13 再出発3 寿羽 祖母の葬式 愛を受け入れる
19日UP予定が今日になってしまい申し訳ありません。
「遺産?!あれに遺産などあるわけ無いだろう!!あれは1円の金すら持っておらん!年金だって貰ってもおらなんだ」
「まさか!そんな事ありえないでしょう?」
「遺産があると思うなら弁護士でも何でも雇うがいい!とにかく気分が悪い!佐知江の顔などみたくもないわ!塩をまけ!!達俊(たつとし)と歩美(あゆみ)も追い出せ!!二度と顔を見せるなっ!!」
「お祖父様!!僕たちも可愛い孫だろう?」
兄がお祖父様に言い寄る。
「始終金の無心に来るやつのどこが可愛いと思えるんだ?!」
「お祖父様酷いですわ!」
姉は嘘泣き丸出しでハンカチで目元を押さえている。きっとハンカチは綺麗なままだ。
この中で祖母が亡くなったことを悲しんでいる人はいるのだろうか?
「やかましいっ!!出ていけと言ってるだろうっ!!」
「お祖父様、あまり怒ると血圧が上がります。ちょっと落ち着いてください」
私は両親と兄姉に視線をやる。
この人たちに会うのは結婚式以来初めてだ。
「戸籍上の家族の皆様、お久しぶりですね。お祖父様の身体のことを考えていただけるのならお帰りください」
今はもう戸籍上も家族ではないけれど・・・。
父とだけは兄妹なので家族なのかもしれないが、気持ち的には家族ではない。
「なんて嫌な言い方をする子なんでしょう!そんなだから離婚されるのよ!!本当に惨めな子ね!」
姉も離婚しているだろうに。本当に馬鹿な母親だ。
「お母様、お祖父様の前で私を悪く言うのは止めたほうが良いのではないですか?お母様にとって私はお祖父様に薬を盛って、レイプしてまで欲しかった子なんでしょう?」
この場にいる誰もが息を呑んだ。
母はふるふると小刻みに震えて今にも倒れそうだ。
「私、なにか間違ったことを言いましたか?」
頬に手をやり小首をかしげてみせる。
兄姉は私の話が本当なのかと私と母を何度も見比べる。
兄姉は母から疎まれ、祖母から殺されそうになっている私をかばうでもなく、私を嫌がらせする方に回った。
お祖父様に怒られるので表立った嫌がらせはしなかったが、お祖父様の目がないところでは私を傷つけることには手を抜かなかった。
「旦那様。康介様がいらっしゃる間にこちらにサインをいただいたらどうでしょうか?」
お祖父様の秘書をしている谷中さんが書類をお祖父様に渡す。
受け取ったお祖父様はそのまま父にその書類を渡す。
「康介、この書類にサインしろ」
父は書類を読み進める毎に目を大きく開いていく。
「父さん、本気ですか?」
「書いてある通りだ」
「たった3,000万ぽっちで遺産放棄しろって言うんですか?」
「サインしないなら今までお前に渡してきた金を全額返せ。明細はすべて残っておる」
「父さん・・・」
「遺産放棄しないならしなくてもいい。高い税金払ってもすべてを寿羽に渡す!一円たりともお前に残さん!お前がこれにサインしないのなら、今住んでいる家を潰す!家から今直ぐ出ていけ!」
「そんなことを言わないでください。父さん!!」
「あんなことをした佐知江と暮らし続けた挙げ句に、10年前に寿羽に言ったことでお前にはほとほと呆れているんだ。それでも我が子可愛さに今まで目を瞑ってきたが、佐知江を再びこの家に入れたことは許さん!!」
父はお祖父様から一歩二歩と後退した。
「申し訳ありません・・・」
「もういい。3,000万と今住んでいる家が欲しいならサインしろ」
父にはお祖父様の怖さが身にしみているのか3,000万に目が眩んだのか、父は絶望したような顔になりつつ、谷中さんが差し出すペンを受け取った。
父はこの場にいる全員の視線を受けながら遺産放棄の書類にサインした。
母や兄姉が父に「サインしてはいけません」と叫んでいる。
「念の為、母印もお願いします」
谷中さんが朱肉を出した。
