1章 王太子の悩み2
本日1話更新です。
横になることで少しマシになってきた身体を起こす。
それでもまだ感情が乱れている私は、髪色をブロンドから黒髪に変え、服装を下っ端の騎士のような格好にして、誰にもバレないように町に降りていった。気を遣わずにやりたいようにして、乱れた感情や欲望を一つ一つ片付けるためだ。
大衆食堂で大量に食べ、大量に吐き、高級娼館で女性を抱き、ガラの悪い者たちと喧嘩をして憂さ晴らしをする。こうやって毎日をなんとか過ごしていたが、今日は違った。
喧嘩が始まった時に、身体が思うように動かなくなった。だんだんと状況が悪化していることはわかっていたが、よりにもよってこんな時に…苦しくて動けない。その隙を見逃さず、相手に思い切り殴られる。いつもは私が殴っているから、仕返しのように殴られ蹴られる。最後には刃物で脇腹を刺されてしまった。
「ぐうぅ…」
「こいつ思ったより鍛えてやがる。おらっ!」
もう一度刺される。大量の血が吹き出して、足下が赤くなっていった。これ以上は流石にまずいと思ったのか、私を残して、皆逃げるように去っていった。
この身体は頑丈だ。おそらく死にはしないだろうが…品行方正完全無欠の王太子が聞いて呆れる…無事に帰れば、もう適当に令嬢を選んで儀式をしてしまおう。本当に限界だ。私の番、見つけることが出来なかった。悔しいがそれが現実だ。
(セジルには怒られるだろうな…ライルはこんな私の状況を笑ったあと、やっぱり怒るのだろう。心配してくれていたのに、申し訳ない。)
無事に帰った後のことを考えながら、そうして私は意識を手放した。
…
…
…
(…誰かに…治療されている…?)
(………だ…れだ…?)
まだ意識が朦朧としている中、重い瞼を薄く開く。ここがどこなのか分からない。しかし、そんなことはどうでもいいと思ってしまった。それ以上に気になってしまった。
…目の前の人に。
そこには、月明かりに照らされた長い黒髪の美しい女性がいた。彼女は月明かりに照らされた外を見ているようで、こちらには気付いていないようだった。
ほんの少しの間の出来事だったが、妙に彼女の姿が目に焼き付いた。昔から知っていたような、初めて会ったはずなのに忘れがたいような、不思議な感覚だ。
(だ…れ…?)
しかし、意識は一瞬浮上しただけで、すぐに深い深い沼に沈んでいった。
…
…
私は王城の自室で目が覚めた。
すぐに身体を起こし、状況を確認する。刺されたはずの身体は傷跡ひとつ残っていない。相当レベルが高い回復魔法が使われたようだった。普通は傷跡が残るか、違和感があるはずだが、昨日のことが夢だったかのように治っている。そして1番驚いたのが…体調が良くなっていた。あんなに苦しんでいたのに。あんなに悩んで自暴自棄になっていたのに。あんなに先祖返りとして生まれた自分を恨んでいたのに。
息がしやすい。思考を遮るものがない。身体が軽い。
「どういうことだ…?」
「それは私がお聞きしたいですね。」
部屋の隅から返答が返ってきた。
「セジル…すまないが教えてほしい。私は何故ここにいるんだ…?私の身体に何をした?君が知っている事の顛末を教えてほしい。」
「…今日の早朝、偶然私が殿下を発見しました。王宮の秘密通路の近くで変装して眠っておられたので、勝手ながら殿下の自室に運ばせていただきました。私は身体に何もしていません。私の方こそ服装が血だらけで本当に焦りましたよ。昨日の夜、何があったのでしょうか。」
「君が私を見つけた時には、すでに傷がなかったということか?」
「…はい」
(どういうことだ?なぜ傷がない?いや、でも血だらけだったということは、確かに傷があったんだ。誰かが治した?…誰が…?)
「殿下!私にも説明してください。昨日の夜、何があったのですか!」
セジルの焦った声に少し驚いた。自分のことで頭がいっぱいでセジルの問いに応えていなかったようだ。
「…あ、あぁ…すまない。説明するよ。」
こうして、昨日の出来事をセジルに話した。ここ最近特に身体の調子が悪く限界だったこと。自暴自棄になり、最終的には刺されたこと。そして、なぜか今は傷がなく、身体の調子も良くなっていることを全て説明した。本当は黙っていたかったが、ここまできて、話さないのはセジルに対して信頼していないということになる。
「そういえば…女性を見た…」
「女性ですか…?」
「あぁ…一瞬のことだったが、一度目が覚めて、とても美しい女性を見た……そうだ!その時に治療してくれたのは彼女なのかと思ったのだった。長い黒髪の美しい女性だった!」
思い出した!という風に語る。おそらく彼女が私の傷を治療したのだろう。そしてこの身体の調子の良さの原因も彼女にあるに違いない。
「…その女性が治療をしたということですか。…そして放置されたと。」
「………。…そういうことになるね。できれば彼女にもう一度会いたい。会わなければいけない。そんな気がする。」
なぜ治療したのか。なぜ身体の調子が良くなっているのか。彼女は何者なのか。………なぜ放置したのか。
「とりあえず、彼女を探す前に、確認いただきたい書類が多くあります。また、ライル殿が本日から2週間ほど、領地に戻られますので、まとめて目を通していただきたい書類も預かっております。」
どさっとセジルが近くの机に書類を置いた。しかも、これはほんの一部だそうで、大部分は執務室の机の上にすでに用意されているらしい。ライルは宰相補佐官であるが、実際には宰相の補佐が半分、私の業務の補佐が半分というところだ。口は悪いが、有能でないと業務の掛け持ちなんて出来ない。しかも、宰相補佐官なんて掛け持ちしてできる業務じゃない。そんな中で、レノヴァティオ公爵領の管理までやっているのだから、驚愕を通り越して呆れてしまう。本人曰く、有能な部下がいるからとのことだが、部下がいくら優秀でも流石に限度というものがある。そんな彼は、こうしてたまに業務を先に終わらせて、領地に戻るのだ。
「この書類は…企画書だな。ギルドの管理と商人の管理を一括して行なった場合の報告書だな。いつ管理について調べたんだ…しかも実際に行った実験に基づく結果のようだ。」
「ライル殿のおかげで、黒髪の女性を探しに行くのはしばらくは出来そうにないですね。」
「一週間で片付けるよ。彼女のおかげで調子も良いからね。」
無事に帰れたら、適当な女性を伴侶にすると言っていた自分のことは、どこかに置いてきてしまったらしい。とにかく今は業務を終わらせて、彼女に会いに行くことを考えていた。
(ここまで彼女について気になってしまうなんて…もしかして…)
そして一週間後、私は求めていた女性を見つけた。
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