1章 新人メイドの失態(番外編)
今回は番外編です。
「シシリー!お嬢様の部屋の掃除をお願い。」
「はい!」
レノヴァティオ公爵家に来て、もう1ヶ月になる。メイドの仕事は初めてで分からないことばかりだったが、先輩メイドに指導してもらいながら、やっと仕事に慣れてきた頃だった。
私はローレン男爵家の次女として生まれた。お父様もお母様も、とても優しい方で、私は2人のことが大好きだった。ただ、お人好しすぎる性格のせいでローレン家の資金繰りは厳しくなる一方だった。お姉様の結婚支度金は何とか用意できたが、私や弟2人のための資金はない。そのため、私は働きに出ることになった。幸運だったのは、お父様の性格のおかげで縁ができた、レノヴァティオ公爵家のメイドの仕事を貰うことができたことだった。レノヴァティオ公爵家はこの王国の貴族の中で圧倒的な権力を持っている。そんな公爵家のメイドは女性達の憧れの仕事でもあった。
「シシリー!部屋の掃除は終わった?」
「はい。終わりました。次は何をすれば良いでしょうか。」
「そうね…そういえば、あなたここに来てもうすぐ1ヶ月よね?」
「はい。」
「まだ、お茶の用意や支度の手伝いはしたことなかったわよね?」
「はい。」
「それじゃあ、明日、ミリアリアお嬢様がいらっしゃるからお嬢様のお世話をお願いするわ。」
「はぃ…え、え!?…わ、私がですか…?」
そのまま同じように返事をしようとしたが…聞き間違いかもしれない。
「ええ、そうよ。新人メイドは皆、お嬢様のお世話を最初に経験するのよ。お嬢様は明日の早朝にいらっしゃるから、それまでにお茶の用意や支度の手伝いの方法を学んでおきなさい。…あ、ちょうどよかったわ。ナターシャ!」
メイド長は、偶然近くを通った先輩メイドのナターシャを呼びかける。
「はい。なんでしょうか?」
「明日、お嬢様が早朝からいらっしゃるわ。シシリーにお嬢様の世話係について教えてあげてくれる?」
「分かりました。」
「頼むわね。明日に備えて、2人とも今日の仕事は上がっていいわ。よろしくね。」
「「はい。」」
メイド長は私達をおいて次の仕事に向かった。私とナターシャは顔を見合わせる。ナターシャはとても嬉しそうな表情をしていた。
「ナ、ナターシ…」
「シシリー!明日、お嬢様の世話係をするのね!羨ましいわ!大丈夫、私が明日までにみっちり指導してあげる!」
「へ!?…う、羨ましいの?」
「もちろんよ!って…そういえば、シシリーはまだミリアリア様に会ったことがないんだっけ?」
「うん。その…あまりいい噂を聞いたことがないんだけど…」
レノヴァティオ公爵家の令嬢の噂は色々流れているが、どれもいい噂とは言えなかった。とても醜い顔をしているだとか、傲慢だとか…ただ、どの噂も噂でしかなく、ミリアリア様に会ったという話も聞いたことがなかった。ここのメイドになればミリアリア様に会えると思っていたが、この屋敷に彼女は住んでいなかった。
「とにかく、会えばどんな方か分かるわ。でも、公爵家以外の人にミリアリア様のことを聞かれても、噂以上のことは言ってはダメよ。」
「ええ。それは分かってるわ。ここのメイドになる時に、散々注意されたんだもの。」
「分かってるならいいのよ。それじゃあ、まずはお茶の用意から教えるわ。行きましょう。」
「はい。」
そうして、付け焼き刃ではあるが、一通りの世話係としての仕事をナターシャから教わった。しかし、ミリアリア様については、ほとんど教えてくれなかった。基本的には公爵邸内でもライル様やミリアリア様について噂することは良くないとされているらしい。今までメイドの仕事を覚えることで精一杯だったので、気にしていなかったが、今後はレノヴァティオ公爵家内のルールについても気を付けた方がいいとナターシャに教わった。
…
私はミリアリア様の自室の前に立っていた。
(こ、この部屋にお嬢様がいらっしゃるのね…緊張するけど、気負う必要はないってメイド長もナターシャも言ってたし…頑張れ私!)
「失礼いたします。」
「どうぞ。」
ミリアリア様の部屋に入室する。目の前にはワンピースを着た、銀髪に菫色の瞳をした美しい女性がいた。
(え、嘘!?ライル様とそっくり…というか、醜いってどういうこと!?全然違うじゃない!!こんな美しい女性見たことないわ…)
あまりの美貌に驚きすぎて頭が真っ白になってしまった。せっかくナターシャに世話係業務を教わったのに何も出てこない。
(と、とりあえず何をしたらいいんだっけ…ど、どどどうしよう…)
何も分からなくなってしまった。今の私にできることはミリアリア様を見るだけ……
(ワンピース…そうだ!着替えよ!!)
