17 再出発7 寿羽 真川 真川がいなくなったと知らされる
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翌朝、始業開始より先に社長から呼び出された。
幸せでいっぱいだった気分が引き締まる。
葛城さんが取次をしてくれてスムーズに社長室に通される。
「昨日、家城の会長から電話が掛かってきたわ」
「ご迷惑をおかけします」
「申し訳ありません。せっかく雇ってもらったのに」
「仕方ないわ。残念だけど二人は来月の20日までの勤務ということに決まりました。榛原は大友に引き継ぎを。家城の代わりを来週入れるから。家城は最後までしっかり仕事をこなしてくれ」
「解りました」
「ご迷惑おかけいたします」
社長室を出ると小さく息を吐いた。
もっと嫌味を言われるかと思った。
葛城さんと目が合いニコリと微笑まれる。
榛原さんは葛城さんにお辞儀して階下へと降りていく。
「家城さんがこんなに早く辞めることになるとは思いませんでした」
「私もです」
「今度は家での仕事もできそうにありませんね」
「私は仕事したい気持ちでいっぱいなんですけど、それが許されない環境で・・・」
「本当に残念ですね」
「ありがとうございます」
私も葛城さんに頭を下げて自分のデスクへと戻った。
仕事中に谷中さんからメールが来て、真川は来週から海外転勤になると書かれていた。
今週一杯気をつけるように、と来週まで地下にハイヤーを用意するのでそれで通勤するようにと指示もあった。
その日は二人共残業なく帰宅できることになり、地下で待つハイヤーに二人で乗った。
私は榛原さんに膝枕をされて恥ずかしい思いをして、つけられている可能性もあるからと、直接家には帰らず遠回りをして自宅へと帰り着いた。
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寿羽が婚約したと知ってからほぼ会社には行かず寿羽の後を付け回していた。
榛原を寿羽の目の前で傷つけることばかりを夢想する。
鞄の中の包丁の柄を握りしめて榛原を刺し貫くことを頭の中で想像する。刺した後どうなるかまで頭が回っていない。
ただ榛原を傷つけることだけを心待ちにして寿羽の会社の前で待つ。
会社の前で待ち伏せしているのに何故か寿羽を見つけられない。
もしかしたら今日は出社していないのだろうか?
体調を崩した?マンションに行ってみたほうがいいか?
明日からはマンションの前で待ち伏せしたほうがいいかもしれない。
今日は仕方ない。始業時間まで待ってマンションに行くことに決めた。
榛原かもしれないと思う男を漸く見つけることができた。
報告書の写真とそっくりな男だ。
寿羽はいないが仕方ない。刺されたと知るだけでもダメージはあるだろう。
榛原の背後から刺すために包丁を鞄の中で握りしめて取り出そうと手を突っ込んだ。
その途端に真横に車が停まって、誰だか知らないやつに俺の手が押さえられ力ずくで車の中に押し込まれる。
何が起こっているのか解らない。
鞄を取り上げられ「黙って座っててください」と言われて鞄の中の包丁を取り出される。
車の中には知らない男ばかり4人いて、逆らう心が挫かれた。
1時間程無言の車の中で座らされて俺は恐怖に囚われていた。
車は俺がよく知る真川コーポレーションの駐車場に入っていき、両脇を抱えられて親父が待つ社長室へと連れて行かれた。
訳が分からない状況になるのではないと解って肩から力が抜けていく。
「親父・・・」
俺を連れてきた男二人が室内の扉の前に陣取り、逃げ出すことは不可能だった。
もう一人の男が俺が買った包丁を親父の机の上に置く。
親父が「どうしてこんな風になってしまったのか?」とため息とともに口にした。
「この包丁で何をするつもりだったんだ?」
「・・・・・・」
机をバン!と叩かれ、机の上にあった包丁が小さく浮き上がって直ぐに落ちてカチャっと音が鳴る。
俺はビクッと体を震わせて親父を伺う。
「もういい。お前は来週からカナダのオタワ勤務とする」
「えっ?」
「ここには置いておけない。私が生きている間は日本に帰ってこれないと思え」
「なんで?!」
親父は包丁を指さして「言われなくても解るだろう?」と言った。
「でも寿羽が俺を待ってる・・・」
親父は一つ息を吐きだす。
「寿羽さんはもう新しい人と婚約した。お前のことを待ったりしてない。連れて行け」
「待ってくれ!親父!!俺は日本に、寿羽の側にいなくちゃならないんだ!!」
2人の男と1人の女に付き添われてマンションへと帰る。
女に着替えの場所などを聞かれ虚ろに答えているといつの間にか荷造りが完成していた。
「他に持っていく必要のあるものはありますか?」
何も考えられず首を横に振る。
「あっ寿羽との結婚写真を!!」
女はそれを無視して部屋から出ていく。
女が弁当屋の弁当を3人分買ってきてそれを置くと女はいなくなった。
翌日一人の男に付き添われてバンクーバー行きの飛行機に乗せられてしまった。
オタワ支社に着くとパスポートを取り上げられ、オタワ支社の上司に引き合わされた後、俺が住むことになるアパートメントへと連れて行かれた。
男は俺のキャリーバックを置くと「後は一人で好きにしろとのことだ。明日の出社は8時半だそうだ。仕事にはちゃんと行けと仰っていた。じゃあな」と言って部屋から出ていった。
