2章 新しい人生の幕開け
お待たせしました。
2章始まります。
「ん……」
重い瞼を持ち上げる。しかし、視界は変わらず、何も見えなかった。
そこで、視力を失っていたことを思い出す。
ぼーっとする頭で少しずつ思い出していく。何を失って、これからどう生きていくのか。何を覚悟したのか。
「ここは…どこかしら?」
目が見えないが、顔を動かして周りを確認しようとする。
自分がベッドで寝ていたことは感触でわかる。公爵邸に向かったのだから、自室に運ばれているものと思ったが、違うようだ。なんとなく、自室とは違う匂いがする。普段過ごしていない公爵邸の自室だが、自分の部屋くらいは匂いでなんとなく分かる。
私は魔力を巡らせた。
霧状に魔力を薄く広げて、部屋の大きさ、家具の位置、外につながる隙間を探す。
自室よりも広い部屋。知っている部屋ではなかった。つまり、ここは公爵邸ではない。
私は部屋の扉を見つけた。
扉の隙間から外に魔力を広げた。扉を守るように人が2人立っている。
佇まいが美しい2人。近衛兵だとすぐに分かった。となると、ここは王宮だ。
「なんで王宮に……私はどれくらい眠っていたのかしら……?」
殿下とお兄様の前で意識を失ったのは覚えている。
まだまだ伝えたいことも、聞きたいこともあったのに、疲労で倒れてしまった。
今、私が眠っていた部屋には誰もいないが、様子を見に、誰か来るはずだ。私は声を出して近衛兵を呼ぶことをせず、現状把握に努めた。
起きてから数時間。私はエルと会話をしていた。
エルは近くにいないが、エルと私の命は繋がっているので距離関係なく会話をすることができる。
エルによれば、私は2日間眠りっぱなしだったようだ。そして、レオが私のところに転移できないと、やきもきしているらしい。
この部屋には魔封じがされているようだった。
魔封じとは、字の通り、魔法を封じることができる。犯罪者を投獄する牢屋や、王との謁見の間で常時発動されている非常に高価な魔道具だった。
魔道具といっても、前世のゲームに出てくる便利なアイテムというわけではなく、魔獣から取れる魔石を簡単に改良したものに過ぎない。魔道具の効果は、魔獣が扱う魔法に由来する。
魔封じの魔法を扱う魔獣は数が少ない上に、とても強く、滅多に手に入れられる魔道具ではなかった。
「私にはあまり関係ないけれど……」
実は、魔封じには穴がある。それは魔法を封じることができるが、魔力自体を封じるわけではないということだ。つまり、魔力を操るだけなら問題ない。そして、この事実を知っているのは私くらいだろう。魔力自体を操るなんて私以外聞いたことがないからだ。
この部屋の魔封じは、おそらくレオ対策だ。レオは殿下の前で転移をしていた。レオの正体を殿下は知らない。知らない間に私が連れ去られないようにしているのだろう。不確定要素はできるだけ潰すのが定石だ。私が殿下の立場でも、同じことをしただろう。
扉をコンコンとノックする音が聞こえた。
私は、起きていることを知らせるために「はい、どうぞ。」と返事をする。
ノックの主はピタリと動きを止めた後、近衛兵に何かを伝え、ゆっくりと部屋に入ってきた。
そして、私の姿を確認したのか、すぐに急足で近付いてきて膝をついた。
「ミア……!!良かった……!!」
「殿下、心配をおかけして申し訳ございません。たっぷり睡眠をいただきましたので、もう大丈夫です。」
部屋に入ってきたのはアレクシル殿下だった。こんな状況でもお兄様との約束を守っているようで、近衛兵が部屋に入り、2人きりにならないようにしている。
「手に…触れても良いだろうか。」
「……はい、大丈夫です。」
殿下がゆっくりと私の右手を持ち上げて、両手で包み込んだ。冷たくて、剣だこがあるゴツゴツした手だった。見えないので触覚に頼りっぱなしになってしまう。男性の手の形をあまり気にしたことがなかったので、少し気恥ずかしい。
でも、目が見えない分、手に触れている方が話しやすかった。
「……。」
「……。」
殿下は私の手を握ったまま何も話さない。
エルの魔力では、殿下の表情や目線までは分からない。だからと言って殿下の魔力を直接確認するのも気が引ける。
気まずさに耐えきれず、私から殿下に話しかけようとした。
「殿……」
「ミア……すまない……私がっ……」
パタっと小さな何かが落ちる音がした。
殿下は私の右手をぎゅっと握りしめて離さない。しっかりと握りしめているが、震えている。
ーもしかして…泣いているの…?