父は朱肉に親指を付けて、サインの下に押し付けた。
谷中さんが3,000万を父に見せてから紙袋に入れて渡す。
それから父たちは直ぐ帰っていき、祖母の葬式は本当に公民館で行われることになった。
父達が帰ってから一息ついて「喪服を持っていない」とお祖父様に言うと閉店間際にも関わらずデパートに電話するとデパートの人が飛んできて、屋敷の一室で喪服が並べられるのを見て本当に驚いた。
デパートの人達が帰ったのは23時を過ぎていたのだけどよかったのか心配になった。
デパートの人が屋敷に来るなんて初めての体験で感心してしまった。
最高級の真珠のネックレスとイヤリングのセットも買ってもらってしまった。
「現物を持ってきていないので明日朝8時に持参いたします」と言って嬉しそうに帰っていった。
パールのネックレスとイヤリングは想像より0が二つ多くて、私が持つアクセサリーの中で一番高価なものになった。本気で金庫が欲しい。
当初4日後と伝えていた葬儀が、通夜が行われないまま翌日の朝から葬式が行われることになった。
お祖父様は参列しなかった。
そして父たちも参列しなかった。連絡していないのでどこで葬儀が行われるか知らなかったというのが正しいのかもしれないけれど、屋敷に確認の電話もなかったので葬儀に参列する気もなかったのかもしれないい。
祖母の親族も参列しない小さな、本当に小さな葬式だった。
祖母の葬式が終わるとお祖父様に暇乞いをしたけれど花柳に行こうと誘われた。
「こんなに急に行くとご迷惑ですよ」
「時間もずれてるから大丈夫だ」
「今日はデパート行きませんからね」
「・・・ちょっとくらいはいいのではないか?」
ちらりと睨む。
「解っとる・・・」
とても不服そうな顔をしたお祖父様は不承不承うなずいた。
今回の花柳は流石に急すぎてコースではなく、私の好物だけをチョイスした料理が出された。
蟹は当然のことながら、鰈に車海老、ウツボの刺し身は初めて食べた。
1月にまた来ると女将さんにお祖父様が約束をして、そのときは河豚を出しますねと言われて女将と私が約束した。
花柳での食事の後、お祖父様を屋敷に送り届けてから南さんにマンションまで送ってもらった。
ソファーに寝転がって一息つく。
服を着替えて久しぶりに珈琲を飲む。
紅茶のほうが好きだけどたまに飲みたくなる。
お土産に持たされた大量のお菓子の詰め合わせの一つを開封して摘む。
一息ついて、手土産だと言って頂き物を整理していく。
貰って帰ってきた食材を冷蔵庫に詰めていく。
高級ハムにベーコン、果物の詰め合わせにドレシングセット、油にビールやウイスキーまであった。
大きな冷蔵庫を買っておいて本当によかった。
三井屋のハムを少し切って口に放り込む。
ちょっとぱさつくから実をいうとそれ程好きではない。
味は好きなんだけど。
手を動かしながら祖母の葬式を思う。
お祖父様が祖母の葬式に出ないほど関係をこじらせているのは解っていたけれど、私は本当には理解していなかった。
葬式に出ないなんてお祖父様は本当にお祖母を嫌ってしまっていたのね。
それでもお母様に会うまでは屋敷から送り出す気はあったみたいだった。
とどめは両親が刺したようなものだ。
葬儀が終わっても火葬場の空きはなく祖母の棺は葬儀社に2日間預けられ、祖母は一人で火葬場に行き、遺骨になって一人で帰ってくることになった。
帰ってきた祖母の遺骨はその日の内に祖母の実家に返されたと後日、南さんからのメールで知った。
榛原さんに電話をかけてもいいかメッセージで確認を取ると電話が掛かってきた。
「もしもし?」
「忙しいんじゃないのか?」
「それが色々ありまして、葬式も終わって自宅に帰ってます」
「・・・そうか」
「明日から出勤します」
「解った。仕事はたっぷりあるから心配するな」
「色々変更ばかりどうもすいません」
「気にするな」
さて、夕食の準備を準備をしよう。
何を作ろうかな?
