<閑話>スミスの説明2:第4回活動報告
※ここでは、本章で登場した用語についての解説をしています。本文の内容には関係が無いため、必要がない人は読み飛ばして、次に進んでください。
第4回活動報告において、ディーンは節税を目的として不動産を購入していました。
不動産は、節税目的で利用されるケースが多く、その典型例が相続です。相続税を減らすために不動産を使って節税します。日本において、よく目にするのが、タワーマンションを使った節税でしょう。
タワーマンションを使った節税については、過度な節税を予防するために何度か税制改正が行われています。政府は、相続税評価額と実勢価格との乖離を、税制改正によって解消しようと考えているようですが、なかなか上手く事は運びません。
政府のやりたいことは分かるのですが、方向性が間違っているのではないか?と個人的には思っています。ここでは、その理由について、説明します。
なお、以下の説明は、掲載している本文に比べて長く、内容がそれなりに専門的です。
以下は、本当に興味がある人だけ、読んでください。
いまいち興味がない人は、読み飛ばして下さい。
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1.不動産の相続税評価は都会の方が有利!
まず、一般論として、不動産の相続税評価額は、都会の方が有利で、地方の方が不利です。
タワーマンションの節税において、相続税評価額が実勢価格と乖離していることが問題視されていますが、そもそも都会の不動産は、タワーマンションでなくても、相続税評価額が実勢価格と乖離しています。
地方(田舎)の不動産は、相続税評価額と実勢価格が近いもあるでしょう。
まず、この点を説明しましょう。
商品の価格は、基本的には一物一価です。例えば、上場株式の場合、時価が存在するため、その時点の市場株価が上場株式の価格です。
ただし、税法が入ってくると、一物一価ではなくなります。
土地を例にすると、不動産の取引価格(実勢価格)、不動産鑑定評価における不動産鑑定評価額、地価公示による公示価格、相続税における相続税路線価、固定資産税路線価など幾つもあります。
不動産価格が幾つもあるから、みんな混乱するのです。
ここで、念のために説明すると、実勢価格は不動産の取引価格(市場時価)です。
不動産鑑定評価額は、不動産鑑定士が不動産鑑定評価基準に基づいて算定した評価額です。
公示価格とは地価公示の価格です。
この3つは、時価を計算するための不動産価格と言えるでしょう。
次に、相続税路線価と固定資産税路線価は、税金の計算に使う不動産価格です。
具体的には、相続税路線価で求める相続税評価額を使って、相続税や贈与税を計算します。
固定資産税路線価で求める固定資産税評価額を使って、固定資産税、都市計画税、登録免許税、不動産取得税を計算します。
なお、相続税路線価は公示価格の80%程度、固定資産税路線価は公示価格の70%程度です。
路線価はあくまで土地しか対象ではないため、土地+建物の相続税評価額を計算する際には、『土地の相続税路線価』+『建物の固定資産税評価額』で計算します。
ちなみに、相続税路線価は毎年更新されます。固定資産税路線価は3年に1度しか更新されません。
なお、相続税路線価と固定資産税路線価は以下のサイトから確認できます。
・相続税路線価(国税庁)
https://www.rosenka.nta.go.jp/
・全国地価マップ(固定資産税路線価も掲載)
https://www.chikamap.jp/
ここまで文章で説明しましたが、何を言っているか分かったでしょうか?
専門家でないと、これらの価格の違いを理解することは、難しいと思います。
不動産価格は目的によって何種類もあるので、目的に沿った不動産価格を使用しないといけません。ただ、それぞれの価格を理解しておかないと、使えませんよね。
少しでも分かりやすく説明するために、それぞれの不動産価格(土地価格)を比較したものが、図表1です(不動産鑑定評価額は論点がぶれるため、ここでは省略します)。
【図表1:土地の価格の比較】
※筆者が参考として作成した価格帯のため、実際の取引事例とは一致しません。
まず、都市部では実勢価格(実際の売買価格)は相続税路線価よりも高い場合が多いです。場所によっては数倍というケースもあります(例えば、東京の銀座)。
逆に地方(田舎)では土地は余っているため、高い価格で取引されません。このため、実勢価格は路線価と同水準か、下回るケースもあります。
図表1における都会の土地価格は、相続税路線価80に対して、実勢価格は160です。相続税路線価の2倍の価格で土地が取引されています。場所によって差はあるものの、これが都会における土地取引の実態です。
次に、地方(田舎)の土地価格は、相続税路線価80に対して、実勢価格は80です。相続税路線価と同じ金額で土地が取引されています。
話を戻すと、都市部の土地は相続税路線価よりも高く取引(売買)されているため、相続財産の評価額と実勢価格が乖離しています。
図表1のケースでは、都市部の相続税価格は実勢価格の50%なので、都市部の不動産を保有していれば節税効果があるのです。
逆に、地方(田舎)では相続税価格と実勢価格が同じなので、節税効果はありません。
すなわち、都市部の不動産は相続税評価額が実勢価格よりも低くなるため、地方(田舎)の不動産よりも相続税を計算する時に有利なのです。
このように、タワーマンションの節税がどうこう言う前に、相続する不動産が都市部にある方が有利だということを知っておく必要があります。
2. マンションは階数が上の方が有利!
