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Oh My Rhapsody  作者: 秋山如雪
20/33

第20話 マタギの爺さん

 青森県の下北半島の先端近くの、キャンプ場。


 夜のとばりが降りると、辺りはすぐに漆黒の闇に包まれ、灯りが消える。焚火の火を囲みながら、食後のビールを片手に、俺は夜空を眺めた。


 薄い雲の切れ間から、無数の星が見えていた。都会では絶対に見られない、眩いばかりの星空だった。


「ウチの父方の祖父の家系は、代々、阿仁あにのマタギだったそうだ」

「阿仁?」


 首を傾げる林田に、俺の代わりに森原が答える。

「秋田県の有名なマタギ集落ね。でも、今じゃほとんどマタギなんていないって聞いてるけど」

「ああ、そうだ」


 一旦、缶ビールを口に含み、飲み干してから続ける。

「昔は、数百人はいたらしいが、今じゃどんどん減って、現役は爺さんを含めて、30数人程度らしい」


「先輩のお爺さんは、おいくつですか?」

「85歳だ」


「85歳! それで、まだ働いてるんですか?」

 林田の大袈裟な驚きの声も、頷ける話だ。だが、俺の祖父は、とても85歳には思えないくらい足腰がしっかりしているし、今でも山歩きをしているという、強靭な肉体を持っている。


「まあ、さすがに高齢だから、昔みたいに熊撃ちはしなくなって、今はうさぎや野鳥を捕ったりしてるらしい」

「マタギって、ハンターとは違うんですか?」


 何も知識がない、林田が当然のような疑問をぶつけてくる。

 だが、俺はその言葉を即座に否定していた。それは、昔、祖父から教えてもらった、ある「言葉」が頭の中にこびりついていたからだ。


「違うな」

「でも、猟銃で獲物を取るんですよね?」


「単純なハンターではなく、『山に対する気持ち』が違うんだそうだ」

「山に対する気持ち?」


 イマイチ、わかっていない林田にもわかるように、祖父の言葉を借りて説明する。

「爺さんが言うには、『山は神聖な場所で、全部山の神様のもの』だそうだ。山の神様ってのは、女でな。とにかくやきもち焼きで、ヒステリーだから、機嫌が悪くなると何日も山が荒れる。だから、山に入る時には、機嫌を損ねないように、身なりを整えて、女性を遠ざけ、山の神様にお祈りをしてから、山に入るんだそうだ」


「素敵な話ね」

「山の神様が、女性って面白いですね」

 同じ話を聞いても、森原と林田の感想は全く異なっているのが面白く感じた。そのまま続ける。


「爺さんはよく言ってたよ。『熊を撃つ時は、正々堂々と1対1で勝負しないと山の神様が怒る。だから一発で仕留めないといけない』ってな」

「へえ」

「男らしいですね」


 2人の感想を聞きながら、俺は缶ビールを口に含み、夜空の星を見つめながら、祖父の言葉を思い出していた。


「こうも言ってたな。『熊に命を取られても、誰も恨んではいけない。山に入る時は、その覚悟がないと入ってはいけない』」


 ここで、チューハイを数杯飲んで、顔を赤らめている林田が口を開く。相変わらず、酒好きだが、彼女は酒に弱い。

「でもー。普通に考えたら、怖いですよねえ。山で熊に遭ったらどうするんですか? よく『死んだフリ』したら助かるって言いますけどぉ」

 もう呂律が回っていない。


 苦笑しながらも、俺は続ける。もちろん、これも祖父の受け売りだが。

「それは、ただの俗説だな。実際に熊に遭ったら、『背中を見せて逃げたら間違いなく、熊は襲ってくる』って言ってたよ」

「ええっ。じゃあ、どうすればいいんですか?」

 林田が大袈裟に、大きな声を上げる。

 隣にいる森原が、すでに飲みすぎの気配がある、林田のことを心配そうに見つめていた。


「『目を合わせてゆっくりと後ろに下がれ。目をそらして、背中を見せると襲われるぞ』って言ってたな」


「ほぇー」

 もはや声とも言えない、奇声を上げて、林田は赤らめた顔を見せていた。一方、森原は全然酔っていないように見えて、手元のチューハイを飲んでから、


「さすがに経験者の言葉は重みが違うわね。確か、お若い頃は、北海道に行って、ヒグマも撃ってたんじゃなかったかしら?」

 そう言っていたが、よく覚えていると感心した。


「そうだ。ちなみに、本州にいるツキノワグマと、北海道にいるヒグマってのは、全然別物でな。ヒグマは体長が軽く2メートルを越えるし、重いのになると4、500キロ近い。おまけに雑食で、人も襲われる。襲われたら一たまりもないな」

「500キロはすごいわね。相撲取りより大きいんじゃない?」


「ああ。昔、北海道では実際に集落がヒグマに襲われて、数人が亡くなったという悲劇もあったらしい」

 確か大正時代頃に、三毛別さんけべつひぐま事件というのがあったと記憶している。


「でも、今は猟銃の管理とか大変じゃない? 昔と違って、厳しいでしょう?」

 すでに、酒が回り、眠そうにこうべを垂れ始めた林田の代わりに、森原との会話が続いた。


「ああ。昔はその辺の規制が甘かったから、阿仁以外にも秋田県にはいっぱいマタギがいたんだが。今はいちいち警察に届け出たり、面倒になったから、それもあってマタギの文化自体が衰退しているらしい。ウチも、父が公務員になったし、跡を継ぐ人間がほとんどいないから、高齢化が進み、いずれなくなると言われている」

 祖父の言葉、そして父の現状。秋田県の人間としては、知っておくべき知識ではあった。


 結局、その後も俺と森原は、眠ってしまった林田を置いて、2人でマタギの話に興じてしまった。

 マタギ特有の武器や、現代化したマタギの道具の話など。


 森原はそれらの話に非常に興味深く耳を傾けてくれたから、話甲斐はあった。気がつけば、午後9時を回っていた。


「ありがとう、山谷くん。とても興味深い話だったわ」

 そう言って、立ち上がってから、森原は、すでに寝息を立てて眠っていた林田を起こし、彼女を連れて、テントの方へ歩いて行った。



 残された俺は、最後の缶ビールを飲み干してから、焚火の始末をして、水場で歯を磨いてから、テントに戻った。


 寝袋に仰向けになってから、改めて思い直していた。

(秋田県、行くか)

 と。彼女たちに話をしているうちに、妙な「里心」がついてしまった。

 ある意味、これも賢い「森原」の戦略だったのかもしれない。


 正確には、阿仁は、現在、北秋田市になっている。つまり、俺の両親も祖父もその辺りに住んでいる。


 結果的には、バイクで北秋田市は「通る」ことになるだろうが、俺はせっかくなので、秋田県の有名なツーリングスポット、寒風山パノラマラインに行ってから、北の大地を目指そうと思い直していた。

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