スマホも取り上げられて持っていない。誰も知らない国で頼るべきものが何も無い。
キャリーバックと着替えしか用意されていない。
物のない部屋にぽつんと残されて俺はただ呆然とするしかなかった。
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真川が海外へ転勤していき、私と榛原さんが仕事を辞めることを課のみんなに伝えることになった。
「復帰してたった3ヶ月で仕事を辞めることになって、本当に申し訳ありません」
と私は謝罪し、榛原さんは「長い間支えてくれてありがとう」と伝えた。
私と榛原さんが婚約したことは黙っていることにした。
いつか何処かで知ることになるかもしれないけれど、今言う必要はないと社長と話し合って決めた。
榛原さんは日に日に忙しくなり、帰宅時間も遅くなっていく。
仕事が忙しい中、また引っ越しのための荷造りを始めなければならない。
はぁ〜・・・こんなに早く荷造りをすることになるとは思わなかった。
ここが終の棲家になるかもなんて思っていたのに人生で一番短い住居となってしまった。
前回の引っ越しはとにかく急いでと思っていたので一気に用意できたけど、今回は引っ越ししたくないという気持ちがあるので荷造りに精がでない。
この部屋からたった3ヶ月で出ていくことになるとは思ってもみなかった。
もしかしたら3月には榛原さんと結婚する可能性ってあるのかな?
そこまで早いならもう私たちにも話しているよね。多分6月でいいんだよね?
取り敢えず離婚後100日が終わることが先だと思っていたし、榛原さんとの関係を進めるのも100日が終わってからだと思っていた。
既に婚約しているのも想定外だったし・・・。
榛原さんが帰ってくるまでにご飯の用意をしよう。
今日は榛原さんのリクエストのハンバーグ。でもきっと榛原さんが思うハンバーグとは違うと思う。
豆腐を水切りする。使うのは木綿。
玉葱、人参をみじん切りにする。
南瓜をレンジで柔らかくして皮は口に残るので、はいであらみじん切りしておく。
冷凍していた椎茸の軸の部分と使い終わった昆布を解凍して置いてあるものもみじん切りにする。
私のハンバーグは野菜は何でも刻んで入れちゃう。多いのは根菜類かな。
甘みが付くので南京は是非とも入れて欲しい。
好みのひき肉を用意して、よく練る。
粘り気が出てきたら玉葱、人参、椎茸の軸、昆布、南京、卵、豆腐、顆粒コンソメ、オールスパイス、塩胡椒、ほんの少量の出汁醤油、パン粉を入れてよく混ぜる。
休日にハンバーガーを作るためにバンズに合わせた大きさの薄いものを冷凍しておく。
夕食用のハンバーグは小判型にして中央をすこしへこませてフライパンで両面焼き色を付ける。この時点では火は通さなくていい表面さえ固めればいい。
水を入れて蓋をして蒸し焼きにする。
まだ榛原さんが帰ってきていないので一度沸騰したら火を止める。
人参とじゃがいも、いんげんのグラッセを付け合せにする。
人参を4cm長さに切って4つ割にする。
丁寧にするのなら角を取る。
じゃがいもも人参の大きさに合わせてスティック状に切る。
小鍋にじゃがいも、人参を入れてひたひたの水をいれる。
バター、コンソメ、砂糖、ひとつまみの塩を入れて火にかける。
いんげんのヘタを落として人参に合わせた長さに切る。
いんげんを鍋に加えて、火が通ったら一旦取り出す。
人参、じゃがいもに火が通ったらいんげんを戻して残っている汁に絡めて出来上がり。
スープはコンソメスープにしよう。
水を沸騰させて顆粒コンソメを入れ、塩胡椒で味を整える。春雨を入れて、柔らかくなったら出来上がり。
お椀に盛る時にパセリを散らす。
寒いときのサラダはやっぱりブロッコリーだよね〜。
小分けにして下茹でして水切りをする。
カニカマを裂いて・・・何で和えようかな・・・。
ハンバーグが濃いからあっさりポン酢にしようかな。
ポン酢に練りゴマを溶いてブロッコリーとカニカマを和える。
レタスを敷いた上に綺麗に盛って出来上がり。
出来上がったものをテーブルに並べていると榛原さんが帰ってきた。
「お帰りなさい。久哉さんはいつもいいタイミング」
「ただいま。食事の用意任せっきりになってごめんな」
「大丈夫よ。それに元はと言えば私が原因だし」
ハンバーグの火を点けて水分が無くなる寸前まで煮詰める。
フライパンを傾けて残っている水分とケチャップとソースを溶いてハンバーグに絡める。
グラッセを温めてハンバーグと同じ皿に飾り付ける。
榛原さんが出来上がったお皿を持っていってくれる。
「美味そうだ。いただきます」
「いただきます。久哉さんが思うハンバーグとは違うかもしれないけど・・・」
ハンバーグを一口口に入れて「柔らかくて美味いよ」と美味しそうに食べてくれる。
「本当に口に合わないときは言ってね」
「今まで口に合わないものなんてなかったよ」
「ならいいけど。・・・屋敷に行ったら久哉さんにご飯が作れなくなるのが残念だわ」
「お手伝いさんが作るんだっけ?」
「調理人もね、いるの」
「寿羽の手料理が食べられないのは残念だけど、仕方ないな。休日には一緒にキッチンに立とう」
「そうね。それがいいわね」
榛原さんの頭から抜け落ちているのか、それとも私を紹介できないのか、どちらなんだろう?
