に現れたら生活費を一切払わない。そう言い渡してからは寿羽の前に現れなくなった。
これ以上、寿羽の前に現れる事はないと思っていた。
だがそれは儂に伝えなかっただけで陰で寿羽の前に現れていたらしい。
佐知江に絡まれている寿羽を南が見かけて慌てて車を止めて寿羽を保護したのだ。
寿羽に問いただすと儂に話さなかっただけで帰り道にはしょっちゅう現れていたと言った。
「これからは必ず言いなさい」と寿羽に言うと「きりがなくて」と苦笑いした顔が忘れられない。
「大人の事情があるから必ず言いなさい」と言うとそれからは伝えてくれるようになった。
康介が謝罪に来ても今度ばかりは許さん!と伝えて1年間生活費を一切支払わなかった。
康介は会社は辞めたものの役員として名が残っていたため役員報酬を支払わないわけに行かず、年間110万円を寿羽に入金して残りの金額を康介に支払っていた。
今でも夢に見るほどに最悪だったのは寿羽が中学生の頃だった。
今まで何もしていなかった康介が寿羽に儂が佐知江をレイプして生まれた子だと嘘を教えた。
寿羽がちょうど反抗期の年頃だったのもあって寿羽は荒れに荒れた。
屋敷に帰ってこなくなり、儂の顔を見ては佐知江や芳のように人を呪う言葉を吐き散らかした。
そんな寿羽が荒れている時、芳が寿羽の前に現れて指を差してあざ笑った。
それに触発されたように寿羽が芳の首に手をかけた。
「今まで殺しにかかってきたんだから、殺される覚悟はしているんでしょう?死ねばいいのよクソババアっ!!」
寿羽が芳にそう言ったと後で聞かされた。
芳はもう寿羽は小さな子供ではないことを自覚したのか寿羽に怯え、殺そうとすることは諦めたようだった。
その代わり遠い場所から大きな声で寿羽に罵詈雑言を浴びせるようになったのだが、寿羽も黙って言われるがままではなくなっていて、言われた以上のことを言い返し、時には追いかけ回して芳に恐怖を与えた。
芳は寿羽に恐怖を植え付けられたのか、寿羽に関わらなくなった。
寿羽は変わらず人でなしと儂を罵っていたが、寿羽が信頼している美世が儂と佐知江の間にあった本当のことを話して、それが嘘ではないと屋敷のみんなに言われたことで儂への反抗は収まりをみせた。
それから寿羽は一気に大人になった。
本当はいろんなことが信じられなくなっているんだろうとは思うが、それをひた隠して明るい笑顔で周りに安心感を与えた。
寿羽は芳も佐知江も相手にしなくなり何を言われても気にも掛けなくなった。
建前と本音をうまく隠すようになり、儂のほうが少し戸惑った。
それからすぐ寿羽が一人暮らしをしたいと言い出し、初めは許さなかったが何度もお願いされて儂はそれを認めるしかなかった。
高校近くにマンションを買い与え、代田を側に置いた。
代田に見張られているようで息苦しいと何度か言っていたが、高校生の可愛い娘を一人にすることはできなかった。
まさかそれっきり10年もの間帰ってこなくなるとは夢にも思っていなかった。
寿羽は儂たちの説得には応じず大学に行かず就職して、自分の稼ぎで小さなマンションを借りて儂の手から飛び出してしまった。
その頃仕事で付き合いのあった真川の倅はそこそこ見目が良く、性格も悪くなかった。
家城の爺と儂の事を平気で呼んで懐いていた。
少々女遊びもしたようだが、若い時分は遊んでいたほうが大人になってから落ち着くものだと思い「寿羽の婿にならんか?」と言ってみた。
真川の倅は寿羽に興味を持ったようで暫く時間をくれと言った。
半年ほどで寿羽と付き合うようになりそれから一年程経った頃、寿羽から結婚したい人がいると連絡があった。
当然儂は両手を上げて賛成して祝福した。
寿羽の結婚式に康介一家を家族として呼ぶか寿羽と話し合った。
儂も寿羽も呼ばないと決めたが、真川が両親を呼ばないのは如何なものかと言い出して呼ぶしかなくなった。
今思い出しても寿羽の結婚にケチが付いたのはあの結婚式のせいだと儂は思う。
最初佐知江は大人しく座っていたんだ。なんとか無事に終わる。そう思った時だった。
両親への花束贈呈の時マイクを手にした途端『寿羽は幸せになれないわ!不幸になればいいのよ!!』と静かな会場の中でそう叫んだ。
寿羽はにっこり笑ってマイクを取り返し『お祝いの言葉ありがとうございます』と答え披露宴を続けるように司会に目配せしていた。
披露宴は何事もなかったかのように終了し、家城の息子の嫁は我が子を呪う忌まわしい存在と言われ、寿羽のことは感情を波立たせず冷静なできた娘として認識された。
真川も2度と寿羽の家族のことは口にしなくなった。
真川の倅に任せて安心していたのもたった3年。
調べたら、真川の倅には結婚して直ぐの頃から別に女がいて仕事が終わると寿羽の元には帰らず、その女の所に寄ってから寿羽の待つ家へと帰るような生活を離婚直前まで続けていた。
真川の倅のことを調べ上げた報告書を真川の親父の方に渡すと「倅が申し訳ない」と頭を下げられた。
真川の親父は慰謝料を申し出てきて儂がそれを受け取り寿羽の通帳に振り込んだ。
寿羽は寿羽でしっかり倅の方からせしめておったのを知ったときは声を上げて笑った。
真川の親父の方に倅を2度と寿羽に近づけるなと釘も刺した。
それなのに真川の倅は寿羽の会社にまで顔を出して、その上刃渡りの長い包丁を買って鞄の中に入れて寿羽を付け回した。
そのことを話すと真川の親父は真っ青になって直ぐ対処することを約束して、実行した。
迷惑料が支払われたのでそれも寿羽の通帳に振り込んだ。