タワーマンションの節税スキームは、タワーマンションの上層階(最上階など)を購入して相続税評価額を実勢価格よりも大幅に下げることを目的としています。
この節税スキームは有名なので、知っている人は多いでしょう。
ここでは基本的な事項、及び相続税との関係を説明します。
タワーマンションの販売価格は立地やグレードによって差はあるものの、下の階ほど安く、上の階ほど高いのが一般的です。
私が勝手に作った、都内のタワーマンションの販売単価(図表2)を見てみましょう。
このマンションは、最上階(40階)の販売単価(坪単価)が1,000万円/坪です。
最上階の150㎡の1部屋の価格が約4億5,000万円(=150㎡ × 0.3025坪/㎡ × 1,000万円/坪)です。
基準階(20階)の坪単価は500万円/坪なので、70㎡の1部屋の価格が約1億円(=70㎡ × 0.3025坪/㎡ × 500万円/坪)です。
最下階(2階)の坪単価は350万円/坪なので、40㎡の1部屋の価格が約4,000万円(=40㎡ × 0.3025坪/㎡ × 350万円/坪)です。
都内のタワーマンションとしては、あり得る価格帯だと思います。
【図表2:タワーマンションの階数による価格差】
現状の相続税評価は、タワーマンションの階数によって大きな差はありません。最上階(40階)、基準階(20階)、最下階(2階)の実勢価格は違うのに、相続税評価額(坪単価)はほぼ同じです。
固定資産税額は、建物一棟の固定資産税の合計額を、階数で補正します。ただし、実勢価格の乖離(2倍~3倍)を反映できるほどの補正率ではなく、上層階の方がかなり有利です。
ちなみに、マンションの実勢価格を把握するために、プロは有料の売買事例を利用しています。ただ、最近は無料でも使いやすいものが出ています。
例えば、下記のLIFULL HOME'S (ライフル ホームズ)のプライスマップ(PRICE MAP)は良くできているので、興味がある人は使ってみて下さい。
・LIFULL HOME'S 「PRICE MAP」
https://lifullhomes-satei.jp/price-map/
さて、タワーマンションは階数によって坪単価が違いました。さらに、都市部の不動産はそもそも節税効果があります。
ここでは、タワーマンションの階数、所在地の両方を加味した実勢価格と税法評価額を比較してみます。
私が参考として作成した価格を比較したのが図表3です。
なお、ここでは、建物も土地と同じ価格倍率と仮定して、強引に計算しています。正確な数値ではないことをご了承下さい。
【図表3:タワーマンションの階数別の実勢価格と税法評価額との比較】
まず、図表1の路線価と同じにするために、相続税評価額を80、固定資産税評価額70とします。
田舎に所在するマンションの基準階は、実勢価格(80)と相続税評価額(80)が同じくらいの水準でしょう。
都市部に所在するタワーマンションの基準階は、実勢価格が相続税評価額の2倍なので160(=相続税評価額×2=80×2)です。このケースでは、実勢価格160の不動産を相続税評価額80に圧縮できるので、圧縮率は50%(=(160-80)÷160)です。
最上階の坪単価は基準階の2倍だったので、実勢価格は320(基準階の実勢価格×2=160×2)です。このケースは、実勢価格320の不動産を相続税評価額80に圧縮できるので、圧縮率は75%(=(320-80)÷320)です。
同様に計算すると、最下階の実勢価格は112(=160×350万円/坪÷500万円/坪)です。このケースは、実勢価格112の不動産を相続税評価額80に圧縮できるので、圧縮率は約29%(=(112-80)÷112)です。
図表3を見れば分かると思いますが、節税するのであれば、都市部のタワーマンションの最上階がベストです。
逆に、タワーマンションの低層階の物件を取得するのは、節税にはならない(周辺の低層マンションを買う方が良い)ことが分かると思います。
ここまでで、以下の2つがポイントだと言えます。
・都市部の不動産はそもそも節税効果がある
・タワーマンションの場合は高層階でなければ節税効果はない
3. タワーマンション節税への対応
先ほどの説明においては、都心部のタワーマンションの最上階の物件は、相続税評価額を75%圧縮していました。ただ、相続対策は更なる節税を追求します。負債(借入金)を加味した相続税額の引き下げです。
ここでは、借入金がどのように相続税対策に影響するかについて解説します。
まず、相続税では、相続財産の価額から、債務控除(借入金などの債務、葬式にかかった費用など)を差し引いて課税価格を計算します。
タワーマンション節税において、借入をどう使っているかを先に説明します。
都心部のタワーマンションの最上階の物件の実勢価格(時価)は320、相続税評価額は80です。この物件を、自己資金50%・銀行借入50%で購入したとします。
その時点における、時価ベースのB/S(貸借対照表)、相続税ベースのB/Sを比較したものが図表4です。
