1章 最後の日3
更新日は水・金・日です。
「あれがミリアリア・レノヴァティオ?」
「噂と全然違うじゃん…」
「ポーションをあんなに飲んで…死ぬんじゃないか?」
「ライル様とそっくり……」
私は周りが何を言っているのか何も聞いていないし、聞こえていなかった。
お兄様の隣に立ち、右手の手のひらを傷口に当てる。
集中する。
お兄様の細胞を複製することに。
「………。」
どのくらい時間が経っただろうか。汗が頬を走り、ごくりと生唾を飲み込む。
ポーションを、用意された3分の1ほど飲んだ。まだ、お兄様の身体には目に見える変化はない。
しかし、出血は止まっている。
大丈夫。
ちゃんと修復している。
ポーションも血も足りない。
私はまた、自分の左腕を剣で切りつけ、血をお兄様に垂らした。
集中する。
鼻血が出ようが、頭の中でぶちぶちと何かが切れていようが、私はお兄様の身体に全神経を注いだ。
「え……?」
「傷が……回復している!?」
「こんな魔法見たことがない!!」
「お、おい!!ポーションをもっと飲みやすいように準備しろ!!」
「妹君の汗も誰か拭いてやれ!!」
「なんという集中力だ……」
お兄様の身体が僅かだが、複製されていく。筋肉に沿って少しずつ……。
私はもう慣れたが、苦手な人はこの光景を見て吐いてしまうだろう。ゲームの魔法のように光に包まれて傷が治るというわけではない。血の色を帯びた筋、ピンク色の肉、それらがうねうねと動いて修復されていっているのだから。
私の血もお兄様の身体に吸収されていく。
(このまま……このままいけば………うぅっ)
「!!ごふっ………あ……はっ……はっ……」
喉の奥からせり上がってきて、血を吐いた。口の中は血だらけなのに喉がカラカラだ、というより痛い。
そして、視界が段々と赤く染まっていく。袖で目をゴシゴシと拭いてまた集中する。
「お…おい!もうやめろ!!このままだと死んでしまう!!」
「目からも血が流れている!!聞こえないのか!!」
「でも……このまま止めれば、ライル様が……」
「……どうしたらいいんだ………」
「ミリアリア様に回復魔法は!?」
「回復魔法はかえって邪魔をしてしまいます!このまま見守るしか……」
「今のうちに回復魔法を使える者を集めろ!急げ!!」
私の知らないところで、皆がバタバタと走る。
私は、吐いた血ごと一緒にポーションを飲んだ。なんだか周りが騒がしい。しかし、ポーションを飲むために途切れた集中力を私はまた、修復魔法にむける。
脇腹は修復した。あとは腕。
ーブツッ……プチッ……
ぶちぶちと鳴る音は頭だけではなく、自分の身体からも聞こえるようになった。力が入らなくなってきている。
私の足は身体を支え切れなくなり、崩れ落ちる。
その瞬間、門を通してくれた騎士が私の身体を支えて椅子に座らせてくれた。しかし、椅子に座っても身体を支え切れない。身体が傾いていってしまう。騎士は制服を脱いで、私の上半身を包んでくれた。
「……ありがとう。」
「っ!………いえ、こんなことしか……」
私は再度、集中し直し、お兄様の腕の形を創り上げる。私をいつも撫でてくれた手。その形を私が忘れるはずがない。
お兄様の指先。綺麗な爪の形。
代わりに私の手は皮膚が陥没し始め、ぼろぼろになっていった。
私はどうせ国を去る身だ。生きていても生きていなくても関係ない。ならば、お兄様が生きていたほうが皆のためになる。殿下には申し訳ないけれど、私のことは忘れて欲しい。
(文通相手は…これでおしまいね…)
ポーションの影響で私の身体は崩壊していった。しかし、私の命をかけた甲斐があった。
目の前に横たわるお兄様を眺める。
前世では成しえなかったことを成した。私の大切な人、家族の命を救った。
もうこれだけで満足に死ねる。嬉しくて嬉しくて涙が止まらなかった。
「もう…充分ね。」
ここまでいけば、後は治癒で大丈夫だろう。
私は自分の身体に修復魔法をかけ、歩けるように、話せるように回復させる。お兄様の身体とは違い、私の身体は何度も修復してきた。使用する魔力量は変わらないが、ある程度ならすぐに元に戻せる。
しかし、ポーションを大量に飲んだ代償までは治らない。きっと私の身体は、また崩壊を始めるのだろう。
「…あとは治癒でなんとかなります。お兄様が目を覚ますまで、お願いします。」
