1章 ガイナス・セレリィブルグ1
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「ん……。」
重たい瞼を少しずつ持ち上げる。
見慣れない…天蓋あった。
(え……天蓋?)
意識が覚醒する。普段寝ているベッドは平民用なので、天蓋なんて付いていない。
(私…何を……ん?)
何をしていたのか思い出すため、自分の額に手を当て
ようとした。しかし、私の左手を掴んでいる人物がいることに気付く。
「……殿下?」
「…ミア。気がついたのか。」
殿下は私の手を握った状態で、ベッドの脇にいた。いつからいたのだろうか。私は会話をするため、身体を起こそうとした。
「あまり、無理はしないでほしい。」
「いいえ。もう大丈夫ですよ。…あの…手を…」
身体を起こすのに、ベッドに手をつこうと思ったが、離してくれなかった。仕方なく、右手をつき、身体を起こす。
「まだ…握っていてもいいだろうか。」
殿下は相当心配しているようだ。私の手を離すつもりはないらしく、指を交互に重ねるように握りなおされた。
コンコンッ
「失礼いたします。」
男性が入ってきた。眼鏡に黒髪、どことなくオズリオ様と似ている顔立ち。
(…セジル・ワーナード様ね。)
「あまりにしつこいと嫌われますよ。」
「…。」
セジル様は、殿下と私が繋いでいる手を見て言ったのだろう。殿下は、聞こえているようだが返事をしない。
「お目覚めになられたのですね。ここがどこだか分かりますか?」
「え…と……」
セジル様は私に視線を向けて問う。殿下に対して呆れているようだった。私は、天蓋付きのベッドに、セジル様がいる時点で、王宮だろうと予想はついている。しかし、気を失う前に何があったのか、思い出してから…発言した。
「…ここは王宮、ですね。」
殿下もセジル様も少しだが、驚いた表情をした。王宮に連れてこられた時点で、ある程度の身元が割れてしまうと思った方がいい。それならば、全てに嘘をつくよりも、どこまで真実を開示するかを決めておき、それに沿った嘘と真実を最初から発言するべきだ。それに、起きた時に、私は「殿下」と発言してしまったはずだ。
「そうです。王宮の客室の1つです。平民の貴女を隠すために、この部屋に匿っている状況です。」
「そうですか。」
「ミア、すまない。…すまなかった。」
殿下が私に謝る。しかし、反対に力強く手を握る。気を失う前に私にしたことに対して謝っているのか、今の状況に対して謝っているのか分からないが、手を離さないということは、私を自由にしてくれる気はないようだ。殿下の感情には、喜びが混じっている。今の状況にある程度の満足感を得ているのだろう。難儀な方だ。
「肩は治療させていただきました。服も血が滲んでいたので、こちらで代わりのものを用意します。」
「はい。ありがとうございます。」
セジル様は、殿下が私の肩の傷について謝っていると思ったのだろう。そういえば、服は着替えさせられており、眼鏡もそばかすの化粧もない。髪も解かれているが、黒髪のままなので、瞳も黒褐色のままだろう。私がミリアリア・レノヴァティオであるということはおそらくバレていない。
「私はどのくらい眠っていましたか?」
「丸一日です。」
セジル様は淡々と答える。前回に比べて、1日で済んだことに安心した。1日しか経っていないのであれば、お父様の耳には入っていないはずだ。他の貴族の耳にも入っていないだろう。ただ、私にとってこの状況は最悪だった。
「ベッド、ありがとうございました。…もう帰ります。」
「いいえ。貴女は帰れません。」
「…。」
(やっぱり無理よね…殿下に連れてこられたとしても、私は王宮への侵入者だもの。)
「貴女には身元保証人がいません。貴女は、貴女を証明しなければ、罪人と変わりありません。」
「セジル!その言い方は…!」
「私は事実を言っています。それが私の役目ですから。彼女が悪くないことは分かっていますよ。」
「…っ!」
