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16 再出発6 寿羽 真川 榛原さんとの婚約

 お祖父様からのお土産があまりにも多かったので管理人さんにお菓子の詰め合わせを「貰い物ですが休憩中に召し上がってください」と渡した。

 凄く喜んでいただいたので私も嬉しくなった。



 初出勤の日にも課内のみんなに当たるようにお菓子を持っていく。

 同じ種類は無理だけど、好きな物を選んで食べられるだろう。

 新年の挨拶をして、仕事が始まると正月気分は抜けていき、あっさりと日常が戻った。 

 


 忘年会より参加者が少ない新年会が第2週金曜日に行われて、翌日の休日はスーパーで買い物をしたり、ご飯の用意を一緒にしたりして二人の時間をまったり過ごした。


 翌日は二人で苺狩りに出かけてお土産をたくさん買って、お祖父様のところにも届けた。

 苺で焼き肉をご馳走になった上に大量の土産物も貰ってしまった。




 週が明けた月曜日に「家城さんにお客様です」と受付から連絡が来た。

 誰だろうと思いながら階下に降りるとそこには真川が立っていた。


「真川さん・・・」

「他人行儀なんだな」

「他人ですからね」

 受付から一番遠いところのソファーに対面で腰を下ろす。


「ここで働いているってよく解りましたね。何か用ですか?」

「電話が繋がらなくなったから会いに来たんだ」

「その時点で連絡を取りたくないと理解してもらえませんか?」

「理解しているけど、ここで連絡を絶ったら縁が切れてしまうだろう?」


「離婚した時点で縁は切れていますよ。真川の小父様からも私に関わるなと言われてませんか?」

「言われたよ」

「だったら関わらないで欲しいのですが・・・」

「寿羽を愛しているんだ」


 私はため息しか出ない。

「お気持ちは嬉しいのですが、他に愛している人ができました。真川さんの気持ちは迷惑です。申し訳ありませんが、仕事の途中なのでこれで失礼いたします」

「寿羽!」

 頭を少し下げて真川の前から逃げるようにエレベーターに乗り込んだ。


 6階でエレベーターを降りてトイレに行く。

 お祖父様に電話して、会社に真川がやってきたことを伝える。迷惑だと言うとお祖父様は「解った」と言って電話が切られた。

 

 榛原さんにもメッセージで、真川が会社に来たこととお祖父様に連絡を入れたことを伝えた。

 席に戻って仕事を再開させたけれど、どこか上の空になって、定時までに仕事を仕上げられなかった。

 人が少なくなった課内でなんとか仕事を終わらせられたのは定時から1時間も経ってからだった。


 帰り支度をしていると榛原さんからメッセージが来て地下に降りてくるように言われて、地下駐車場へと降りる。

 榛原さんのヴェル◯ァイアが停まっていた。

 近づくとやっぱり榛原さんで、助手席の扉を開けて乗り込む。

 シートを倒して転がっていろと言われて、シートを倒す。

 

