2章 何もない日
誤字脱字報告ありがとうございます。助かります。
社交界デビューの翌日、私はベッドからゆっくりと身体を起こした。
頬に当たる日の暖かさから、もう昼食にちょうどいい時間なのだろう。
「うっ……頭が痛い……………」
「よお。………起きたか。」
「うぅ……なんでレオはそんなにピンピンしてるのよ……お兄様は?」
「お前と同じ顔してた。」
声をかけてきたのはレオ。当然のように私が寝ている部屋に入ってきている。最初はメイドもフットマンも驚いていたが、今はもう諦めたようで何も言わなくなった。私も前世の記憶のおかげで恥ずかしいとは思わないので、咎めることはない。
私は、着替えるためにメイドを呼ぶと、昼食は家族3人で集まって食べるようにと指示がきていることを伝えられた。正直、二日酔いなので、胃に優しいものを用意してもらえるようお願いする。既に用意していた昼食は別室でレオに出すよう伝えると、お兄様と全く同じ指示だと笑われてしまった。レオが公爵家の残飯処理班と呼ばれる日は近いかもしれない。
私は、毒と同じでお酒にはかなり強い方だが、如何せん飲みすぎた。頭痛のせいで魔力操作もままならず、起きてから既に3回も転んでいる。見かねたフットマンのサジアが杖を用意してくれた。
食堂へ向かうと既にお父様とお兄様が席についていた。
レオの言った通り、お兄様も二日酔いのようでずっと下を向いている。私は自分の席について、お父様の挨拶を待った。
「さて、3人揃ったことだし、昼食にしよう。といっても、お前達は食欲がなさそうだがな。」
「いいえ、お父様。……いただきます。」
「……いただきます。」
お兄様がほとんど話さない。私よりもずっと二日酔いが酷そうだ。
昨日、パーティから帰ってきた後、お兄様は次の日が休みだというのでレオと3人で酒盛りをした。それはもう飲んで飲んで飲みまくった。朝まで飲んだ。お父様の秘蔵ワインをお兄様が盗んできたあたりから記憶が朧げだ。ただ、楽しくて仕方なかったことは覚えている。
お父様がゴホンッとわざとらしい咳払いをする。何か話したいことがあるのだろう。父親ながらとても分かりやすい。
「…昨日のパーティはどうだった?特にミリアはデビュタントだっただろう?今日は陛下にお会いする機会があるからその時に様子を伺おうとは思っているが、先にお前達の感想が知りたい。」
「……ミリアが多くの令息を射抜いてた。」
「……お兄様が多くの令嬢を射抜いておりました。」
「「………。」」
「………………。」
お兄様と私の声が重なり、私たちは顔を見合わせた。
二日酔いのせいで、眉間に皺が寄ったまま、睨み合うような形になる。
後ろで控えている使用人達はクスクスと笑っていた。
レノヴァティオ公爵家は由緒正しき家だが、お父様の人柄のおかげで使用人達との仲は悪くない。笑える時は笑ってもいいと、良くないと思ったら良くないと声をあげていいというルールを作ったのはお父様で、私たち兄妹もそれに倣っている。
いかにもな名前である公爵家執事長のセバスがお父様の隣に立ち、私たちの様子を見てから言った。
「これでは陛下に直接様子を聞いた方が早いでしょう。ライル様もお嬢様も二日酔いのようですし。…ただ、この分だと、陛下に聞かずとも王宮で噂を聞くことになりそうですね。」
「……そのようだな。はぁ、誰に似たのか……容姿はアリアだが、性格はどこからきたんだ。全く……」
「「…………。」」
そして昼食を取り終わり、魔力操作の練習をして1日を終えようとしていたが、夕食時に王宮から戻ってきたお父様に私たちは、1時間以上も説教されることになってしまった。
私は悪いことをしていないつもりだが、お父様曰く、目立ちすぎだとのこと。あと、私たち兄妹は、お父様の子ではないのではとうんざりするほど聞いたらしい。勿論、菫色の瞳は間違いなくお父様から遺伝したということは見れば分かる事実だが、今日一日揶揄われて大変だったとのことだった。
「揶揄われるのは親父の優しすぎる性格のせいでは」とお兄様が言ったばかりに、余計に説教が長くなってしまったのも原因だと言える。
そして、説教が終わり、就寝の準備に入っている時に、秘蔵ワインを大量に飲んでしまったことがバレ、また私たちは長い長い説教を食らうことになってしまった。
社交界デビューから1週間。
私はある1つのことに悩まされていた。目の前に置かれたものを眺めながら、メイドのシシリーに尋ねる。
「私…パーティであまりご令嬢と話さなかったのだけれど、どうしてこんなにお茶会の招待状が届くのかしら?」
「んー…私は分かる気もしますが……」
「どうして?」
「多分ですが、皆さまはライル様の話を聞きたいのだと思います。お嬢様といる時のライル様は…お優しい顔をしていらっしゃるので…そのせいかと。」