【図表4:借入金による相続税上の課税価格への影響(最上階)】
まず、時価ベースのB/Sにおいて、資産はタワーマンションの時価である320、負債は借入金160(=320×50%)なので、差引160が純資産(資産-負債=320-160)です。
簡単に言うと、売れば320入ってくるが、借入金160を返済しないといけないから、手許に残るのは160という意味です。
次に、相続税ベースのB/Sを見て下さい。この物件の相続税評価額は80、借入金160なので、差引の純資産価額が-80(資産-負債=80-160)です。
簡単に言うと、80の価値しかない不動産を取得するのに、160借入したので、税法上では借金の方が多いと考えます。
図表4のケースでは、手元資金160と借入金160を利用することによって、相続税の課税価格-80にすることができました(相続税の課税対象を240減らすことができた)。
節税効率としては150%(=240÷160)です。
基準階についても、同様に計算してみましょう。
基準階の物件の実勢価格(時価)は160、相続税評価額は80です。この物件を、自己資金50%・銀行借入50%で購入します。その時点における、時価ベースのB/S(貸借対照表)、相続税ベースのB/Sが図表5です。
【図表5:借入金による相続税上の課税価格への影響(基準階)】
計算過程は、最上階と同じなので説明を省略します。
図表5のケースでは、手許資金80と借入金80を利用することによって、相続税の課税価格0にすることができました(相続税の課税対象を80減らすことができた)。
節税効率としては100%(=80÷80)です。
念のために最下階についても、同様に計算してみましょう。
最下階の物件の実勢価格(時価)は112、相続税評価額は80です。この物件を、自己資金50%・銀行借入50%で購入します。その時点における、時価ベースのB/S(貸借対照表)、相続税ベースのB/Sが図表6です。
【図表6:借入金による相続税上の課税価格への影響(最下階)】
図表6のケースでは、手元資金56と借入金56を利用することによって、相続税の課税価格が24になりました(相続税の課税対象を32減らすことができた)。
節税効率としては57%(=32÷56)です。
図表4~6を比べると明らかなように、相続税評価額と実勢価格の乖離の大きい最上階の方が節税効果は高く、最下階の節税効果は大きくありません。
タワーマンションに投資して節税しようとするのであれば、少なくとも投資額の全額は課税価格から除外したいところでしょう(図表5の基準階の状態)。
節税のために相続税評価額と同額の借入が必要とした場合、図表3の所在地・階数による不動産価格と相続税評価額を使用してLTV(Loan To Value:借入比率=借入金÷不動産価格)を計算したものが、図表7です。
例えば、都市部のタワーマンションの最上階の場合(ケース1)はLTVが25%なので、物件を取得する際に25%借入すれば、相続税の課税価格をゼロにできます。地方の基準階の場合(ケース5)はLTVが100%なので物件を取得する際に全額(100%)借入しなければ、相続税の課税価格をゼロにできません。
【図表7:所在地・階数によって必要なLTV】
プロ投資家が収益物件(賃料収入がある物件)を取得する際に目安とするLTVが70%くらいです。
投資用不動産の取得資金として、銀行に融資を依頼する場合、LTVは70%が目安となります(住宅ローンは給与所得から借入金の返済を期待していて、賃料収入から返済するわけではないため、LTVが100%を超える場合もあります)。
これは、銀行は不動産の担保掛目を7割程度に設定している場合が多いためです。
収益物件は賃料収入から借入金の元利金返済ができて、時価が大幅に下落しなければ物件を売却すれば借入金を返済できます。
一方、節税目的の物件は賃料収入がありません。誰かに貸すと一気に価格が下がるためです。このため、借入金の元利金返済は持ち出しが必要です。
更に、相続税を引き下げるために物件を保有しているため、売却できません。
すなわち、保有期間の利息支払い額が、長期間、ボディーブローのように効いてくるのです。
長期間のボディーブローは、物件の場所(都市部か地方か)や階数(最上階、基準階、最下階)に関わらず、同じです。
もし、ケース5(地方の基準階)の物件を取得する際に、取得資金の全額(LTV100%)を金利2%の期限一括弁済の借入金で調達し、相続まで20年掛かったとします。
この場合、物件取得額の40%の金利支払いが発生し、元本100%の返済が必要です。
元本と利息を合計すると、20年間で物件価格の140%を支払います。これは、40%の相続税を支払うのと同じ状況です。
相続時の売却価格が物件取得時よりも20%下がったら、60%の相続税を払うのと同じです。
すなわち、借入金の金利負担と物件の時価下落が、タワーマンションの節税スキームの必要コスト(ボディーブロー)です。
一方で、相続税対策をせずに、そのまま相続税を払う場合は、どうなのでしょうか?
