エッセイを始めました
2020年1月26日
これは筆者が人生で初めて書くエッセイです。
ぶっちゃけて言えば、拙作を読んでほしいという下心で始めました。
ええ、そうです。あなたの読み間違いではありません。
話がちょっと飛びますが、皆さんはご自身のアカウントや作品をフォローされたとき、どう思いますか?
まず真っ先に、嬉しいと思いますよね。
そして、どんな人がフォローしたのか気になりませんか?
筆者は気になります。
気になって仕方ない筆者は、その人のアカウントを訪問して、どんな小説を書いているか眺めさせてもらいます。
今のところ、いつも、漏れなくそうしています。
まだカクヨムを始めて1週間も経っていませんが、カクヨムがフォローを通知し続ける限り、今後もそうするんだろうという確信があります。
ひょっとすると読者の皆さんの中には、小説一覧には目もくれず、まず近況ノートを見る人もいらっしゃるかもしれません。
そっちの方が賢明な判断という気もします。筆者自身、カクヨムを始めたその日に自己紹介と作品解説を近況ノートに書いたので。
ですが、筆者はいつも小説一覧からエッセイを探します。
その人の素の姿と文章を確認できて一石二鳥だからです。
あとね、正直なところを申しますと、カクヨムに登録しているからと言って、文字数が多い作品をいきなり読もうって思えるほど気力がみなぎってる訳ではないんですよ。
たしかに、筆者は受験生や社畜の方々に比べればかなりお気楽な人生を歩んでいます。
その自覚はあるんですが、それでも現代日本の住人ですから、筆者は慢性的に疲れています。
そもそも筆者が小説を読む動機の大半は「気分転換」です。
だから、小説の前に予感が欲しい訳です。
「この人はエッセイが面白くて文章もしっかりしているんだから、小説もきっと面白くて文章がしっかりしているに違いない」という予感です。
こうして書いてみると、身勝手な話です。
自分だって数万字超の長編ファンタジー1作しか書いていないっていうのにね(しかもまだ未完)。
それに、エッセイを読んでいると、エッセイは単なる気晴らしで普段は小説の方に本腰を入れている、という方もたくさんいらっしゃるんですけどね。
さて、筆者がエッセイを始めた理由、もうお分かりですね?
何らかのきっかけで筆者のアカウントを訪問した方の中には、長編ファンタジーをいきなり読むことに抵抗感を持つ方もきっといらっしゃるでしょう。
そういった疲れ気味な読者をつなぎとめるために、あらかじめエッセイを書いておこうという訳です。
我ながら、エッセイを書くにあたってここまで邪な動機を臆面もなく長々と語る輩はそうそういないでしょう。
とはいえ、世のエッセイには何かしらテーマがあるものです。
自分の随筆はただ何となくだらだら書いているだけだ、なんて言っていた偉人もいますが、それでも話や節ごとにテーマはある訳で、本当に筆者が頭に浮かぶことをそのまま書いてしまったら黒歴史ノートと変わりません。
(切実にね、このエッセイが筆者の新たな黒歴史にならないことを祈るばかりですよ。)
ここに至って、エッセイが面白い書き手さんというのは武器の多い人たちなんだと思い知ります(遅い)。
だって、筆者の人生経験を材料にして書いたら、生き恥のひとり暴露大会になるか、暗い話になるのが落ちですから。
嫌でしょう? こんなところに来てまで、いじめや失恋や偏頭痛の話を聞かされるの。
ということで、かなり無難なところですが、このエッセイの基軸は「カクヨム」にしたいと思います。
このエッセイは、小説投稿サイト初心者である筆者が、カクヨムという大海原に乗り出して、華麗な泳ぎ方を身に着けるまでのノンフィクション、になる……はず。
泳ぐのが嫌にならなければ。あるいは、溺れなければ。
※ちなみにこのエッセイ、読者の皆さんからの反応が芳しくない場合には、「新たな黒歴史」と認定して削除あるいは非表示にさせていただきます。
ご無沙汰しております、あじさいです。
長編小説『ダームガルス戦記』の更新が止まっており申し訳ありません。
実は自作の小説を更新できずにいる間も他人様の小説にお邪魔して色々痕跡を残していたのですが、そうはいってもマイページに更新がないままではさすがにまずいということで、カクヨムで過去に書いたエッセイをこちらにも引っ張ってくることにしました。
カクヨムの宣伝のような内容も多いですが、他と比べる中で「小説家になろう」の魅力について考えるきっかけにしていただければと思います。
※古い情報や勘違いも含まれていますので、くれぐれもご注意ください。