シシリーの話を聞いて納得した。確かにお兄様はモテる。それに、私たち兄妹はアカデミーに通っていないので、交流の機会が限られるのだ。
特に女性の場合、パーティで直接アプローチするか、知り合いに頼んで紹介してもらうしかない。というわけで、私をお茶会に誘って仲良くなってから紹介してもらおうという算段なのだろう。
そして、見て見ぬふりをしていた手紙の束を指差して、サジアが言った。
「見ないふりをしないでください。求婚状もこんなに届いておりますよ。あと、ライル様の下にもお嬢様を紹介してくれと何通か届いているようです。」
「結婚する気はないわ。それに、私の結婚は殿下が許さないでしょう。名前だけリストに残しておいて、あとは捨ててちょうだい。」
「かしこまりました。」
意外にもサジアは有能なフットマンだった。私と初めて会った時、私はサジア以外の仲間を皆殺しにしてしまったが、彼は、もう何とも思っていないらしい。元々、色んな職について生きてきたらしく、お兄様の暗殺も実入りが良かっただけとのことだった。
求婚状を見て、シシリーが痛いところをついてくる。
「それではお嬢様は、王太子様とご結婚なさるのですか?」
「それは……保留にしてもらっているの。責任のある立場につくことを出来れば避けたいのよ。ちょっと…事情があってね。ただ、殿下は納得していないのよね。」
「そう…なのですか。」
実際、陛下の行動を見るに、外堀を埋められている気はする。デビュタントは本当にあからさまだった。しかし、それでも私は殿下に頷くことが出来ない。私は、自分の身体のことを他人に告げる勇気がどうしても出なかった。
私は言葉を濁してしまったので、気を遣わせたのではないかとシシリーの魔力を見た。
しかし、予想に反して、シシリーは楽しいと感じてくれているようだった。もしかして、私と会話したかったのだろうか。
そういえばと私は思い出す。公爵邸に来てからも、魔力操作の練習や、リーナの件で外出も多かった。レオと一緒にいることも多く、こうやってシシリーとゆっくり話す機会がなかったように思う。
私は、折角ならとサジアにお茶の用意とナターシャを連れてきてくれるように頼んだ。シシリーとナターシャは仲が良かったと記憶しているので、3人でお茶会をするのはどうかと思ったのだ。
やってきたナターシャの魔力を見ても、提案を嬉しいと感じてくれているようだったので、誘って良かったと思った。
私たち3人は、外の風が当たるテラスでお茶会をすることにした。
サジアの用意したお菓子を食べながら談笑していると、ちょうど良い区切りでナターシャが「前から聞きたかったのですが」と前置きをして手をあげた。
「お嬢様は、レオ様と恋人なのでしょうか?」
「え?……恋人?」
「ナターシャ!それは聞きすぎよ。でも、私も気になっておりました。というか、使用人皆が気になっております。」
シシリーはナターシャを咎めるふりをして、結局咎めていない。前世でも、今世でも女子会には恋の話が必須と聞いたことがあったが、こういうことなのだろう。
ただ、私は2人が望む答えを持っていないことが少し残念だった。
「レオね。仲がいいし、距離が近い自覚はあるけれど、恋人じゃないわ。お互いそういう風に思ったことはないわね。事情は話せないけれど、私たちは一緒にいないといけないのよ。」
「事情………でもそれだと…王太子様が嫉妬されませんか?」
「そうですよ。以前、王太子様が来られた時、私たちから見ても、お嬢様を溺愛しているように見えました。」
「で、溺愛……そうね。私が殿下のお側にいるという約束はしたわ。…ただ、事情が事情だからレオとの関係は変えられないし、私としては納得してもらうほかないのだけれど…」
「その事情について、王太子様はご存知なのでしょうか?」
「…どういう事情なのかは伝えていないわ。私からは言ってはいけないことだから。」
「……お嬢様。流石にそれは…納得してもらうのは無理があるのではないでしょうか?」
ナターシャの発言に、シシリーもうんうんと頷いた。
しかし、私がレオといるのはギラとの約束だからどうすることもできない。それに、レオから離れて良いこともない。
ナターシャの発言にシシリーも続く。
「それに、お嬢様が王太子様を何とも思っていないのも問題だと思います。片想いは辛いですよ。」
「それは……お兄様も言っていたわね……」
お兄様もシシリーも同じことを言うのであれば、きっとそうなのだろう。
しかし、好きになれと言われて好きになることもできない。
私には、まだまだ答えが出せそうにない問いだった。
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