10 離婚10 真川 寿羽 引っ越しと手続き
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ダラダラと仕事をして家に帰るのを引き伸ばす。早く帰れと上司に言われてしかたなく腰を上げる。
仕事から帰るとテーブルに置いた謝罪の言葉の下に寿羽の文字が書かれていた。
解っていたが、もう帰ってくるつもりがないことはこれではっきりしてしまった。
気のせいかもしれないが何かが無くなっていて、昨日までの家とは違う気がした。
寒々しい気がする。
冷蔵庫を開けると色々と入っていたものが無くなっている。
冷凍庫も野菜室からも無くなっている。
食器棚や流しの下なんかもスカスカになっている。
元からこうだったのかもしれないが、冷蔵庫だけは中身が減っていることだけは解った。
明日からは食事の用意をすることを考えなければならない。
寿羽はもう帰ってこない。だから食事の準備をしてくれる人はもういない。
冷凍庫からカレーの作り置きを取り出して温める。
炊飯器にご飯があるか確認してため息が漏れる。
引っ越しの準備に帰ってくるのではないか?
明日有給を取って寿羽を待ってみようか?
寿羽の仕事部屋を覗きに行くと段ボールが増えていてPCが無くなっていた。
体の奥深いところから何かが湧き上がってくる。
堪えられなくて声が漏れる。
「うわぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!なんでだ!どうしてだ!!許してくれよ寿羽!!」
膝をつき頭を抱える。
カレーを火にかけたままだと思い出してキッチンに戻る。
焦げ付いたカレーを食べて、せっかく寿羽が作ってくれたものなのに大切にするべきだったと後悔が押し寄せた。
お風呂に入って寿羽に電話をかけることを決めた。
感情的にならずに話すんだ。
寿羽が必要だと伝えたのにあっさりと電話が切られた。
もう一度かけ直したが電話に出てくれない。
メッセージを何通も送ったがこれにも返事がなかった。
また電話をかけると電話の電源が切られているとメッセージが流れた。
それからもいつ繋がるか解らなかったから何度も電話して、メッセージを送り続けた。
翌朝、仕事が始まる時間に目が覚めた。
「寝過ごした・・・」
会社に電話して今日は休むと伝える。
寿羽が来るだろうから急いで身支度をしなければならないことに気がついて、バタバタと用意した。
それ程待つこと無く玄関のドアに鍵が差し込まれる音がした。
寿羽に邪険にされながらやり直したいと何度も告げるが、もう寿羽は相手にもしてくれない。俺が軽く扱われている。
寿羽は家の中のいろんな物を箱に詰めていく。何を言っても適当にあしらわれる。
出ていく気持ちは変えられないのだろう。
押し入れから結婚写真が出てきて、それを捨てようとするので慌てて取り返した。
写真を撮ったときは大事なものでもなんでもなかった。必要ないと思っていた。
今はこの幸せそうに笑っている結婚写真が宝物に思えて仕方なかった。
昼飯を食べに行こうと誘うと「ラーメン」と言われてがっかりする。
もっと何かいいものをと告げると結婚してから「ラーメン屋にしか行ったことがないじゃない」と言われた。
俺はなんで結婚記念日や誕生日にちゃんとした食事に連れて行かなかったのかと後悔した。
思い出せば誕生日にも結婚記念日にも何一つプレゼントをしたことがなかった。
寿羽のスマホの画面を見せられた。俺からの不在着信とメッセージが並んでいる。
こんなに俺は電話してメッセージを送っていたのだと呆然とする。
こんなことをするのは俺じゃない。
美来にしたことが自分に返ってきていると思った。
寿羽が俺に言う言葉は俺が一度は誰かに口にした言葉だった。
その時俺はうざいとかみっともないとか思っていた。
寿羽はそこまで思わないかもしれないが、似たようなことは思っているだろう。
これ以上は追いかけてはいけない。寿羽に余計に嫌がられるだけだ。
一度別れてからもう一度やり直すんだと心に決めた。
そう心に決めたのに家の鍵をポストに入れておくと言われて脆くも崩れそうになった。
だがなんとか持ちこたえて、寿羽が家から出ていく時はみっともなく取りすがることだけはしなかった。
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ヴェル◯ァイアに乗り込んだ途端にため息が漏れた。
ハンドルに頭を乗せて深呼吸を繰り返す。不味いラーメンが戻ってきそうで上を向いた。
早くここから立ち去りたい。
エンジンを掛けて車を出した。
ふと、落ち着いたらこの車でドライブにでも連れて行ってくれないかなと思って、慌てて今のはナシ!!と首を振った。
近くの郵便局に行って郵便物の転居届を出す。
これで明日から私の家に郵便物が届く。
1階の玄関ポストの暗証番号を変更するように言われていたことを思い出して暗証番号を変更した。
管理人室に知らない人がいたので挨拶をする。
「田中です」と聞いていた名前で、安心してちょっとした雑談もした。
