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14 再出発4 真川 寿羽 執着と二人の幸せの始まり

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 寿羽に電話を掛けると毎回一言二言答えて切られてしまう。

 メッセージを送るとすべて無視される。既読すらつかない。


 親父に離婚したことを告げると一つ大きく息を吐きだし「知っている」と言われた。

 親父がなんで知っているのかと不思議に思っていると、家城の爺様から電話があったそうだ。

 親父と家城の爺様の間でどんな取り決めをしたのかは知らないが、家城の爺様は激怒していることだろう。


 離婚の際に寿羽に3つの銀行の貯金をすべて持っていかれたことも伝える。俺が使い込んだと思われると困ったことになるからだ。

 部屋から追い出される間際に「寿羽さんにもう関わるなよ」と釘を刺されたが、それは聞けない忠告だった。


 離婚を口にされてから俺は腑抜けになっている。そして離婚受理書を見て俺は何かが壊れた。

 寝ても覚めても寿羽のことを考えている。

 今住んでいるマンションには想い出が多すぎて、小さなワンルームに引っ越そうかと考えるくらい、一人であの部屋にいることが辛い。


 コンビニ弁当を食べ終わると空っぽの寿羽の仕事部屋で何時間も一人で過ごす。

 今は寿羽の仕事部屋にマットレスを持ち込んで寝起きをしている。

 寿羽の気配が日毎薄れていくのが悲しい。

 壁紙の小さな汚れを見つけては寿羽が何をこぼしたのだろうかと考える。


 寿羽が今どうしているのか、どこに住んでいるのか調べるために探偵を雇おうかとも思った。

 だが住まいを知ってしまったら拒絶されても毎日通い詰めることになるのは目に見えていて、それこそストーカーになってしまう恐怖から調べることはできなかった。

 寿羽からしたら今でも十分ストーカーだと思われているだろう。


 調べなくても解ることが一つ。働くならきっと前の会社だ。

 縁はまだ切れていない。

 電話にも出てくれる。

 大丈夫だ。


 緒形に「馬鹿だな」と言われてやけ酒に付き合ってもらった。

 手を出してほしそうに体を擦り付けてくる女が何人かいたが、手を出す気にはなれなかった。

 離婚してからのほうが寿羽に操を立てているみたいだと苦笑する。

 緒方は愚痴は聞いてくれるが、寿羽の擁護者だ。

 俺が悪いと(いさ)めてくれる。

 前を向けと言われるがもう前がどこかも解らない。

 ただ寿羽を取り戻したかった。



 妻に見限られた男は本当に(みじ)めだ。

 毎日コンビニ弁当を食べ、暮らす家は薄汚れていく。

 大切に食べていた寿羽が作ったおかずも無くなってしまった。

 寿羽の枕を抱きしめて眠る夜の長い事。

 本当に惨めだと思った。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 スマホの鳴る音で目が覚めると榛原さんが私を見ていた。

「おはよう」

「おはようございます」

 少し気恥ずかしいような、嬉しいような気持ちになる。

「遅刻するわけに行かないから起きよう。シャワー浴びたいだろう?」

「はい」


「二度寝するなよ。俺も部屋に帰って出勤の準備をする。遅刻するな」

「はぁーい」

 触れるだけのキスがふたつ落ちてきて榛原さんに引っ張られて起こされた。

 今度こそ本当に榛原さんは帰ってしまって名残惜(なごりお)しく思いながらも部屋の鍵を締めて、シャワーを浴びた。

 そこかしこに残るSEXの痕跡を見て嬉しさと恥ずかしさが入り交じる。

 冷たい水を少し浴びて火照った気持ちと体を引き締める。

 風邪をひかないように髪は丁寧に乾かす。



 時間に余裕があったから朝食をしっかり取る。

 今朝はTKG!そう、卵かけご飯!

