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情けは人の為ならず(その3)

(2)情けは人の為ならず <続き>


サンマーティン国の空港についた私を、ベルグレービア商事の現地駐在員レスリーが迎えに来てくれた。


サンマーティン国はお世辞にも治安がいいとは言えない。

犯罪率は高く、汚職も蔓延している。資源国はどこも同じような感じだろう。


商社は、各国の大使館よりも早く正確な情報を掴むことで、ビジネスを有利に運ぶことができる。商社ビジネスの基本と言えるだろう。

今はインターネットを調べれば、世界中の会社にコンタクトできる。世界中の会社と直接取引できそうなものだ。

でも、実際には商社経由の取引が減っているかというと、そうではない。世界には想像以上にややこしいエリアが多いからだ。

自社が巻き込まれるのをなるべく避けたいから、商社経由で取引することでリスクヘッジする。なので、そのリスクを一手に引き受ける商社は、危機管理がしっかりできていないと大変なことになる。


そういう意味で、現地駐在員のレスリーは、サンマーティン国のややこしい事情を知り尽くしている。現地駐在員に同行してもらわないと、面倒なことに巻き込まれるリスクがぐっと上がるのだ。


前置きが長くなったが、私はレスリーに連れられて、サンマーティン鉱業へ訪問した。サンマーティン鉱業は国営の鉱山会社だから、ジャービス鉱業と同じで、経営陣は政府機関からの出向者のようだ。

私たちは、サンマーティン鉱業で輸出取引を統括しているチャンに会った。チャンという名前から華僑系なのだろう。ただ、アジア系の顔立ちではないので、祖父辺りがアジア人だったのかもしれない。

レスリーの話では、サンマーティン国の輸出先の上位がアジア圏になっていて、相手国企業と繋がりのあるチャンを採用したようだ。レスリーもチャンに会うのは初めてらしい。


私は、チャンにジャービス王国で起きている状況を説明した。ジャービス王国の国軍が、サンマーティン国から銅を運び出し、輸入していることだ。「国軍が銅を購入しているのは、サンマーティン鉱業ではないか?」とチャンに聞くと、チャンは私に「『情けは人の為ならず』ということわざを知っているか?」と聞いてきた。質問に質問で返してきたことに少しイラっとしたが、私は「知らない」と答えた。

すると、チャンは「私の国の諺ではないが」と前置きして、意味を説明し始めた。


チャンによれば、その諺は、『人を助けると、その人のためにならない』という意味ではなく、『人を助ければ、自分に良いことが起こる』という意味らしい。

そして、チャンは『自分が得する時しか、人を助けない』という意味でこの諺を理解しているらしい。


※『情けは人の為ならず』の本来の意味は、人に親切にしておけば必ずよい報いがあるということです。


そして、チャンは私に「その質問に答えるのは『情けは人の為ならず』か?」と言って、何かを要求する仕草をした。


クイズだろうか?

意味が分からないが、俺は考えた。


チャンの言った『情けは人の為ならず』を今回の事例に置き換えると、『私を助けたら、チャンに良いことが起こる』ということだ。


チャンが私の質問に答えたら、チャンが得する・・・。


やっと私は意味を理解した。

と同時に私は、チャンが話の分かる奴で良かったと思った。

こういう国では、お金で大体のことは解決できる。

チャンは私から茶封筒に入った札束を受取ると、雄弁に語り始めた。内容はこうだ。


ジャービス王国が銅を輸入しているのは、サンマーティン鉱業で間違いない。ただ、銅を買付けているのは外務省の関連会社で、国軍は銅の輸入を請け負っているだけらしい。

銅の輸出は、サンマーティン鉱業の顧問をしている国会議員の口利きでスタートしたらしく、その議員にお金が流れていると教えてくれた。


外務省の関連会社は、国会議員に直接賄賂を渡すわけにはいかないため(外交問題に発展する可能性がある)、議員の個人会社から銅を買っているようだ。

まず、サンマーティン鉱業から議員の個人会社に800JD/kgで銅を販売する。外務省の関連会社は議員の個人会社から850JD/kgで銅を購入する。

外務省の関連会社が購入した銅は、その後、国軍がジャービス王国に輸送し、ジャービス王国の軍港に届くという流れのようだ(図表1参照)。


JDジャービス・ドルはジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円と考えて下さい。


【図表1:サンマーティン国からの銅の流れ】

挿絵(By みてみん)



議員の個人会社は、サンマーティン鉱業から800JD/kgで仕入れた銅を、外務省の関連会社に850JD/kgで売るから、50JD/kgが議員への賄賂相当額になる。


私がチャンに「その方法をアドバイスしたのか?」と聞くと、「そうだ」と言っていた。


中国人がよく使う手だ。中国系の会社では、物品の購入代金以外に手数料を払うのが禁止されている場合があり、賄賂や手数料相当額は、全て購入代金に上乗せして支払う。


この方法だと、法律上は何の問題もない。私は『外務省も汚いやり口を使うものだ』と思ったが、ベルグレービア商事も似たようなことをしているから、お互い様だ。


私は「外務省の誰が国会議員にコンタクトしたのか?」とチャンに聞いたが、さすがにそこまでは知らないようだ。


チャンからは非常に有用な情報が聞けたので、サンマーティン国まで来て良かった。

取引の全容解明に、また一歩近づいたのだ。


その後、私はチャンに議員のトマスを紹介されて、一緒に食事をすることになった。

私は食事中、二次会、三次会で外務省の窓口を議員に聞いてみたが、トマスは外務省の窓口を決して私に話さなかった。きっと、それなりの地位の人間が窓口になっているということなのだろう、と私は想像した。


結局、私の手元には、トマスとチャンが使った高額の領収書だけが残った。


この領収書は、経費で落ちるのだろうか?

私の心配はそれだけだ。


<続く>

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