1ー7
僕の顔を下から覗き込んでくる。わざと面白い顔を作って笑わそうとしていた。顔を伏せ、じっと黙っていた。
「これならどうだっ! ほれほれぇ」
今度は、僕の脇をコチョコチョとくすぐってきた。最初は我慢していたが、すぐに限界を超え、堪え切れなくなり思わず笑ってしまった。
「やめ…て……アハハ、ハハ」
「ほれほれ~」
「ヒヒヒヒ、ほんっ…と……アヒャヒャ!」
「ねぇねぇ、なにしてるのぉ。わたしもいれてぇ」
さっきまで絵本を読んでいた大きな眼鏡をかけた女の子が、僕たちの側に近づいてきた。
「ジャンケンでまけたひとが、くすぐられるゲームしてるの。アナタもやる?」
「うん!」
しばらく三人でジャンケンをし、このゲームを楽しんだ。霊華は楽しそうに笑い、僕も自然と笑顔になっていた。久しぶりに自分の笑い声を聞いた。
そんな僕たち三人の間に体をねじ込ませてくる人間。ソイツは鼻息が荒く、その鼻から鼻水を垂らしていた。
「オレもやりたい。いいだろ、ナオト。なっ!」
いつも僕を虐めていた男の子だ。僕の笑っていた顔が、一瞬で凍りつく。それを見ていた霊華は、その男の子の前で仁王立ちになった。
「いいよ。でもやくそくしてね、ずるはしないって。もし、ずるしたらアナタをぶんなぐるよ。あとね、これもやくそくして。ナオちゃんをもういじめないって。いじめたらアナタがなくまでぶんなぐるからねっ! いい?」
園内で一番背の高い霊華が、その拳を天に突き上げるポーズをする。するとさっきまで威勢の良かった男の子も急に小声になり、壊れたオモチャのように何度も首を上下させた。
霊華が入園したその日から、僕の見る世界は変わった。
僕の側にはいつも霊華がいて、彼女がいると緊張せずに周りの男の子や女の子と楽しく話すことが出来た。
そして、一週間もするともう誰も僕を虐めなくなっていた。
「……頼む。マスクを…してくれ…。お願いだから」
初めてした土下座。カッコ悪いとかそんな感情は微塵もなかった。ただこの友達を失いたくなかった。
母さんが死んだ時と同じ恐怖が僕を襲っていた。
「今に分かるよ。これが、」
もう、大切な人を失うのは嫌なんだ。
まだ何か喋っている。でも僕の耳には何も聞こえなかった。自分のマスクを取り外し、走った。




