情けは人の為ならず(その4)
(2)情けは人の為ならず <続き>
ジャービス王国に戻ってきた私は、今後の対応を社内で検討することにした。
さすがにこの状況は私一人では対応できないかもしれない。
会議には、担当取締役と金属資源部を所管している第4グループ長にも参加してもらった。
私は会議の参加者に、このままでは銅の国内価格が下落するリスクがあること、価格下落の原因はサンマーティン国から輸入した銅を国内市場で販売していること、込み入った政治的な事情があることを説明した。
外務省が動いて銅をサンマーティン国から買付けて、さらに銅の輸送には国軍の船舶を利用し、軍港を使っている。銅を国内販売しているのは国営のジャービス鉱業で、内務省の管轄だ。
政府が総動員して動いていることから、かなり深刻な事態であることは間違いないだろう。しかし、このまま銅の輸入取引を続けられると、銅取引から発生する莫大な利益を失うことになる。ベルグレービア商事としては、許容できない事態だ。
話を聞いた担当取締役と第4グループ長は、ため息をついた。2人とも、どう対応すべきかを考えている。気持ちは分かる。私もどうしていいか分からない。
参加者の全員が黙っていると、たまたま会議に参加していた金属トレーダーが「銅先物の売りは5カ月先までしか入ってないけど、あと5カ月しか銅を輸入しないんじゃないですか?」と言った。
私もそれは知らなかったので「それは本当?」と聞いたら、トレーダーは「そうですよ」と答えた。
いいニュースだ。トレーダーに会議に参加してもらって助かった。
もし5カ月しか輸入しないのであれば、問題は解決できるかもしれない。
「だったら。5カ月間しのげば、いいんです」と私は参加者に言った。
すると、担当取締役が「具体的な案はあるのか?」と私に聞いてきた。
私は思い付いた解決方法を説明した。
「外務省がサンマーティン国から輸入している銅は月200tだから、国内商社が分担して、200t市場販売量を減らせばいいんです」
「どういうことだ?」と第4グループ長は言った。
「前月までは、国内供給量が月1,000tだったから、1,500JD/kgを維持できていました。今月に入って国内供給量が月1,200tに増えたから、銅の価格が下がったのです。つまり、もう一度、月1,000tに減らせば、銅の価格は1,500JD/kgに戻ります」
※JDはジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円と考えて下さい。
「国内商社が分担して合計で200t減らすのか。他の商社は調整できそうか?」と担当取締役は私に質問した。
「もちろんです。『あと5カ月の我慢』と分かっていれば、説得できます」
「じゃあ、この件はルースに一任しよう」と担当取締役は言った。
会議が終わりそうになったところ、第4グループ長が発言した。
「それと、この件はカルテルが絡んでいるから固有名詞を使うのを避けた方がいいと思う。プロジェクト名で呼びたいのだが、何か案はあるか?」
「『石の上にも作戦』というのはどうでしょうか?」
「どういう意味だ?」
「じっと我慢する状態を表す『石の上にも三年』という諺があります。3年は待てませんが、5カ月我慢すれば事態は好転する、という意味です。『石の上にも5カ月作戦』にすると、敵にいつまで待つのかバレるので、あえてぼかしています」
「『石の上にも作戦』か。他の商社のお年寄りにも分かり易くていいと思う」と第4グループ長は言った。
***
国内商社の担当者を集めた私は、参加者に銅の販売量についての調査結果を説明した。
まず、増加した銅の国内販売量は、サンマーティン国から輸入したものであり、銅をサンマーティン国から輸入しているのは外務省の関係会社である。さらに、銅を輸送しているのは国軍で、港は軍港を利用している。また、銅を国内で販売しているのは内務省の管轄しているジャービス鉱業である。
すなわち、この銅の輸入には、外務省、国軍、内務省が絡んでいることが分かった、と私は参加者に説明した。
すると、説明を聞いた国内商社の担当者から、ため息が漏れた。
誰かが「政府は我々を潰そうとしているのか?」と言い出したので、私は「そこまでは考えていないと思う」と答えた。
私自身も100%自信があるわけではないが、潰そうとしたら国内販売量の20%などという中途半端な量ではなく、もっと多く市場に供給するだろうと考えているからだ。
私はさらに、サンマーティン国からの銅の輸入は、あと5カ月で終了する見込みであることを参加者に伝えた。理由を聞く者がいたので、私の推測の根拠を説明した。
外務省の関係会社はサンマーティン国から月200tの銅を仕入れており、銅価格の値下がりに備えて銅先物の売りを月200tずつ売っている。この銅先物の売りについて、5カ月経過後は建玉がないことから、あと5カ月で政府の銅輸入取引は終了すると考えていることが私の根拠だ。
私が「5カ月耐えれば、我々の勝ちなのです!」と力説したら、参加者から拍手が上がった。
参加者には、希望の光が見えたはずだ。
<続く>