本当に調査する?(その1)
(2)本当に調査する?
内部調査部に戻った俺、ルイーズとスミスは、早速、他のメンバーを集めて打合せすることにした。ロドリゲスから聞いた話をもとに、内部調査部として本件を進めるかどうかを決めるためだ。
まず俺は、内部調査部のメンバーにロドリゲスから聞いた話を説明した。
「・・・というわけで、イベント会社がマルチ商法のような手法を使って、高齢者に劣後社債を販売している、とロドリゲスは言っている。でも、この販売が詐欺かと言われると、詐欺とは言い切れないと思うんだ」と俺は言った。
「どうしてですか?」とミゲルが俺に言った。
「だって、社債の利払いは少なくとも5年以上は継続していたわけだから、イベント会社は高齢者を騙して社債販売したとは言い切れない。社債は投資元本を保証する金融商品ではないからね」
「その5年間の利払いがタコ配当だった、という可能性はないのですか?」とポールが言った。
※タコ配当とは、実際には配当に必要な利益がないのにもかかわらず、無理に配当を行うことです。出資者の元本を取り崩して配当する場合が、該当します。
「可能性が無いとは言えない。契約書には、社債発行で調達した資金は、住宅ローン債権の購入に充てられる、と記載されている。資金使途通りでなければ、タコ配当かもしれない」と俺は言った。
「RMBS(住宅ローン担保証券)ですか。契約書を見てもいいですか?」とポールは俺に聞いてきた。
※RMBS(Residential Mortgage-Backed Securities)とは、モーゲージ証券(MBS)の一つで、住宅ローンを担保として発行される証券のこと。
「いいよ。これだけど」と言って俺はロドリゲスからコピーしてもらった契約書をポールに渡した。
「個人投資家向けの劣後社債以外に、プロ投資家向けの普通社債も発行しているのですか。いかにもプロ向けの商品のようなので、詐欺ではないかもしれません」とポールが言った。
「ポール、ちょっと待って。詳し過ぎないか?」と俺はポールに聞いた。
「いえ、そんなに詳しくはありませんよ」とポールが言い淀んだ。
それを見ていたミゲルが、「ポールは、第13穀物倉庫の前、ホラント証券で働いていたんですよ」と言った。
「ホラント証券って大手証券会社じゃない。そうだったの?」 と俺はポールに言った。
「はい。そうです。前はホラント証券で国債や地方債を販売していました。営業ノルマが厳しくてやめましたが・・・」とポールはお茶を濁した。
「そうだったら、先に言ってくれたらよかったのに」
「別に隠していたわけでは・・・。内部告発ホットラインにきたのは、高齢者を狙った投資詐欺とのことでしたから、こういう劣後社債だとは思っていませんでした」とポールは言った。
「まあ、そうだね」
俺は「それで、今回の相談内容の話について聞きたいんだけど」と言って、この会議の本題に入った。
「イベント会社の販売方法は褒められたものではないけど、高齢者が購入した社債は投資詐欺じゃないかもしれない。調査するのに相当時間が掛かると思うし、違法性がない可能性が高いと思うんだ。調査をするかしないか、迷っているんだけど、みんなはどう思う?」と俺はメンバーに聞いた。
俺の問いかけに対して、まずルイーズが発言した。
「確かに面倒だけど、調査した方がいいと思う」
「調査すべきに一票か。ちなみに、理由は?」と俺は聞いた。
「だって、社債保有者が国内に10万人いて、総額1,000億JDでしょ。もし事件が発覚して、内部調査部に調査依頼がきていたのに調査しなかったことが外部に知られたら、どうする?」とルイーズは痛いところを突いてきた。
※JDはジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円と考えて下さい。
「確かに。実に公務員らしい回答だ」
「人事評価が減点方式だからじゃないかな」とルイーズは言った。
※減点方式とは、人事評価等において、悪い点や失敗に応じて点数を差し引いていく方法。良い点や成功をプラスとして加点していく方法を加点方式という。
「他の人はどうかな?」と俺は聞いた。
「私も、効率が悪くても調査した方がいいと思います。詐欺でなくても、問題が公になった時、政府がどう対処していたかが問題になります。問題を解決できなくても調査は必要です」とスミスが言った。
スミスも調査すべきに一票。同じく公務員ぽい回答だ。
「今回は、勝率に拘らなくてもいいと思います。少なくとも、国民にとっては身近な事件なので興味は引くでしょう」とロイ。
「この社債の件は、ターニャから聞いたことがあります。身近な被害者がいるかもしれないので、何とかしてあげたいと思います」とミゲル。
ロイもミゲルも調査すべきに一票だ。
<続き>