「お迎えなんかしてもらっていいんですか?」

「真川が外で待ち構えている」

「本当ですか?!信じられない・・・こんな粘着質な人ではなかったのに」

「ついでに食事にでも行くか?」

「はい」


 連れて行かれたのは榛原さんが選ぶには珍しくレストランで、個室に案内される。

「俺には似合わないが今日だけちょっと格好付けさせてほしいんだ」

「似合わないなんてことありませんよ」

 コース料理を頼んで最後の珈琲が出された後、机の上に榛原さんが手の平を上に向けて置いた。


「寿羽が真川に心を(かたむ)けることはないって理解はしているんだが、真川が現れると心穏やかではいられない。俺を安心させるために婚約してくれないか?」


 榛原さんの手の上に手を重ねて「喜んでお受けします」と答えた。

 榛原さんは満面の笑顔を浮かべて「ありがとう」と言った。


 榛原さんの行動力には驚いてしまう。

 食事の後直ぐ宝石店に連れて行かれて婚約指輪を選ぶことになった。

「俺が選んで渡すことも考えたんだが、好みもあるだろうし寿羽が選んだほうがいいだろう?」


 榛原さんがジュエリー販売員に多分金額を伝えているのだろう。値札が外された婚約指輪が目の前に並べられる。

 どれも石が大きくて驚く。

 石が大きいからっていいものとは限らないけど、目の前に並べられているのは目が眩みそうなほど美しかった。


 その中で一番目を引いたのはプラチナ台に一粒の立て爪で小粒のダイヤが両サイドに5つずつ埋め込まれているものだった。

 私はそれを指さす。

 ジュエリー販売員さんに手渡され左の薬指にはめるとぴったりだった。


「それが気に入ったのか?」

「はい。これがいいです」

「刻印はされますか?」

 榛原さんがコソコソと文字を書いた紙を渡すと、暫く待つように言われて珈琲が出される。

 その間に榛原さんが支払いを済ませる。


「展開が早くて心臓がバクバクいってます」

「俺もだ」

 (わず)かな待ち時間で婚約指輪が目の前に置かれた。

 榛原さんが刻印を確認して1つ頷く。

 箱の中に収められ、ラッピングされて榛原さんに手渡される。


 販売員さんに見送られて店を出る。

 ヴェルファ◯アに乗り込んで一旦各々の部屋に帰る。

 着替えだけにしては少し長い時間が経って、榛原さんが私の部屋へと帰ってきた。

 手には婚約指輪の紙袋を持って。


 ソファーに誘われ、並んで座る。

 婚約指輪のラッピングが解かれ、榛原さんの手で私の左手の薬指に嵌められた。

 しばらく眺めてうっとりと楽しむ。自然と頬が緩んでしまう。そして現実に戻る。


「会社にはどう伝えるんですか?」

「見せびらかしたいところだが、暫くは会社では外していて欲しい」

「私もその方がいいと思います」


「家城のお祖父さんにも婚約の報告をした」

「えっ?電話番号、知っていたんですか?」

「谷中さんと名刺交換した」

「ああ」

「焦ったか?と言われて笑われた」

「お祖父様・・・」


「許しは貰った」

「よかった・・・なにか条件をつけられましたか?無理を言われませんでしたか?」

「仕事を変わることになる」

「そんな・・・私、お祖父様と話します!」

「いや、いいんだ。仕事の内容も悪くないし、俺は満足している。ただ寿羽も仕事をやめなければならなくなる」


「屋敷に戻らなければならないんですね?」

「一緒にな」

「えっ?」

「俺も家城の屋敷に住むことになる」

「もしかして婿養子ですか?」

「そうなる」

「ごめんなさい・・・」


「いや、正月に会ったときから結婚するなら婿養子だと言われていたので覚悟はしていた」

「いつの間にそんな話を・・・」

「それを踏まえた上で婚約を申し込んだ」

「本当に私でいいんですか?」

「ああ。かまわない。寿羽こそ屋敷に戻るのはいいのか?」


「お祖父様と養子縁組した時に覚悟はしました。少し早いか遅いかだけの問題です」

「仕事の話に戻るが、早ければ今月いっぱいで辞めることになる。社長の判断次第では来月」

「急ですね・・・」


「私はいつですか?」

「できれば同時期に・・・」

「社長に合わせる顔がありませんね」