相続税の計算では、正味の遺産額(負債等の控除後)から基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を差し引いた金額(課税遺産総額)を各法定相続人に割り振ります。
各法定相続人に割振られた法定相続分の評価額が2億円超3億円以下の場合、相続税の税率が45%です(図表8参照)。
これは、遺産の総額が2~3億円という意味ではありません。各法定相続人に割振られた評価額が、それぞれ2~3億円という意味です。
【図表8:相続税の税率】
※上記は、2022年12月時点の税率です。
どういう状況なのかを、具体的に計算してみましょう。
<設問>
---------------------------------
A氏(夫)の正味の遺産額は10億円です。妻はすでに死去しており、法定相続人は子供が4人です。各法定相続人に掛かる相続税額を計算しなさい。
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<解答>
課税遺産総額=正味の遺産額-基礎控除額
=10億円-(3,000万円+600万円×4人)=9億4,600万円
各法定相続人の取得金額=9億4,600万円÷4人=2億3,650万円
相続税の税率=45%(図表8の2億円超、3億円以下)
控除額=2,700万円(図表8)
各法定相続人の相続税額=2億3,650万円×45%-2,700万円=7,942.5万円
相続税額の合計=7,942.5万円×4人=3億1,770万円
<ここまで>
この設問の場合、10億円を4人で相続したら相続税率は約30%と計算できます。
相続税額は法定相続人の数が影響するので、実際に計算してみると、相続税の金額はあまり大きくない場合もあります。
相続はいつ死ぬかの予想が難しく、死ぬ直前に相続税対策をすると否認されるリスクがあります。相続税対策をしてからなかなか死んでくれないと、借入金の元利金支払いの負担が重く圧し掛かってきます。
すなわち、相続までの期間が想定よりも長くなると、相続対策によって損失が発生する場合もあるのです。
タワーマンションの節税は、都心の最上階付近であればLTVが低くても節税できます。
それ以外の物件は、相続税対策としてあまり意味がないのです。
4.タワマン節税のための税制改正の意味
さて、話を最初に戻します。
タワーマンション節税スキームにおいて、効果のある物件は数が限られています。それにも関わらず、節税効果のあまりない物件も、節税対策としてタワーマンションが販売されています。
そして、スーパリッチ層(例えば、個人資産100億円以上)はタワーマンションで節税しません。節税額が大した金額にならないからです。すなわち、タワーマンションに投資して節税する資産家の数がそれほど多くありません。
2019年に野村総合研究所が行った調査(下記)によると、1億円以上5億円未満の資産を保有する富裕層は124万世帯で、全体(5,402.3万世帯)の約2.3%のようです。5億円以上の資産を保有する超富裕層は8.7万世帯で、全体の約0.2%です。
出所
https://www.nri.com/jp/news/newsrelease/lst/2020/cc/1221_1
タワーマンション節税スキームを効果的に使えそうな層は、資産額で20億円~50億円の層でしょう。日本の中に、何人いると思いますか?
多分、5,000世帯もないでしょう。
このため、タワーマンションの節税がフィットする資産家の数が少なく、日本には節税に適した物件数が少ないので、母集団が少なすぎるのです。手間暇掛けて税制改正をしても、費用対効果があるとは思えません。
もし、タワマン節税のための税制改正がなされた場合、この税制改正によって影響を受けるだろう人は、タワーマンションの節税スキームを有効活用できていない投資家(資産家)になるでしょう。
すなわち、タワーマンション節税の税制改正には、以下のような問題点があると思います。
・タワーマンションでなくても、都市部の不動産はそもそも節税効果がある
(地方の物件も対象にするのか?)
・タワーマンションの場合は高層階でなければ節税効果はない
(何階から高層階とするのか?)
・タワーマンションの節税スキームを利用する資産家の数が多くない
(母集団が少ないにも関わらず、わざわざ法制化する必要があるのか?)
・税制改正をすれば、影響を受けるのは本来の規制対象以外に及ぶ可能性が高い
長々と書きましたが、個人的には、政府が本来規制したい人ではなく、一般大衆が犠牲になる可能性が高いのではないかと、懸念しています。
税制改正は、良い方向で改正されればいいな、と個人的には期待しています。
長々と書いてしまい失礼しました。
以上、スミスでした。
<終わり>