「お嬢様。本日は屋敷で過ごされるようですので、お着替えをいたしましょう。」
何とか世話係業務を1つ思い出し、ミリアリア様の着替えの手伝いと、ついでにお化粧を施す。傲慢という噂を聞いていたので、文句を言われたらどうしようと思っていたが、全くそんな事はなかった。むしろ、入室後に「本日、ミリアリア様のお世話をさせていただくシシリーと申します。よろしくお願い致します。」と名乗るべきだったのに私を咎める事もなく、私の名前を聞いて、呼んでいただけた。性格が悪いと誰が言ったのだろうか。
その後、ミリアリア様は書斎に行かれたので、私は紅茶の用意に取り掛かった。せっかくなので美味しい紅茶を飲んでいただきたいと思い、気持ちを込めて丁寧に準備した。
(かなり時間が経ったけど、お戻りにならないわ…もしかして…書斎でそのまま本を読んでいるのかもしれないわ。)
私は準備した紅茶をワゴンと共に、書斎へ運んだ。
…
(えぇ…もしかして…あの方はオズリオ様!?)
書斎には、ミリアリア様だけではなく、オズリオ様もいた。以前、社交パーティーに出席した時にお姿を見たことがあったので、目の前の男性がオズリオ様だと分かった、というより分かってしまった。知らない男性であれば、そこまで緊張せずに済んだかもしれないが…もう既に手の震えが止まらない。
(まさかオズリオ様がいらしてるなんて…事前の連絡は…なかったわ…と、ととりあえず紅茶の準備を…)
手が震える。緊張する。さらに手が震える。さらに緊張する。
(も、もう無理………ああ!!)
ガチャンッ
私は、紅茶をオズリオ様…ではなくミリアリア様にかけてしまった。熱い紅茶をミリアリア様に。
「すぐに冷えた布を持ってまいります!」
(どうしよう、どうしよう、どうしよう…)
私は涙を堪えることが出来ずに、ぼろぼろと泣きながら布を準備して書斎へ戻るために走った。
「ん?おーい、そこのメイド!どうした?」
「あ…ライル様…」
途中でミリアリア様の兄であるライル様に会った。噂ではライル様とミリアリア様は相当仲が悪いらしい。ただ、もう自分では失態を抱えきれなかったので、ライル様に何があったのか全て白状した。
「ふーん。まぁ大丈夫だろ。布は代わりに持っていくわ。休んでていいぞ。」
ライル様は私を責めることなく、布を持って書斎に向かってしまった。私は何をしているのだろう。仕事を失敗し、その尻拭いをライル様に任せて…私は泣いてるだけ。でも、何かすべきなのに何も出来ない…私は公爵邸の離れにある使用人たちの住まい…自室に閉じこもった。
何時間泣いているのだろう。メイド長に報告に行くべきなのにそれすら出来ていない。こんなメイドを雇ってもらえるわけがない。今日で辞めさせられるだろう。
コンコンッ
「…はい。」
誰かが、扉をノックする。メイド長か、ナターシャか…私は辞める覚悟を決めて扉を開けた。
「こんにちは。」
「え!?お嬢様!?」
ミリアリア様がいた。
「シシリー、さっきはごめんなさい。そしてありがとう。シシリーのお茶が飲めなくて残念だったけれど、オズリオ様が急にいらっしゃって私も困ってたの。シシリーが来てくれて助かったわ。」
「あ…あ、あの…でも私、熱い紅茶をかけてしまって…本当に申し訳ございませんでした!!」
私は扉の前で土下座をした。今の私にできることは土下座をして謝ることくらいだ。涙は止まることなく、さらに溢れてくる。
「私は大丈夫よ。あんなの私にとっては怪我のうちにも入らないわ。それに、誰にでも失敗はある。次から気を付ければいいのよ。さぁ、立って。私、シシリーのお茶をとても楽しみにしていたのよ。いつまで私は焦らされればいいのかしら。」
「あ、あの…」
「今日は、シシリーが私の世話係でしょう?まだ今日は終わっていないわ。」
ミリアリア様は床に膝をついて私に声をかけてくれただけではなく、手を引いて立たせてくれた。こんな…お優しい方に私ができることは…
「は、はい。すぐに紅茶の準備を致します!」
「ええ。部屋で待っているわ。」
ミリアリア様は私を見て、とても美しく柔らかい表情で微笑んだ。
…
業務が終わり、ミリアリア様は公爵邸を出ていかれた。その後、私はメイド長に呼ばれ、当たり前だがこってりしぼられた。でも、誰も私に「辞めろ」とは言わず、代わりに「次から気を付けるように」と言った。
「シシリー、世話係どうだった?ミリアリア様はとてもお優しいから粗相をしても咎めたりしないのよ。だから、新人メイドが世話係を担当するそうよ。」
ナターシャが就寝前に私に問いかける。
「そうだったんだ…色々あったけど、ミリアリア様はとても素敵な方だったわ。……私…メイドの仕事をもっと頑張るわ!!少しでもミリアリア様の役に立ちたいもの!」
「ふふっ!私と同じね!!一緒に頑張ろう!」
「ええ!!」
漠然とメイドの仕事をしていたけれど、この仕事に就くことができて本当に良かったと思う。私は、明日からもっと気合を入れて頑張ろうと決意して1日を終えた。
読んでいただきありがとうございます。
次話以降も読んでいただけると嬉しいです。
次話はミリア視点の本編に戻ります。