真川の倅は海外に出したうえ、パスポートも取り上げたと報告があり真川の倅に関することはこれで片付いた。
いつも儂は後手に回ってばかりだ。
世界で誰よりも幸せになって欲しい可愛い娘の寿羽に迷惑ばかりかけている。
寿羽に構わないのが一番だと知っていても儂は寿羽に側にいて欲しい。
寿羽に申し訳ないと思いつつも手元に置く方法を毎日探している。
真川の倅と離婚してからはいいことは続くもので、寿羽が養子縁組の書類にサインしてくれた。
芳が死んで儂は長い間背負っていた重しが取り除かれた気がした。
死んだと報告を受けて葬式の手配より先に役所へ養子縁組の書類を届け出た。
書類はあっさりと受理され、寿羽は儂の娘になった。
これで寿羽は儂の娘だと大手を振ることができる。儂の遺産も寿羽にすべて渡すことができる。
今暫くは秘密にしておくが、これほど嬉しい日はないと心から思った。
後は康介に遺産放棄させるだけだ。これが一番厄介だ。
欲にまみれた佐知江も側に居る。うまく話を持っていきたいと考えていた。
芳の葬式に託けて、康介一家が儂の屋敷に上がり込んできたのを知るまでは。
だがそれも振り返ってみればいい一日になった。
康介が遺産放棄の書類にサインしたし、芳の葬式をこの家から出さずに済んだ。
芳の葬式には寿羽以外誰も参列しなかった。
屋敷から放り出されるのが嫌で誰とも付き合うことがなかった愚かな芳。
芳の実家も両親はもう死んでいて、その両親の葬式にも参列しなかった芳に思うところもあったのだろう。
芳の親族ですら誰も連絡してこなかった。
急遽変更した日付でなければ参列者もいただろうが、芳は生き様が葬式に現れたとしか言いようがなかった。
葬儀の2日後遺骨になった。屋敷に持ち込まれるのが嫌で南に取りに行かせて芳の実家に置いてこさせた。
向こうも受け取らないと言っていたらしいが、南は玄関先の地べたにポンと置いて「家城に最も必要ない物です」と言って帰ってきたそうだ。
南から聞かされたときは目が点になり、よくやったと褒めて大爆笑した。
夜、哀れな女だったと一人で酒を飲んだ。
寿羽が離婚してまだ1ヶ月程しか経っていなかったんじゃなかろうか?
新しい恋をしたと言って、寿羽がその男を儂に紹介した。
マンションをプレゼントした時に榛原の兄とは面識があり、兄の方はなかなかしたたかな男だった。
儂と馬が合う男で、時間の合うときは一緒に飲んで仕事の話をして盛り上がって、事業提携することになった。
寿羽が連れてきた榛原は浮ついたところがない地に足がついている男だった。こんな男を捕まえられるなら、要らぬ手出しなどしなければよかったと後悔した。
ハッキリ言って儂の娘になった寿羽を取られるのは気に食わないが、寿羽の思うがままにすればいいと思った。今度は父親として手も口も出すと決めている。
真川のときも手も口も出すべきだったと後から後悔した。だからこれからは遠慮はしない。
だが榛原なら大丈夫だと思う。榛原は儂を立てるべきところはしっかり立て、逆らうこともできる男だった。
なにより自分の意見と儂、寿羽の意見をすり合わせることができる。
いつの間にか谷中と連絡先を交換していて、寿羽に婚約を申し込んだと連絡してきた。
儂は素直におめでとうと伝えることができた。
そして寿羽の身にこれから起こるであろう事について話した。
儂は寿羽を守るための榛原という名の盾を一つ手に入れた。
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榛原さんとの初めてのバレンタイン&誕生日
最悪なタイミングでバレンタイン・・・榛原さんの誕生日がやってきた。
バレンタインと誕生日が一緒に来ることは解っていたのよ。
でも、榛原さんが二十四時間といってもいいほど私の側にいることが問題なの!
準備ができない・・・。買い物にもいけない・・・。
半同棲しているようなものなので、下準備をしようとしたら手伝おうと言われてしまう始末。
私はサプライズを断念することにした。
バレンタインは榛原さんの誕生日でもあるのに!
なのに平日は忙しくて特別なことをする余裕がまったくない。
前に今度のバレンタインは期待してって約束したのに、守れそうにない。
朝会社に行くと榛原さんのデスクの上にはチョコレートが山積みになっていて、それも義理チョコではなく本命チョコのように見える。
高級有名菓子店の包み紙の箱がそこかしこに見える。
チョコレートを持って帰ってきた榛原さんは、手作りの物は処分して、市販の物だけを残した。
「忙しくていつもと同じようなご飯しか用意できなかったの」
「気にしなくていいよ」
「一応ケーキだけは買ってきたから後で食べようね」
さすがに蝋燭を立てて、なんてことはしなかったけれど小さなホールケーキを切らずに二人でフォークで一口ずつ食べさせあった。
ケーキを食べ終わった後、バレンタインチョコレートと誕生日プレゼントのセーターをプレゼントした。
私が渡したチョコレートは全部食べてくれたけど、他の人からのチョコレートは頂いた女性には悪いけれど代わりに私が食べた。
決してヤキモチじゃないよ。
榛原さんが私のチョコレートを食べたらもう要らないというので私が食べただけだ。
おでこにニキビが出来たのは彼女たちの怨念が当たったのかな?
結構大きくて、痛かった。
お祖父様だけでこの18話を書きたかったのですが、これ以上広げると大きくなりすぎるので断念しました。
明日 22:10 UPです。