「公女様も回復魔法を……」
医務室に来たときにこんなにたくさんの人がいただろうか。10人程度だったはずだが、今は20人くらい私の周りにいる。私のことを心配している者、私を見て怯えている者、それぞれだった。
「私はポーションを飲んだ代償で、もう少しで死ぬでしょう。私に回復魔法は必要ありません。それより……私を今すぐレギイラ侯爵の下へ連れていってください。私の身体が動くうちに……お願いします。」
「もう動かないでください!!」
「回復魔法をかけるのでこちらに!!」
皆、私の言葉に抵抗する。しかし、私の身体は私が1番分かっている。
折角、修復させた身体が、また、ぶちぶちと鳴り始めた。もう時間がない。生きているうちに、私は、私を余すことなく使い切るしか、もう出来ることはないというのに。
人をかき分けて医務室を出て行きたいが、そんな力は私にはない。
(どうしたらいいの……)
私は下を向いて、何も考えられなくなった。皆が私に向かって何か言っているが、頭に入ってこない。しかし、一際大きな、凛とした声が耳に届いた。
「私が…私が!連れて行きます!!……お身体失礼します。つかまってください。」
門を通してくれた騎士は、私の身体をお姫様のように優しく抱き上げて、人をかき分けて医務室を出る。この手は、修復魔法の時、私の汗や流した血をずっと拭いてくれた優しい手だ。
「最期まで……お供します。ミリアリア様。」
「……ええ。…ありがとう。」
彼の顔を初めてちゃんと見上げる。彼は泣いていた。涙が私の頬に落ちて流れていく。
(ああ……子どもの頃、王宮で茂みに隠れていた私を見逃してくれた、あの時の……)
お父様に嫌々連れてこられた王宮で、貴族から逃げ回っていた頃、魔力も尽きて、なす術もなく、茂みに私は隠れていた。その時に会った若い騎士が彼だった。確か名前は……
「貴方……オズルトだったかしら。あの時も…今日も…ありがとう。」
「!!覚えていてくれて……お礼を言うのは私の方です。……もう少しで着きます。」
騎士は私に振動を与えない速度で走ってくれた。私は自分の袖を見る。
(今日の、服装は赤色だったかしら…?…赤はあまり着ないはずなのに……どうし…あ……これは私の血なのね……)
身体の中だけではなく、皮膚もあちこち切れてしまっているのだろう。服が血で滲んで赤く染まっていた。
目線を服から、進行方向に向ける。レギイラ侯爵と、今にも掴みかかろうとする殿下、そしてセジル様がいた。
今、殿下は事態の収拾のため、1番忙しいはずなのに、レギイラ侯爵の前にいる。レギイラ侯爵が捕まっていないということは、お兄様を傷付けた証拠がないのだろう。
殿下は、レギイラ侯爵を問い詰めているといったところだろうか。
しかし、もうそんなことはしなくてもいい。私がいるのだから。
私は持ってきていたポーションを飲んで、再度修復魔法をかける。これで身体の崩壊スピードが上がってしまうが、しばらくまた1人で動けるはずだ。
オズルトに頼んで、立たせてもらう。
私は、つかつかとレギイラ侯爵に歩み寄り、レギイラ侯爵の口元を覆うように左手で掴み、思い切り壁に追いやった。
といっても、私にはレギイラ侯爵を痛めつけるほどの力はもう残っていなかったが。
「うっ!…だ…れだ……?な、なに……を……」
レギイラ侯爵は私に口を抑えられているため、上手く話せない。血だらけの私が急に無礼な真似をするのは怖いだろう。
殿下は急に現れた私に驚く。この姿で会うのは初めてだ。殿下には私の正体は伝えていない。しかし、この姿を見せれば流石に分かるだろう。
「ミ、ミア…なのか……?」
「ええ。殿下にはまだやっていただきたいことがございます。少々そこでお待ちいただけますか?」
「その血……大丈夫なのか!?」
申し訳ないが、殿下の問いは無視した。
本当に時間がないのだ。
左手は、私がお兄様に血を分けるために切りつけている。その血は、私の手のひらまでべっとりと付いてた。
つまり、これで大量の血がレギイラ侯爵の体内に入るということだ。
(…先程の修復魔法に比べれば、記憶くらい簡単に読み取れるわ。)
私の血が、レギイラ侯爵に浸透していく。
これが、私の最期の使い道。
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