個人投資家(その1)
(6) 個人投資家
俺、スミスとガブリエルは、レンソイス不動産からLシリーズを購入したディーンに会いに行った。
ジャンケンに負けたガブリエルがディーンに電話したのだが、俺たちの予想に反してディーンは面談を直ぐに了承してくれた。
レンソイス不動産に対する恨みがあるのだろう。
俺たちの調査に協力してくれるそうだ。
俺たちの前に現れたディーンは50代の大人しい感じの男性だった。
製造業の上場企業で部長として働いているらしい。
給与は一般的なジャービス国民よりも多いだろうから、世間一般では高収入のエリートサラリーマンと言われる部類だ。
ディーンの話では、ことの始まりは不動産会社からの電話だったらしい。
「最初は、レンソイス不動産のリードという営業担当者から、『不動産投資にお薦めの物件がある』と電話がありました。当時は、不動産に一度投資してみたいと思っていたので、話を聞きました」とディーンは言った。
「ひょっとして、去年流行った『不動産で不労所得の9割を手に入れよう!』の影響ですか?」とガブリエルがディーンに聞いた。
「いえ、その本ではないです。私が投資したのはその本が出る前でしたから。でも、不動産投資に興味を持ったのは、似たような不動産投資の本の影響です」
「不動産投資の本はたくさんありますからね」
「その時、レンソイス不動産が販売していたLシリーズの物件概要を聞きました。担当者のリードは説明が上手くて『1件くらい試しに買ってみよう』と思うようになって、リードが勧めた物件を購入しました。私の不動産投資の目的は、不動産所得と給与所得の損益通算でした」とディーンは言った。
不動産会社が収益性の低い物件を売る時によく営業で使う手だ、と俺は思ったがそこには触れなかった。ディーンが傷つくかもしれないからだ。
「不動産所得のマイナスを使って、給与所得の税額を下げるということですね?」と俺は言った。
「そうです。Lシリーズの場合、投資不動産の収益と借入金の支払利息はほぼ同額でした。減価償却費によって不動産所得がマイナスになるので、トータルの課税所得を引き下げることができます」
「たしか、1部屋が2,000万JDでしたね。耐用年数が40年とすると、1年あたり50万JD(2,000万JD÷40年)の減価償却費が計上できますね」
※JDはジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円としています。
「大体それくらいです。私の給与所得が1,200万JDで、諸々(基礎控除など)控除した後の課税所得が900万JDでした。当時は、Lシリーズを10部屋購入して課税所得から500万JDを控除しようと考えました」
「そうすると総額2億JDですか。大きいですね」
「今思えばそうですね。総額2億JDの不動産投資なんて・・・バカなことをしたと思います。でも、その当時は税金を減らせたのが嬉しくて、買えるだけ不動産を購入しようと思っていたんです」
不動産投資にディーンがのめり込んでいった原因は分かった。
俺はディーンに借入のことを聞くことにした。
「ところで、2億JDの物件の購入する際にいくら借入しましたか?」と俺は聞いた。
「借入金は1億5,000万JDです」
ディーンは不動産取得資金の75%を借入で調達していたようだ。
「借入金の返済期間は何年でしたか?」
「返済期間は20年でしたね。1億5,000万JDを20年で割るから・・・年間750万JDの元本返済です」
「給与所得が年間1,200万JDで借入金の元本返済が年間750万JD。かなりキツイですね?」
「ええ。私の給与では払えません」とディーン答えた。
俺はディーンに不動産取得の状況を確認することにした。
「最初から2億JDも投資したのですか?」
「いえ。初めは1部屋だけでした。最初は全て自己資金で投資したので、銀行借入はゼロです」
「そうですか。さすがに最初から2億JDも投資しませんよね?」
「最初の物件を保有してから、確定申告で不動産所得と給与所得を損益通算して、税金が戻ってきました。嬉しかったのを覚えています」
ディーンは懐かしそうに言った。
「そうですか」
「最初の投資から1年経過した頃だったと思います。レンソイス不動産のリードが、『保有件数を増やせばもっと節税できるから、追加でLシリーズを買ったらどうでしょう?』と提案してきました。損益通算で気をよくしていた私は、2部屋購入しました。その後も、毎年数件ずつ追加していって、最終的には10部屋を保有しました」
ディーンは担当者のリードに乗せられてLシリーズを毎年購入していたようだ。
<続く>