 残り物のご飯だからレンジで温めて熱々にする。

 納豆、めかぶ、卵を割り入れて醤油と八方出汁を半々(目分量)で入れ、かき混ぜて食べるだけ。


 卵かけご飯は時々無性に食べたくてたまらなくなる一品。

 昔は卵だけのTKGを食べていたけど、最初に納豆を入れたら次から次へとネバネバ系を入れていくようになってしまった。

 キムチなんかも入れてみたいんだけど、キムチは買うと一人では食べ切れないので諦めている。

 冷凍したら日持ちするかな?とは思っているんだけど、解凍した後水臭くなるんじゃないかと思って購入には至っていない。

 TKGには山芋やオクラなんかも凄く美味しい。

 


 出勤時間が重なるかなと思いながら出勤の準備をして出勤時間になったので部屋を出た。

 残念。榛原さんとは会えなくていつもより少しゆっくり歩く。

 昨夜は榛原さんの荒々しさにただ翻弄された。

 少し体がだるい。

 会社でのクールさなんてベッドの中にはどこにもなかった。



「家城」

 背後から声を掛けられ慌てて振り返る。

「榛原さん。おはようございます」

「ああ。おはよう。ゆっくり歩いているな。体調悪いか?」

「大丈夫です。少しだるいだけです」

「すまん・・・」

 