殿下が泣いているとしたら、どう考えても私のせいだろう。
目の前で身体が崩れ、死んでいく。そんな姿を見せてしまったのだ。それが他人だったとしても心が傷んでしまうのは仕方がない。ましてや、私は殿下の番。私は彼を沢山傷つけてしまったはずだ。
私は殿下を受け入れたわけではないが、殿下を避ける理由も無くなってしまったに等しい。
そして、私には左手がなく、右手は殿下の手を握っている。こんな震えている手を離せるわけがない。
この涙は、私の責任だから…
「……ぇ…!!」
私は殿下の目元にキスをした。唇で涙を掬ってあげるように。
殿下の瞳の位置に自信がなかったが、殿下のまつ毛が唇に触れたので大丈夫だろう。そして、私から殿下に触れる分には問題ないはずだ。
私には、左手で殿下の涙を拭ってあげることができない。となると、私に使えるのは…と、消去法でこうなってしまった。
「〜〜〜っ!!」
「殿下、私のことで心を痛めないでください。謝らなければいけないのは私の方です。」
どうしたら、涙が止まるのだろうと必死に言葉を考える。
「私は…私の命を殿下やお兄様に背負わせてしまいました。だから……あら…?殿下?」
「……。」
殿下の涙が止まっている気がする。代わりに顔が熱くなっているような。私は殿下の体温を確認するために、自分の顔をさらに近付けようとした。
「ミア……!」
「……わ!」
私は殿下に右手を引っ張られ、バランスを崩し、殿下の肩に顔を押し付ける形になってしまった。
そして、そのまま殿下は私を抱きしめる。彼の心臓の音が、私の身体にまで響いてきた。
「その…ミア。そういうことはやめてくれ。必死で我慢している私が悲しくなってしまう。」
「我慢…?……あっ…………そ、そうでしたね……ごめんなさい。」
(手紙がずっと誠実だったから忘れていたわ。私は殿下の番。番とはどういうことか、レオがちゃんと教えてくれたのに…)
殿下が、私に触れないと約束してからもう5ヶ月になる。殿下は約束を守ってくれていた。あれだけ警戒していたのに、気付けば、この5ヶ月で私は警戒を解いてしまっていたようだ。まさか、自分から近付くような真似をしてしまうなんて。
私は殿下から離れようとしたが、反対に強く抱きしめられてしまう。
ここまできたら後の祭り。私から近付いてしまったのだから、殿下を非難するようなことは言えない。
「ミアは……あの者にもこのようなことを平気でするのか…?」
「……?……殿下、『あの』や『このような』と言われても……私には……」
「だから!……っ。…レオとかいう者にも、先ほど私にしたようなキスを平気でするのか?ミアの右手首の噛み跡。レオの歯形なんじゃないか?レオに連れ去られる前にはこのような跡はなかったはずだ。」
「………。」
「なんとか言ってくれ。もう……嫉妬で狂ってしまいそうなんだ。」
殿下は掠れた声で、消えていきそうな声で言った。私を抱きしめる力はさらに強くなる。
私は、我慢とはそういうことかと納得した。そしてこの状況、デジャビュだ。ただし、前と違うのは、私が冷静だということ。
気を失う前は、本心を殿下に伝えることに、ものすごく勇気がいったのに、伝えてしまえばこんなもの。いつか、私も殿下を焦がれるようになるのだろうか。私の中に、恋愛感情は生まれるのだろうか。
「殿下。」
「…なんだ。」
殿下は拗ねたように返事をする。私は殿下を宥めるように言った。
「レオは友達です。ただ、気を許せる相手なので、お互い大概のことを許してしまうんです。キスをされても、噛みつかれても、身体に穴を空けられても、内臓を破壊されても。」
「……ん?最後の方、なんだかおかしくなかったか?えっと……私の聞き間違いだろうか…?」
「ふふっ、いいえ。聞き間違いではありません。私とレオは、そういう友達です。つまり……色々と、やんちゃができる友達というわけです。レオと私の間に、恋愛感情はありません。」
「……それを信じていいのか?」
「勿論です。ただ…殿下も気付いておられると思いますが、レオは友達といっても、特別な友達です。関係を断つことはできません。これが、私が国に残る、1つ目の条件です。」
「…条件を承諾しなければ、ミアは国を出ていくということだな。」
「はい。」
気を失う前に、私はちゃんと条件があると言った。ギラとの約束。私を生かした意味。これを反故するわけにはいかない。ただ、詳しく説明することも今は難しい。ギラやレオ、ドラゴンのことを私はどこまで伝えても良いのか分からないのだから。
殿下は私の身体を離して、ベッドに座らせた。きちんと向き合って話し合うべきだと思ってくれたのだろう。
「レオの件は分かった。納得したわけではないが、理由があるのだろう。他の条件も先に聞いていいだろうか。」
「条件はあと1つ、フェレスとして今後も活動することを許してください。」
私の呪いは、ギラの魔石のおかげで弱まったけれど、影響がなくなったわけじゃない。私が死を招き寄せれば…フェレスとして盗賊や犯罪者を殺せば、呪いの影響はさらに弱まる。家族を死なせることは無くなるはずだ。
この2つの条件をクリアしなければ、私は国にいられない。
「……ひとまず、分かった。細かな調整はライルとも相談した上で決めよう。それが条件というのなら、私はのむしかないからな。」
「ありがとうございます。…嬉しい。」
殿下は優しい声で「そうか。」と呟いた。
本当は国を出て行きたくはなかった。大好きな家族と暮らしたかった。前世から叶えられなかったこと。それが叶えられる。こんなに嬉しいことはない。
「あの…殿下、私が倒れたのは公爵邸だと記憶しているのですが、ここは王宮ですよね?…よろしければ、私がいない間のことを教えていただけますか?お互い、聞きたいことも聞かせたいことも山ほどあるかと思います。」
「そう…だな。それなら一緒に夕食にしよう。ミアもお腹が空いているだろう。今、消化に良いものを準備させているところだ。っと、ちょうど到着したな。」
タイミングよく、メイドが食事を持って入室してきた。カートに乗っている物の大きさから、殿下の食事も用意されているようだ。最初から、ここで一緒に食事をする予定だったのだろう。
私は、殿下の業務量や忙しさなど、私と食事をしている時間があるのかと聞こうとした。しかし、状況を知らなければ行動のしようもない。今日は、殿下に甘えて、素直に食事の時間をいただくことにした。
読んでいただきありがとうございます。
章管理をしようと思ったのですが、よく分からず、色々とおかしなところがあると思いますが、お許しください。
2章からの更新頻度は、まだ決めていませんが、1月中はどんどん更新できたらと思いますので、よろしくお願いします。
次話以降も読んでいただけると嬉しいです。