やはり、殿下の周りには有能な方が多いようだ。私の前では色々と問題のある殿下だが、世間からは品行方正、完全無欠の王子様と言われており、その評価は正しい。お兄様曰く、殿下は責任を絶対に手放さず、誰かのせいにすることもなく、責任を負う。その代わりに部下には自由に行動させる。部下が失敗すれば、失敗を挽回するためにまた行動させる。そうやって殿下は周りからの評価を得てきたらしい。そんな殿下を支えるためにいるのがセジル様なのだろう。殿下が理想を謳うなら、セジル様は事実を提示する役割を担っていると思われる。
(セジル様は、私に非がないとおっしゃるけれど、私の行動にも問題があったわね。)
私は自分の行動を思い返した。
想い人が何日もずっと別の男性と過ごしていたらどう思うだろうか。そして、実際はドラゴンの血を飲まされたが、周りから見れば、キスをしたと思われたはずだ。それに、私は番で、唯一無二の存在。番が私になってしまったのは、決して殿下のせいではない。強いて言うなら、いるかどうかも分からないが神様のせいである。
「私の行動が招いた結果です。…事実は変えられません。」
「ミア…」
殿下の感情が膨らむ。私が王宮に捕らえられることを嬉しく思っているようだ。なぜ、王族は番に振り回されなければならないのだろう。ドラゴンならまだしも、人間に番なんて仕組みを残した神様が恨めしい。神様がいるかどうかも分からないが。
「ですが、ここに留まるつもりもありま…」
「何をしている?」
深い、頭に響くような声がセジル様の後ろから聞こえた。
「陛下!?」
「父上!?」
ガイナス・セレリィブルグ陛下。殿下のお父上であり、この国の国王である。護衛騎士も付けず、こんなところに来ていい方ではない。いつのまに入ってきたのだろう。
殿下とセジル様は立ち上がり、頭を下げる。私はベッドの上にいるので、そのまま頭を下げた。この場で、発言できるのは殿下であるので、セジル様と私は頭を下げたままだが、殿下は顔を上げて陛下の質問に答える。
「…私の友人に客室を提供し、今後について話をしておりました。」
私は殿下の友人と紹介された。私のことはセジル様とお兄様に内々で話しているだけのはずなので、妥当な紹介だった。想い人なんて紹介されたらどうしようと思ったが、流石に陛下の前では冷静になれるようで、束の間の安心を得る。しかし、相手は陛下だ。簡単に引き下がってくれる方ではない。私は、この方がものすごく苦手だった。
「ほぅ。友人というのは、そこにいるミアのことか?」
「なっ…父上はミアのことをご存知なのですか!?」
「ああ。よく知っている。」
殿下が驚愕の声を上げる。セジル様も顔は見えないが、感情が揺れ動いていた。普通ならば、平民が国王と知り合いであるはずがない。しかも、親子ほどの歳の差であれば尚更である。
(…やっぱり私のことをバラしたわね。あの魔法契約はなんだったのかしら…)
陛下は視線を私に向ける。私に発言させる気のようだ。
「…ミア、顔を上げよ。」
「はい。」
素直に顔を上げて、陛下を見据える。金髪に琥珀眼で整った顔立ちをしており、美しく揃えた髭を生やしている。さすが親子というべきか、2人はそっくりだった。殿下も将来は陛下のような顔立ちになるのだろう。
「久しぶりだな。5年ぶりか?」
「お久しぶりでございます。直接、お話をさせていただくのは5年ぶりでございます。」
陛下の感情は…面白がっているようだ。
「ミア、状況を説明しなさい。…分かっているな。」
「……はい。」
私は小さく息を吐いた。私は、5年前に結んだ魔法契約のせいで、陛下の質問には嘘をつくことが出来ない。だから、慎重に言葉を選ばなければならない。
「昨日、殿下によって王宮に転移いたしました。その後、私は意識を失い、今起きた次第でございます。」
陛下と私が知り合いという時点で、私がアシル様の正体を知っているということは些細な問題でしかない。どうやって帰ろうか色々考えていたことが、陛下のせいで全て無駄になってしまった。
「転移したのは、ミアの意思ではないのだろう。お前が王宮に寄り付くはずがないからな。」
「……はい。」
陛下は魔法契約を盾に、私に回答させ、真実を得ようとする。私は背中に冷たい汗を流した。
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