 大型犬が足の間に尻尾を隠して耳が折れ曲がっている姿に見えてしまう。

 可愛くてクスリと笑う。

「本当に大丈夫ですよ」

 にっこり笑ってみせる。

「次を楽しみにしていますね」

 私がそう言った瞬間、榛原さんが真っ赤になった。


「からかうな」

「からかってません。本気です」

「もう解ったから」

「今日も仕事頑張りましょう」

「そうだな」


 ()はその日の夜だった。





 初めての2人の休日。念願のヴェルファイ◯でドライブデートをした。

 少し順番は違うけれど初めて手つなぎデートをして、妙にテンションが上がってしまった。

 初めての遠出で行き当たりばったりに宿を取った。

 湖で船に乗ったり美味しいものを食べたりして、付き合い始めのぎこちなさが消えた。


 プライベートでは寿羽(ひさね)と呼ばれるようになり、私も久哉さんと呼ぶようになった。

 榛原さんは元々何も遠慮せずに話していたけれど、プライベートでは私が榛原さんに遠慮しなくなった。

 二人の関係は少しずつ深くなっていく。



 特に大きな問題は無く毎日が過ぎていく。

 それでも小さな問題はある。

 真川(さながわ)からのメッセージや電話が切れることがない。

 一度榛原さんと一緒にいる時に真川から電話があり、榛原さんの機嫌が氷点下にまで下がった。


 榛原さんの前でも「電話してこないで、メッセージも送ってこないで」と伝えているのに、連絡は途切れない。

 今日はついに「好きな人ができたから連絡してこないで」と伝えると電話を切っても何度も電話をかけてきた。

 着拒すると違う番号から電話が掛かってくる始末。


 榛原さんと相談して電話番号を新しいものにすることにした。

 ただ連絡が取れなくなったら何をしてくるか解らなくて少し怖いと正直な気持ちを伝えた。

「そんなに粘着質な男なのか?」

「いえ、違うと思っていたんですが、家の繋がりもあるので、正直何を思って未だに連絡してくるのか理解出来ないんです」

「単に寿羽を愛しているだけなんじゃ?」


「それはないと思うんですけど・・・結婚してから大切に扱われたことなかったですし、元々愛していないと言われてますし」

「無くしてから気がつくこともあるからな」

「そういうものですか?」

「そういうものだと思うぞ」


 クリスマスイブの二日前、仕事の帰りが一緒になったので携帯ショップをのぞく。

 スマホの解約をして新しい番号で契約し直す。

 スマホも新しい物に買い替えた。


 一緒に家に帰り、二人で一緒に晩ごはんを作って楽しくご飯を食べる。

 片付けが終わると一緒にスマホの設定をしていく。

 前のスマホから移し替えたからアプリの場所の移動だけで済む。

 メールのアドレスを設定して新しい連絡先を目の前にいる榛原さんに送る。



 榛原さんがいる前でお祖父様に電話を掛ける。

「もしもし?お祖父様?」

『おぉ。誰かと思った。寿羽か!正月帰ってこられるか?』

「その予定はありませんが」

『あれがいなくなったからな。正月に顔を出せ!』

「でもお忙しいでしょう?」


『3日に遊びに来い』

「解りました」

『3日朝9時に南を迎えに行かせる』

「解りました。それで連絡先が変わったので連絡しました」

『なんだ?』


「真川から掛かってくる電話が面倒で」

『なんだ。くだらん男だ』

「お祖父様の目も曇りましたね」

『・・・そういうこともたまにはある』

「今度は自分で選びました」

『なんだと?いい男か?』


「どうでしょう?南さんと谷中さんに新しい連絡先伝えておきますね」

『解った。3日が楽しみだ』

「はい。楽しみです。おやすみなさい」

『男に言っとけ!粗末に扱ったら全力で潰すと』

「伝えます」

 


「聞こえてました?」

 榛原さんが苦笑する。

「肝に銘じておくよ」

「きっと今頃、久哉さんの身辺調査の指示を出していますよ」

 榛原さんは笑って肩をすくめた。


 一緒にシャワーを浴びてその流れでベッドに入る。

 一緒に目覚めて朝食も一緒に作って食べてから榛原さんは自分の部屋へと帰っていく。

 出勤は偶然に重ならない限り一緒には行かない。

 帰りもよほどのことがない限りは一緒には帰らない。

 2人の今の時間が心地良いので、噂なんかで邪魔されたくない。



 クリスマスイブとクリスマスは普段と違うことはしなかった。付き合い始めて間もなかったし、私がまだ離婚して間もないことも気になったから。

 家でいつもよりちょっと豪華な食事をして3,000円と決めてプレゼント交換をした。


 私はマフラーをプレゼントして、榛原さんはフライパンと鍋を買ってくれた。

 榛原さんのプレゼントは予算オーバーだったけれど、1人用で使っていたフライパンや鍋では食事の用意に時間が掛かるからと買ってくれた。


 榛原さんと私は一緒にいる時間のほうが長くなった。

 初めてのSEXをした日から半同棲生活に突入してしている。

 嫌ではないのだけど、榛原さんの勢いに少し押され気味かもしれない。

 クールだと思っていた榛原さんはどこにもいなくてただ熱い人だった。

 ぽつりぽつりと榛原さんが話してくれたのは「鳶に油揚げ」だったそうだ。



「入社してきたときから好みだったんだ。だがまだ10代の子供で、もう少し育ってからと思っていたら何時の間にか恋人を作って結婚すると言い出して、挙げ句に生きがいみたいに仕事を頑張っていたのに、簡単に辞めると言われて接点が無くなってしまうし。ほんとにトンビに油揚げをさらわれて、逃した魚は大きかったと()()み思った」


 そんなふうに言われて顔を赤くした。私は私が思う以上に愛されているのかもしれないとちょっとだけ、本当にちょっとだけ自惚(うぬぼ)れた。

 真川に傷つけられた大事なものが癒される気がした。

 


 今年最後の仕事を終わらせてデスク周りを片付ける。

 1ヶ月丸々の給料を貰って3年間のブランクの大きさを知る。

 みんながボーナスを貰っている時、私一人なにもないのも寂しかった。仕方ないのだけど。

 夏のボーナスを楽しみにすることにして、自分を慰めた。


 給料日の翌日、榛原さんが食費だと言って6万円を渡された。

 多すぎるからと言って2万円を返そうとしたら折衷案だと言って5万円を受け取ることになった。



 嬉しいことに忘年会には課の全員で開催されるものと、昔から一緒に働いていてそれなりに仲が良かったけれど、結婚しちゃうと付き合いがなくなってしまった友人たちとの二つの忘年会に誘われた。


 前はお酒は飲まなかったのだけれど今回は飲んで見せると「大人になったんだね〜」と頭を撫でられた。

 根掘り葉掘りと離婚や結婚生活のことを聞かれて、なんとなく濁した。

「もう結婚はこりた?」

 そんなふうに聞かれた時、榛原さんの顔が浮かんでしまう。

 そして榛原さんとなら結婚も嫌じゃないと思ってしまった私は恋愛という(やまい)に侵された病人なのだろうか?