お祖父様の家で和食だったし洋食が食べたい気がしてきた。何にしようかな。
冷蔵庫の中を覗きながら、グラタンが食べたくなった。
牛乳がないので買い物に出かける。
コンビニは近くにあるけど、私は少し遠くてもスーパー派。
ざっと見回してなんとなく納豆とめかぶに目が惹かれたので、牛乳と一緒に購入する。
ふと思い出したのだけど、あるシャンプーの製造会社では納豆を食べるとその日一日製造に携わることができないと聞いたことがある。
本当か嘘かは知らないけど。
日本酒を作る会社は本当に食べたら駄目らしい。
オクラや長芋は高かったので諦めた。
明日の朝食が楽しみ。
まずはホワイトソースから。今日は丁寧に作ろうっと。
フライパンにバターを溶かして小麦粉を入れて暫く炒める。
牛乳を少しずつ加えてひたすら混ぜ続ける。
少し柔らかいかな?と思うくらいまで牛乳を足したらブイヨンと塩胡椒で味を整える。
ホワイトソースにはブイヨンは入れないみたいだけど、私は味に物足りなさを感じてしまうので入れることにしている。
マカロニを茹でる。時々混ぜることは忘れない。
玉葱、人参を千切りにして、しめじの石づきを落とす。
鶏肉は一口サイズの半分くらいの大きさに切り分ける。
鶏肉を炒めて半分くらいまで火が通ったら、玉葱、人参を加える。しんなりしたらしめじを加えて塩胡椒で薄く味付けして茹で上がったマカロニも一緒にホワイトソースに合わせる。
耐熱容器に移してチーズを載せてオーブンで焼く。
サラダにブロッコリーのマヨ出汁を作る。
ブロコリーを好きな硬さに下茹でする。私は硬いくらいが好き。ブロッコリーを入れて沸騰したら取り出す。
ブロッコリーは水にさらしてはいけない。
水気をしっかり切る。手間でも一つ一つ手にとって振って水切りをしている。
器にマヨネーズと八方出汁を入れて混ぜ合わせて、ブロッコリーを入れてからめる。
あれば鰹節をふりかけて完成。
いいタイミングでインターフォンが鳴る。
モニターには榛原さんが映る。榛原さんはいつもタイミングがいい。
「晩御飯にグラタンを作ったんですけど食べます?」
「いいな。着替えてくる」
「鍵、開けときますから勝手に入ってきてくださいね」
「解った」
榛原さんの分のグラタンをオーブンに入れて焼く。
なにかもう一品と思って、トマトとアスパラガスの和物を作ることにする。
アスパラを茹でて、トマトはさいの目切りにする。
胡麻ドレッシングで和えて出来上がり。
それと、さっき作ったブロッコリーに三井屋のハムをさいの目切りに切って足した。
「入るぞ〜」
「どうぞ〜〜。お帰りなさい。お仕事お疲れ様でした」
「おっ?おお。ただいま」
「仕事、急に休んで申し訳ありませんでした」
「いや、葬式なら仕方ないさ」
「ありがとうございます。座っててください」
「ああ」
榛原さんがちょっと挙動不審なので聞いてみる。
「どうかしましたか?」
「いや、ちょっと・・・家城と結婚したらこんな感じかと思っただけだ」
「そ、そこで赤くならないでくださいよ!!」
榛原さんの目の前に熱々のグラタンを置く。
「ご飯いりますか?」
「後でお茶漬けもらえるか?」
「解りました」
私の分のグラタンを置いて席に着く。
「どうぞ召し上がれ」
「いただきます」
寒い日にはグラタンやシチューは嬉しいよね〜。
今度榛原さんと一緒に食事するときは茶碗蒸しを作ろう。
どれも榛原さんの口に合ったようで美味しいと言ってくれる。お世辞じゃないよね?