「そうだな・・・。ただまぁ、お祖父さんが手を回してくれるらしい」


「お祖父様の望みなのでしっかり動いてもらいましょう。でも私はお祖父様のところに行って何の仕事をするんでしょうね?なんだかんだ言っても私、高卒なんですけど」

「傍に置くとは言ってらしたが・・・」

「うわぁぁ・・・秘書みたいなことさせられそうですね」

「いや、秘書は俺がなることになっている」


「そ、そうなんですか?」

「谷中さんの下と言われた」

「・・・秘書ですね」

「まぁ、仕事を覚えろってことだと思う。お祖父さんには長生きしてもらわなければな」

「本当ですね」



 いつもは一緒に入るお風呂に、先に入ってもらってお祖父様に電話する。


「もしもし?」

『寿羽。電話が掛かってくると思ってたぞ』

「お見通しですね」

『苦情は聞かんぞ』

「言いませんよ。婚約を認めてくださってありがとうございます」


『受け入れなかったら寿羽が帰ってこなくなるからな』

「お祖父様の思い通りですか?」

『違うな。儂が思い描いていたのは離婚と同時に儂の元に帰ってくることだった』

「さすがにそれはないですよ」

『まぁ、そうだろうな。寿羽が優秀な男を連れて帰ってくるんだ。儂にとっては大団円だ。寿羽の会社の社長、藤野瀬だったか?すでに話はついた』


「さっきの今ですよね?やること早いですね・・・」

『出勤は2月20日まで。2月中に二人で帰ってこい』

「解りました。電化製品なんかはどうしましょうか?」

『そのまま残しておけ。必要なものだけでいい』

「はい」

『屋敷に帰ってきたらお父様だ』

「そうですね」


『結婚は早いほうがいいか?』

「それは久哉さんに聞いて下さい」

『寿羽の気持ちを聞いている』

「私は久哉さんが望むままに」

『そうか。忙しくなるの』

「お祖父様もあまり無理はしないでくださいね」

『解っとる』



 お風呂場をちょっと覗いて婚約指輪を外して刻印をみた。

 日本語で『あいしてる H』と刻印されていて、私は幸せを噛み締めて婚約指輪に口づけた。



 真川が会社まで訪ねてきたことはとても嫌な気分になったけれど、榛原さんとこの指輪のお陰でとても嬉しい一日になった。

 いそいそとお風呂に入っていくと榛原さんの手が伸びてきて、頭から爪先まで綺麗に洗ってくれた。

 二人でゆっくりとお湯に浸かって「本当に幸せ」だと榛原さんに伝える。

 小さなキスを何度か繰り返して、お風呂場からベッドへと直行した。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 探偵の報告書で寿羽が本当に男と付き合っていることが判明した。

 俺を遠ざけるためだけの言葉ではなかったんだ。

 許せない。そんなことを思う資格などないことは理解している。

 だが、やっぱり許せない。寿羽は俺のものだ。


 寿羽もこの、榛原という男も。

 離婚して1ヶ月ちょっとなのに既に半同棲状態ってどういうことなんだ?!

 付き合っている時、俺には同棲なんていう中途半端な関係にはなれないと断ったくせに!!

 もしかして俺が知らなかっただけで、離婚する前から関係があったのか?!

 それについても調べさせたが、二人の関係は出てこなかった。


 繋がりはあった。

 結婚前に勤めていた会社の上司だった。

 だけどただそれだけの関係。

 離婚に際して職場復帰の手伝いと、住む部屋の紹介をしたようだった。

 寿羽が住んでいるマンションの持ち主は榛原の兄で、今はもう家城の爺が買い取って寿羽にプレゼントしている。


 相変わらず家城の爺は寿羽に甘い。

 俺達の結婚では家城からの手助けは殆どなかった。

 仕事関係でのバックアップはあったようだが、俺には何もなかった。

 寿羽は俺には言わなかっただけで色々と享受していたのだろうか?

 それも気になったので調べられるなら調べてくれと俺と結婚している間の寿羽の金の動きを調べてもらうことにした。



 正月に家城の爺と榛原は顔合わせを済ませていた。

 榛原は爺に気に入られたようで一緒に食事にまで出かけている。

 一見様お断りの店だったようで店内には入れなかったと報告書を読み、舌打ちをしてしまった。

 