久しぶりにちゃんとした夕食を食べようと思ってご飯も炊く。
大根を3cmくらいの輪切りにして、十字に切り込みを入れる。鍋で顆粒昆布出汁で煮て、少量の塩と醤油でうっすら味をつける。
味噌を味醂と砂糖で煮汁で溶いて大根を器に盛って味噌をかける。
残った煮汁の味を整えてなめこを入れ、卵をとき入れて玉吸いにした。
キャベツと人参を刻んでコールスローにする。
塩をふってキャベツをしんなりさせて水気を絞る。
水煮缶のコーンを開けて少量をコールスローに、残りは明日の朝食用にコーンスープを作ることにした。
コールスローは普通はマヨネーズで和えるのかもしれないけれど、私は胡麻ドレッシングと八方出汁で和えるのが好きだ。
残っているコーンをミキサーにかけて牛乳で煮る。
コンソメを入れて塩胡椒で味を整える。
ザルでコーンの皮を取り除いて完成。
オーブンで食パンを乾燥させたクルトンを用意しておく。食べる時にパセリを散らしたら完成。
これは明日用だね。
今日の夕食に戻って、サラダは塩もみしたきゅうりとトマトの種を取ってキッチンペーパーで水分を取っる。トマトは角切りにして和えて刻んだ塩昆布を散らす。
鶏肉に塩胡椒をふってパリパリになるように焼く。
鶏肉を取り出して刻んだ玉葱を炒めて、サラダで使ったトマトの残り半分と種の部分を入れてコンソメとケチャップと塩胡椒と甜麺醤で味を整える。
鶏肉を一口大に切って、煮込んでいるトマトの中に戻す。
私の創作料理なので名前はなく鶏肉のトマト煮込み。
お皿に盛ったらパセリを散らす。
食事の用意が出来上がったところで電話が鳴る。
「もしもし?」
『今どこにいる?』
「家にいますよ」
『今からちょっと寄っていいか?』
「はい。大丈夫ですよ。食事しました?」
『いやまだだ』
「ちょうど食事の用意ができたので一緒に食べましょう」
『いいのか?』
「はい。待ってますね。どれくらいで来られます?」
『着替えたら行く』
「解りました。あっ!お箸とお茶碗持ってきてもらえます?」
電話の向こうで榛原さんが笑っているのが解る。
『コップはあるのか?』
「マグカップがあります」
「解った」
書類を片手にお茶碗とお箸を持って榛原さんが訪ねてきた。
お茶碗を受け取ってご飯をよそう。
「お口に合うか解りませんが遠慮せず食べてくださいね」
不揃いな食器におかずが盛られていてどこか笑いを誘う。
「食器、買ってやろうか?」
「引っ越しが終わったらあるから大丈夫です」
「ああ、すでに生活してるから引っ越しが終わった気がしてたよ」
「ですよね〜表面だけ見るとそんな風に感じますよね。中身はスカスカなんですけど」
榛原さんが手を合わせていただきますと言った。
一口ずつ口をつけていく。
「家城、料理上手だったんだな」
「意外でしょ?実は料理が趣味なんです。お口にあいましたか?」
「おう。うまいぞ」
「良かったです」
「今日この家の契約書とか持ってきてるからな」
「ありがとうございます」
「それと管理費は家賃に含まれているらしい。兄貴の口座から落ちてるから払う必要はないそうだ」
この部屋の家賃実質8万円・・・いいのかしら?
「いいんですか?」
「いいんじゃないか?」
「助かります。榛原さんが神様に見えます」
榛原さんがクツクツ笑う。
「社長が家城が戻ってくるのを楽しみにしているって言ってたぞ」
「本当ですか?良かった〜お前なんか要らないって言われたらどうしようかと思ってました」
「そんな事言わないさ」
「社長にご挨拶に伺いたいので都合のいい日を教えてもらいたいです」
「ああ。聞いとく」
「お願いします」
食事が終わってテーブルの上を片付ける。
目の前に書類が広げられる。
賃貸契約書に目を通していく。
何も問題がないのでサインする。
一部を私が受け取る。もう一部は榛原さんのお兄さんが持つことになる。
その他にお風呂や床下暖房なんかの説明書が添付されていた。
ゴミの出し方やこのマンションの規則などが書かれたものもあった。
Wi-Fiの暗証番号もあって驚く。
「ネット契約しなくていいんですか?」
「ああ。必要ない」
「すごいですねぇ・・・」
「管理費高いからな」
「2万ならそれほど高くないですよ」
「そうなのか?」
「はい。このかゆいところに手が届くこの書類の制作は榛原さんのお仕事ですね?」
「ああ。兄貴は大雑把だからな」
「ありがとうございます。お兄さんにご挨拶しなくてもいいのでしょうか?」
「まぁ、忙しい人だからな。機会があったらその時でいいよ」
「解りました」
「ビール飲みます?」
「いや。いい。これで帰るよ」
「そうですか?」
「まだ、他人の嫁さんだからな」
そう言われて急に榛原さんを意識してしまった。
榛原さんが出ていった扉を暫く眺めて、違う違う!気のせいだと自分に言い聞かせて、音を立てないようにそっと鍵をかけた。
夫からメッセージか電話のどちらかが掛かってくる以外は何事もなく一人の生活を堪能していた。
一人暮らしが楽しいと思っていられるのは隣に榛原さんがいるからだろうか?