視線が絡むと少し恥ずかしく思うのは榛原さんのさっきの言葉のせいだろうか?
「兄貴と昨日会ったんだが・・・家城がこの部屋買ったって聞いた」
「私じゃないです。祖父が数年分の誕生日プレゼントだって言って買ってくれたんです」
「家城ってもしかしてお嬢様か?」
いつか私が聞いたようなことを榛原さんが聞いてくる。
答えは榛原さんとは違う。
「実はそうなんです」
「マジか?」
「はい。・・・家城で思いつくことはありませんか?」
「まさか家城グループ?」
「はい。色々事情があって私はどちらかと言うと庶民のつもりなんですけど」
「いつか色々を教えてくれるか?」
「・・・旦那様になったらですかね」
「元夫は知っているのか?」
「解りません。私は話していませんけど、祖父から聞いている可能性と調べて知っている可能性はあります」
「元夫にはなんで話さなかったんだ?」
「話そうと・・・思いかけた頃には心が離れはじめていたんです」
「そうか。まだ連絡あるのか?」
「毎日何某かの接触はしてきますよ」
榛原さんが大きく息を吐く。
「言いたいことがあるんだがタイミングが最悪すぎて言えない」
今度は私が息を呑む番になった。
「気が変わらない内に聞かせてくださいね」
「逃した魚は大きかったからな。今度は逃さない」
「反応に困るんですけど・・・」
「なんだかな・・・やっぱり言えばよかった。・・・30前のおっさんが何言ってるんだって気になってきた」
その口ぶりが妙に可愛くて思わず笑ってしまった。
ご飯をよそって梅干しと漬物を出して榛原さんが好きなちょっと濃い目の緑茶を出す。
本当に夫婦みたいだ。
榛原さんがそろそろ帰ると言って立ち上がったので私も立ち上がる。
榛原さんが一歩距離を詰めてきて私は榛原さんを見上げる。
視線が絡み合ってまた少し榛原さんが近づいてくる。
私もほんの少し体が榛原さんへと傾く。
触れ合うほどに近づいた榛原さんを私は拒絶しなかった。
そっと目を閉じる。
唇が触れ合ってすぐに離れる。
「酷いですよ。何も言わずにキスするなんて・・・」
声が震えた。
強い力で引き寄せられてまた唇が落ちてきた。
今度は触れ合うだけのキスではなく、深く唇が重なり舌が絡み合う。
唇が離れて、それが悲しい。
「好きだ」
「私も・・・好きです」
荒々しく唇が重なった。
榛原さんの背に腕を回して抱き寄せる。
息が切れるほど長いキスをして、チュッと音を立てる触れるだけのキスが何度も落ちてくる。
心臓が壊れそうなほどドキドキする。
「今日はもう帰る」
「はい・・・」
そう言ったのに、キスは止まらなくてまた深く重なる。
「いい大人が何してるんだか」
離れていった唇がもっと欲しくて「やめないで・・・」と思わず声が漏れた。
子どものように抱き上げられ寝室へと連れて行かれる。
ベッドの上にそっと降ろされる。
「嫌ならやめてって言うんだ」
私は腕を伸ばして榛原さんの首に手を回して引き寄せた。
榛原さん27歳
寿羽 24歳 設定です。
ご飯を作る度に榛原さんが居ますが、書かれていない日は一緒に食事していません。今のところは。
明日 22:10 UPです。
どうして祖母の葬式と榛原さんと結ばれる話が一緒になったのか、自分でも不思議でなりません。