容疑者を絞り込め(その2)
(5)容疑者を絞り込め <続き>
「だって、個人投資家が一斉に買取請求するなんて、あり得ないでしょ。誰かが個人投資家が買取請求するように、仕向けていると思うんだ」と俺は言った。
俺は誰が犯人かをメンバーに聞いてみることにした。
「容疑者として、トルネアセットマネジメントはどうだろうか?」と俺が聞くと、メンバーの半分はそう思っているような素振りを見せた。
「トルネアセットマネジメントですか?」とミゲルが言った。
ミゲルはトルネアセットマネジメントが容疑者とは思っていないようだ。
「買取請求権を行使した場合、発行会社は社債投資家から30%ディスカウントして社債を買取ることができる。社債額面と買取金額の差額が、発行会社の利益になるよね」
「そうですね」
「そして、トルネアセットマネジメントは、ファンドの出資持分を有しているから、ファンドの利益は最終的にトルネアセットマネジメントの利益だ」と俺が言うと、
「容疑者としては成立しますね」とスミスが言った。
「さらに言うと、劣後社債の利払いが停止して、投資家が狼狽すればするほど、買取請求は多くなる。劣後社債の利払いが停止しても、普通社債の元利金支払いには影響しない契約内容になっているから、ファンド運営には影響はないはずだ」
「確かに」今度はミゲルが言った。
「そう考えると、トルネアセットマネジメントには、社債投資家が買取請求権を行使してくれた方が、メリットがあると思う」と俺が言うと、メンバーは頷いて聞いている。
次に、俺はもう一つの容疑者をメンバーに聞いた。
「次の容疑者として、フォーレンダム証券については、どう思う?」と俺がメンバーに聞く。こちらも、メンバーの半分は容疑者と思っていそうだ。
「社債投資家が買取請求権を行使すると、ファンドが劣後社債を購入するためキャッシュが不足する。不足するキャッシュを補うために、ファンドは保有資産(住宅ローン)を売却しないといけなくなる」
「そうですね」とポールが言った。
「住宅ローン債権を外部に売却する必要はない。ファンドが資産を売却する際には、新ファンドを組成して、その資金で買取ればいい。
保有資産(住宅ローン債権)を売却したファンドは、普通社債を含めて社債を全額早期償還するかもしれないけど、フォーレンダム証券には関係ないことだ」
「フォーレンダム証券のメリットは何ですか?」とポールが聞いてきた。
「だって、新ファンドが発行する劣後社債の販売でフォーレンダム証券は手数料を稼ぐことができるでしょ。フォーレンダム証券の目的は手数料収入だ」と俺は理由を説明した。
「じゃあ、劣後社債の買取資金確保のために新ファンドを作ってくれれば、手数料収入が増えて儲かる、という理屈ですね」
「そうだね」と俺は答えた。
「そうすると、フォーレンダム証券も、容疑者としては成立しますね」とスミスが言った。
「つまり、トルネアセットマネジメントかフォーレンダム証券のどちらかが、社債投資家と結託して買取請求権を行使している、と考えられないかな」と俺は言った。
「やはり、この2社に直接確認して、動機を調べる必要がありますね」とスミスが言った。
ルイーズが黙っているので、俺は「どっちが怪しいと思う?」と聞いてみた。
「私は、どちらも怪しいと思うな」ルイーズは曖昧に答えた。
「それはみんなが思っていることだよね?」
「そうじゃなくて」
「そうじゃなくて?」
「私が言ったのは『どちらも同じくらい怪しい』という意味ではなくて、『両方ともグル』なんじゃないかな。もし、一方に利益があったとしても、もう一方に利益が無かったら、一連の取引は成立しないと思う」とルイーズが言った。
「どういうこと?」俺はルイーズに改めて聞いた。
「例えば、フォーレンダム証券が自分の利益のために、IFAを使って劣後社債を買取るように仕向けた、とするじゃない。トルネアセットマネジメントに利益がなければ、劣後社債を販売する証券会社を変更すると思う。逆も同じ」
「トルネアセットマネジメントが社債を安く買い集めようと思っても、IFAはフォーレンダム証券の手下だから使えない。新ファンドを組成しても、証券会社の協力がないと劣後社債は売れない。ということか」と俺はルイーズの意見に納得した。
「そういうこと。お互いに持ちつ持たれつの関係だから、一方だけが強引に動いたりしない」
証券会社と運用会社にヒアリングしてから最終的な方針を決めた方が良いものの、確かに推理としては筋が通っている。
「確かに一理あるね。じゃあ、容疑者は、フォーレンダム証券かトルネアセットマネジメント、又はその両方ということで調査をしよう」と俺はメンバーに言った。
こうして、俺たちはフォーレンダム証券とトルネアセットマネジメントに訪問することになった。