引っ越しの朝、夫が家を出ていくのが7時半なのでそれ以降に家に着くように調整して向かった。
ヴェルファイ◯をお客さんスペースに駐めて、管理人さんに離婚するので今日荷物を運び出すことを伝える。
「残念ですね」と本気で残念に思っているように言われて、管理人さんとそれなりに付き合えていたのだと思えて嬉しかった。
家の中に入って忘れ物がないか再度見回す。
インターフォンが鳴って引越し業者がやって来た。
手際良く働く人を見るのは好きだ。
3人の男性が次から次へと荷物を運び出す。
大きな荷物が少ないので荷物はあっさりと運び終わる。
その間に私は掃除機を掛けていたけれど全部の掃除は出来なくて後から掃除機をかけることにした。
私の仕事部屋の荷物を運び出すと急いで◯ェルファイアで引越し業者の車を先導する。
引越し業者さんは広い部屋を見て一瞬口を開けてから何も言わずに作業に徹した。
すべての荷物が運び込まれ、料金を払い、珈琲代3,000円を渡した。
運び込まれた荷物はそのままに急いでヴェ◯ファイアに乗り込んで夫の家に戻る。
掃除機をかけていないところに掃除機をかける。
忘れ物がないかあらゆるところを開けて確認していく。
クローゼットにはマフラー、リビングには私のハンドクリームが残っていた。
これじゃぁ忘れ物はまだまだ出てきそうね。
『お世話になりました』
便箋に一言だけ書いて、結婚指輪と婚約指輪をその上に置く。
ありがちなシュチュエーションに笑いが漏れる。
まさか自分がこんなシーンを演じることになるとは思いもしなかった。
自分にけじめを付けるためにも、夫に希望を抱かせないためにもこの足で離婚届を出しに行こう。
{引っ越しが終わりました。
思い立ったので今から
離婚届を提出してきます。
下のポストには鍵を入れておきます}
夫にメッセージで送った。直ぐに既読が付いた。
夫の家の鍵をポストに入れて、ヴェル◯ァイアに乗り込んだところで、夫から電話が掛かってくる。
『離婚届は月末って言ってたじゃないか?!』
「月末までって言ったの。なんとなく今日出すべきだって思っちゃって」
『思っちゃってって・・・』
「ごめんなさい。今までお世話になりました」
『寿羽!!』
「お仕事の邪魔でしょう?元気でね」
電話を強制的に切った。
暫く着拒しようかとも思ったけど、連絡がつかなくなったら何をするか解らないし、一日一度くらいの連絡なら無視する方がいいと思って止めた。
区役所へ行って離婚届を出して転居届をもらう。
離婚受理証明書をスマホで撮影して元夫に送った。
嫌がらせのつもりはないんだけど、これで離婚した実感が湧くかな?
新しい家の区役所に向かい、転居届を出す。
本籍の変更とマイナンバーカードの氏名変更もしてもらう。
運転免許の変更のために住民票を貰うのも忘れない。
国民保険と国民年金に一時期でも入らなくてはならなくて、ちょっと面倒だと思ってしまった。
警察にも立ち寄り、直ぐに氏名、住所、本籍の変更届を出した。
運転免許さえ変更していたら色々楽だからね。
銀行にも立ち寄って免許書を提示して住所氏名の変更届をした。
運転免許証、後3年はこの汚れた物を使わなくちゃいけないのよね。ちょっとやだなぁ〜。
マイナンバーカードに至っては後何年このままなんだろう?
取り敢えず急いで帰って荷物を開封しなくっちゃ。
帰り道に携帯ショップがあったので立ち寄って名字、住所、支払いの変更届を免許書を見せて手続きを終えた。
携帯は引き落としがあるからね。急いで手続きしておかないと。
明日 22:10 UPです。