「爺は寿羽を守ることには抜かりがないな」

 報告書を読み進めると会社の新年会に一緒に出かけていたり、スーパーの買い物を一緒にしたり、苺狩りに出かけたりと楽しんで生活しているのが伺えた。

 添付された寿羽の写真はどれも弾けるような笑顔を浮かべている。

 俺との生活ではここ最近見ることがなかった弾けるような笑顔。


 寿羽と榛原は仕事場でも一緒、私生活でも一緒で俺には到底そんなマネはできない。

 寿羽が一人になるのは往復の通勤位しかなく、それも時によっては榛原と一緒のことがあると書かれていた。


 この男と同じようにしていれば俺と寿羽は離婚せずに済んだのかと考え、今更考えても仕方がないことだと自分に言い聞かせた。

 これから未来のことを考えるんだ。

 寿羽を取り戻すことを。



 電話が繋がらなくなったからという理由で寿羽の会社に訪ねていくと、寿羽は本当に迷惑そうな顔をして俺を「真川さん」と呼んだ。

 付き合い始めの頃にそう呼ばれていたことを思い出す。

 懐かしさを感じるのではなく腹立たしさを感じる。


「愛してる」と告げても何を言っても一貫して迷惑だという態度は変わらず、最後は話を勝手に切り上げられて目の前から居なくなってしまった。



 仕事終わりにもう一度話をしようと思って会社の出入り口が見えるところに立って寿羽が出てくるのを待っていた。

 残業なのか、定時で出てくる集団が居なくなり出入りする人が一気に減る。

 なかなか出てこない寿羽に少し苛立つ。

 榛原はもう出ていったのか?写真を見ただけでは見つけられなかった。

 結婚式にも出席していたと報告されていたが俺の記憶の中を探っても思い出せなかった。



 20時が過ぎ21時が過ぎた頃、建物全体の明かりが落ちて、寿羽を見落としたのだと気がついた。

 寿羽を見落とすなんてありえないと思ったが、見つけられなかったのは事実で肩を落としてトボトボと駅へと歩いた。

 鞄の中にある買ったばかりの包丁が重みを増した気がした。



 後日送られてきた報告書に俺が寿羽を待っていたあの日、二人が婚約指輪を買っていたと書かれていた。

 その婚約指輪の金額は俺が寿羽に買ったものよりも遥かに高額なものだった。

 一介(いっかい)のサラリーマンが俺が買ったものよりいいものが買えるってどういうことなんだよ!!

 何もかも俺より上だというのか?!

 寿羽の扱いも、寿羽から受け取る愛も俺より上だと見せつけているのか?!


 榛原が憎くて仕方なかった。

 鞄の中から包丁を取り出し()を握りしめて刃を眺めた。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



     女将との約束の河豚(ふぐ) 


 1月某日。お祖父様と約束の花柳へ向かう。

 榛原さんはお兄さんの仕事の手伝いで今日はいなくて、お祖父様と二人で向かう。

 レ◯サスLMの後ろには大量のお土産が入っていると聞かされ、正月分もまだ食べ終わっていないんだけど・・・と思ってしまった。

「ありがとうございます」

 笑顔でお礼を言って、花柳に着く。


 いつもの座敷に案内されてお祖父様と向かい合う。

 蟹づくしの美しい料理を頂いて河豚の刺し身と鍋が出た。

 もう食べられないというほどお料理を堪能してお祖父様には珈琲が出され、私には紅茶が出された。


「で、婚約してどうだ?」

「LOVE LOVEですよ」

「そうか。仕事を辞めさせることになって悪いとは思っている」

「本当です。もっと仕事を頑張りたかったです」


 お祖父様は苦いものを噛んだような顔をして「すまんの」と言う。

 私は笑って「すいません。ちょっと言ってみただけです。仕事を辞めなければならないのは理解していましたよ」と伝える。


 お祖父様は谷中さんと一緒に帰って私はセン◯ュリーで家まで送ってもらった。

 榛原さんの分もお弁当のお土産を持たせてくれた。




 お兄さんのところから帰ってきた榛原さんと一緒に晩御飯にお吸い物を簡単に作ってお弁当という名の重箱の蓋を開ける。

 ご飯は入っていなくて少しずつ多種多様なおかずが入っていた。

 二人でつまみながら一緒にいなかった時間を埋めていく。

 榛原さんは花柳の味を気に入ったようで「今度二人で行こうか?」と言うので「楽しみです」と笑顔で答えた。

 ただ「一回で一人二万円以上が飛びますよ」と伝えると「特別な日に行けたらいいな」とトーンダウンしてしまった。

明日 22:10 UPです。

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