 引っ越ししてきたばかりなので大掃除をする必要もなく、いつもより丁寧な程度の掃除をした。

 榛原さんも家の掃除をするために自分の部屋に帰っている。

 することが無くなったので、スーパーに買い出しに行く。

 正月の準備をどうしようか考えて、そこは榛原さんと相談したほうがいいかなと思った。

 

 冷蔵庫に食材を詰め込んで買ってきた特濃の牛乳で抹茶ミルクプリンを作る。

 鍋に牛乳を入れてから砂糖とゼラチンを入れて火にかけてフツフツしたら火から下ろして三分の一程度をボウルに移して抹茶を入れて茶筅(ちゃせん)で抹茶を溶いて残りの液と合わせて器に移して冷やすだけ。

 抹茶が多いと沈殿するのは未だに解決策が見つかっていない。


 プリンといったら卵を使って蒸し固めるものだと思っていたのだけど、ゼラチンで固めたものもプリンと言うのだと知ったのはミルクプリンだった。抹茶を入れなければミルクプリンになる。

 砂糖の代わりに蜂蜜で作ったものが私は好き。



 1階のインターフォンが鳴って出ると宅配便だった。

 何も買った覚えがなかったので誰からか聞くとお祖父様からだった。

 待つこと数分で玄関のインターフォンが鳴って、モニターを確認してから玄関のドアを開けて荷物を受け取る。


 一つの箱には蟹と書かれていて、もう一つの箱にはおせちと書かれていた。

 おせちの箱を開けると重箱がドンと入っていて、箱との隙間を埋めるようにたくさんの高級菓子と高級ハムが入っていた。

 直ぐにお祖父様に電話をかける。


「もしもし?」

『おお寿羽か!荷物は届いたか?』

「はい。色々ありがとうございます」

『美世たちが作ったおせちだから美味いぞ』

「嬉しいです。美世さんたちにもお礼を伝えてください」

『ああ。解った。正月には肉を食いに行こう。連れてこれるなら榛原も連れてこい』


「今返答は出来ませんが、聞いてみます。お祖父様、私まだ離婚したてなので、結婚は出来ませんからね」

『法律とは面倒なものだな』

「そうですね」

『正月楽しみにしているぞ』

「はい。私も楽しみにしています」



 冷凍の蟹かと思ったら生きている特大の蟹が三杯も入っていた。

 今日は蟹鍋だ!


 買い物で鍋の用意をしていてよかった!!

 蟹がメインだからか他のものは口直し程度で白菜、豆腐、菊菜、えのき・・・くらいでいいかな。

 時計を見るとそろそろ榛原さんが帰って来る時間。

 蟹をさばくことにした。


 お腹の部分のふんどしを外す。甲羅とお腹の境目に包丁を入れてぱかりと引き剥がす。

 う〜〜!!蟹味噌たっぷり!!

 甲羅酒を作ろう!

 腹との境目の足の関節に包丁を入れて足を落としていく。


 落とした足の関節のところを逆さに折り曲げると綺麗に筋が取れる。爪も同じように落として、鍋に昆布を入れた水を小さな火にかける。爪とふんどしは鍋に入れる。カニエキスが少しでも出るからね。


 足は横ではなく縦に切り分けると食べやすい。

 足先のほうも鍋に入れてカニエキスを出す。

 足先は味噌汁に入れる人もいるよね。

 腹の黒っぽいがに(・・)は食べられないのでこれは捨てる。

 腹は縦に半分に切り分けて、足がついていた方を上にして置き縦に包丁を入れる。


 鍋から昆布を取り出して、この昆布は冷凍して取っておく。炊き込みご飯なんかのときに、刻んで入れて消費する。


 蟹の足の細いところも鍋に入れてカニエキスをしっかり取る。

 足の細いところに火が入ったら取り出して身をほじってボウルに入れてとっておく。

 炊きたての御飯を酢飯にしてほじった蟹の身を一緒に混ぜて蟹ちらしにする。これは明日の昼だね。

 今日は雑炊食べたいものね。



 身をほじった後の殻はもう一度鍋に戻して、やはりカニエキスをとる!!

 食卓に出す前に蟹の殻を引き上げることは忘れない。

明日 22:10 UPです。

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