「久哉さん」
「ん?」
「久哉さんのご両親に挨拶をしたいのだけど・・・」
「ああ。兄貴に時間を作ってくれと頼んであるんだが、仕事が忙しいらしくてまだ返事が来ないんだ」
良かった。話はしてくれていたのね。
でもお兄さんは私が嫌なのかな?
「うちの場合、兄貴の都合に合わせることになるから、休日に調整できるかちょっと解らないんだよなぁ・・・取り敢えず兄貴の返事待ちだ」
「解りました。付き合っていることは伝えているんですか?」
「ああ。言ってある」
「私の離婚歴・・・」
「全部知ってるから気にしなくていい」
そう言われても安心できない。
はっきり言って常識外れだろう。
付き合うだけなら納得してもらえるだろうけど、婚約となるとご両親やお兄さんは不快に思うのではないだろうか?
疚しいところは一切ないけれど、人は穿った見方をするものだ。
「離婚して2ヶ月ほどで婚約って嫌がられないですか?」
「その辺も話してあるから気にしなくていい。うちは兄貴が良いと言ったら大体OKな家だからな。兄貴は既にOK出しているし」
「お祖父様が久哉さんのお兄さんに無理強いしてなければ良いんですが・・・」
「大丈夫。兄貴の会社は家城グループのどこかと提携するほど仲良しだから」
「知りませんでした・・・」
「たまに酒飲んでるらしいよ。お祖父さんと」
「聞いてません・・・」
「互いに利用しがいがあると思っているんじゃないか?」
「ちょっと嫌な関係ですね」
「あの二人にはちょうどいいんじゃないか?」
榛原さんの帰りが遅い金曜日。明日の昼ご飯のためにパンを仕込む。
今回は捏ねない生地作りを試してみようっと。
小麦粉、砂糖、塩、バター、イースト、水のいつもの分量で生地をこねる。
全部が混ざればいい程度の捏ね具合でいい。ボウルに入れてラップを掛けて一度目の発酵させる。
冬は室温が低いので一度目は1時間程発酵させて、丸め直してボウルに戻してラップも掛ける。二度目の発酵も1時間程発酵させる。今回はここで野菜室に入れて一晩発酵させる。続きは明日することにした。
翌日もう一度丸め直してボウルに戻す。鍋にお湯がフツフツするくらいで火を止めて、生地の入ったボウルを乗せる。ここで温度が高すぎたりすると生地が駄目になるので気をつける。生地がしっかり温まった3度目の発酵もやっぱり1時間くらい。
発酵に関しては季節によって気温が違うので発酵を見極める事が大事。
ガス抜きして分割して丸めてからベンチタイム。
今回はバンズを焼きたいので、型を持っていない私はクッキングシートを3cm幅ぐらいで三つ折りにしてホッチキスで止めて輪っかを作る。
その中に丸めた生地を中に入れて発酵させる。
後は焼成して出来上がり。
今日はなんのサラダを作ろうか。
一つはマヨタマがいいかな。
ゆで卵を茹でて、粗く潰して八方出汁とマヨネーズで和えて、あおさを振りかける。
ひじきのサラダ。
ひじきを水で戻して冷凍の枝豆と一緒にサッと湯がく。
きゅうりは板ずりして、叩いて食べやすい大きさに潰す。
トマトは角切りにする。
ポン酢とマヨネーズ、練りゴマをよく混ぜて具材を入れて和えて器に盛る。
普通のハンバーガーも捨てがたいんだけど、今日はテリマヨハンバーガーにしよう。
トマトを輪切りにして、きゅうりのピクルスをスライスして、レタスは水気をしっかりキッチンペーパーなどで吸い取る。
ハンバーグを作った時に作ったハンバーグを焼く。焼いたフライパンに砂糖、醤油、味醂、辛子を入れて煮詰める。
焼いたパンを横に半分に切って、レタス、ハンバーグ、目玉焼き、ソースを重ねていく。トマト、ピクルスも乗せてその上にパンを乗せて完成。
かぶりつくのが大変で、噛むと挟んでいる具材が下側から落ちてしまった。
二人で食べ終わって流しで手を洗って、口の周りも洗った。
味はちょっと甘かった。甘みを押さえるには砂糖は使わず、片栗粉でとろみを付けるべきかもしれないと考えた。
榛原さんは2個平らげた。
なにかが起こる前に終わらせてしまう寿羽のお祖父様・・・。
物語が動きません!!くぅっ!!
明日 22:10 UPです。