お弁当
高校生の娘に弁当を手渡すと彼女は無言で受け取ってから靴を履き、バイクの鍵を取って玄関を出ていく。僕もそろそろ行かないとなと思い、仏壇に手を合わせて呟いた。
「今日も娘と僕を見守っててね」
仕事から帰ると娘は部屋に篭っていたが、弁当箱をテーブルに置いてあった。これを洗う時が一日の中で一番嬉しい。理由は単純だ。海苔で書いたメッセージを読んで、綺麗に食べてくれている事が分かるから。
たまには僕の方が先に帰っていることもある。そういう時は夕御飯は僕が作る。一緒に食べるが会話は一切ない。歳頃の娘だから仕方ないが、父としては話したいな、なんて思うのは普通だろうか……。
――初めの頃の僕は君の残したものを育てることでいっぱいだった。
ある日、娘の学校から連絡があった。仕事中で出ることが出来なかったその連絡は留守番電話に残されていた。
『こちら〇〇高等学校の佐藤と申します。娘さんの担任になります。申し上げにくいのですが先程、近くの警察署から学校の方に連絡があり、下校中に娘さんが事故に遭われたそうです……。私も状況を詳しくは伺ってはないのですが、総合病院にいらっしゃるそうです。私も今から向かうのでお父さんも来ていただきたいです。失礼します。』
留守番電話の内容は聞きたくないことだった。僕は仕事を途中で抜けさせてもらい、急いで病院に向かった。名前を言うと直ぐに案内された。
――あの時のように冷たい誰かを見るのは嫌だ。
嫌な予感が頭を駆け巡る。嗚呼、弱気になったらいけないのに。そう思っても一度考えると止まらない。鼓動が早くなる。そして、目を上げると。一般病棟だった。そこはヒンヤリとした霊安室ではなく、暖かみのある病室だった。ドアを開けて中へ入ると、眠っている彼女の横に学校の先生がいらっしゃった。
「あ、お父さんですね。先程ご連絡させていただいたのですが、娘さんは命に別状はなく直ぐに良くなるだろうとの事でした」
先程?と思い携帯の連絡を見ると一つ目の留守番電話の数分後にもう一つの留守番電話があった。
「あ、もう一つ留守番電が来てました……」
そう言って僕は安堵した。軽く挨拶をすると先生は学校に戻られた。僕も娘の入院の手続きをしないとなと思って、ふと荷物から弁当箱を取り出すと、ヒラリと何かがベッドの下に落ちてしまった。手を伸ばしてそれを拾って見ると、それはメッセージカードだった。そこには、こう書かれていた。
『いつも美味しい弁当をありがとう』
たった数文字の言葉に、僕は子供のように泣いてしまった。父親の威厳や、男としてのプライド。そんなものを全て失ってしまう程に涙が溢れて止まらなかった。そして、一つの謎が解けた。僕が先に家にいる時に娘がしばらく家に入ってこなかった理由だ。きっと娘は毎日カードを入れて、それを見せるのが照れくさくて隠していたのだろう。それがいじらしくて、可愛くて。また涙が止まらなくなってしまった。
仏壇の写真で笑顔の君がいる。娘の母で、僕の妻。君が亡くなって娘はこんなに成長したよ。弁当も、料理も娘の為に作ることはなくなって、手がかからなくなる度に涙が出てしまったよ。今日が父として最後の仕事なんだ。彼女を、娘を信頼のおける旦那さんの元へ送る為にバージンロードを歩いてくるね。
――君が残したものは。君が残した娘は健康で、僕が育てたとは思えない程良い子に育ったよ。君が見守ってくれたからだよ。いつもありがとう。これからもよろしくね。