1章 レノヴァティオ公爵家1
本日1話更新です。
殿下を拾ってから1ヶ月が経った。結局ギラには会えていない。1度会いに行ったが、残念ながら不在だった。
「ただいま戻りました。」
今日はレノヴァティオ公爵家に顔を出す日。いつもは夕方に来て皆で食事をして、一泊するのだが、今回は朝から公爵家に来ていた。お父様から話があるとのことで呼び出しを受けていたためだ。流石に、お父様にお会いするためミリアリア・レノヴァティオの姿に戻っている。お兄様と同じ銀髪に菫色の瞳なので、私を知らない人が私を見ても、すぐにレノヴァティオ公爵令嬢と分かってしまう。
そして、私の目の前には座って腕を組んでいるお父様、レノヴァティオ公爵であるエリオス・レノヴァティオがいる。髪色は枯葉色で瞳は私と同じ菫色をしている。上の下ほどの顔立ちで、お兄様と私の父親としてはあまりパッとしない見た目をしている。私たち兄妹の顔立ちと髪色は亡くなったお母様譲りだった。
「戻ったかミリア。元気そうで何よりだ。」
「お父様もお元気そうで何よりですわ。今日は、お話があると伺っておりましたが…」
「久しぶりに顔を出したのに、親子の会話もさせてくれないのか?」
「…。」
「…不自由なく生活できているか?何か困っていることはないか?」
お父様は心配性だと思う。家に顔を出すたびに同じ質問をしてくるので流石に返事に困ってしまう。15歳から1人暮らしをしている娘がいると仕方ないのかもしれないが。確かに普通、貴族令嬢は街で世話係も付けず1人暮らしなんかしない。貴族にとって平民の暮らしを強いられるのは死刑に近い罰だ。前世の記憶がある私からすると生活水準を下げただけで罰になるなんて本当に馬鹿馬鹿しいと思ってしまう。そして困っていることと聞いて殿下の顔が浮かぶ。だが、お父様にそれを伝えたところで大喜びで、婚約の儀を準備するだけだ。
(…私の人生に結婚相手はいらない。)
「困っていることはないですわ。…お父様の方こそお困りではないでしょうか?」
話題を変えるため、お父様の机の上にある書類に目をやって答える。お父様は公爵だが、突出して仕事が出来るわけでもカリスマ性があるわけでもない。セレリィブルグ王国では外交官を任されてはいるが、公爵家という理由だからであって、外交が好きだからでも得意だからでもない。お父様は、公爵を背負ってはいるが、比較的普通の人だった。
「そ、そうなんだ…実は今後、アナーナ国と国交を結びたくてな。アナーナ国について調べているんだが、何せ資料が少なくてな…困っているんだ。」
「アナーナ国…確か特産品はザナの実ですわ。酸味のある赤い粒々とした果物で、果実酒がとても美味しかったと記憶しております。」
「ザナの実か…あまりセレリィブルグ王国では流行っていないものだな。よし。あとは何か知っていることはないか?」
お父様は普通の人だが、だからといって嫌われているわけではない。むしろとても好かれている。その理由がこれだ。変なプライドは持たず、教えてもらいたいことがあれば、下級貴族にも使用人にも教えを乞う。そして、身分が低いからといって見下したり蔑んだりもしない。おかげでレノヴァティオ公爵家は使用人も含めてとても和やかな雰囲気で過ごしやすい家だった。私はお父様のこういう性格を尊敬している。しかし、お父様の性格につけ込んでレノヴァティオ公爵家を陥れようとしてくる貴族は少なくない。お父様がお祖父様から公爵家を継いだすぐの頃はかなり苦労をされたようだ。今はお兄様や私が目を光らせているので陥れようとしている貴族の方が苦労しているようだが。
「後は…王子が3人いますわ。後継者争いをしているみたいですので、近々大きな抗争が起きるかもしれませんわね。国交を結ぶならどの王子と懇意するのか判断した後の方が良いかと思います。」
「そうか…。参考にするよ。それにしてもいつもそういう情報はどこから手に入れているんだ?」
「他国の情報は商人から得ております。皆さんのお話はとても面白いのですよ。」
嘘は言ってない。でも、なぜ資料が少ないアナーナ国について詳しく知っているのかというと、実際に行ったことがあるからだ。しかし、アナーナ国に行くには船旅も含めてだいたい片道1ヶ月かかる。毎月のレノヴァティオ公爵家の食事会やお兄様との交流をしている私がどうやってアナーナ国に行ったのか。それは聞かれても答えることができないので、他国に行ったことはお父様やお兄様にも秘密にする必要があった。
「商人に扮した悪人もいると聞く。気をつけるのだぞ。」
「承知しております。」
「そして…本題なんだが…そろそろ戻ってくる気はないか?」
(やっぱりこれね。そろそろ言われるだろうと思っていたわ。)
「戻ってくる…ということは、今の生活を辞めて、公爵家の令嬢として責務を果たせということでしょうか。」
「そうだ。お前ももう少しで18になるだろう。このままでは周りのお前への評価は最低だ。評価を払拭するために出来るだけ早く戻ってくるべきだ。」
私、ミリアリア・レノヴァティオの周りからの評価は良いものではない。意図的に流した噂は「病弱で家から出られないこと」「兄・ライルとは仲が悪く、ライルにとって妹の話は地雷になること」だ。私が色々な理由をつけて一人暮らしの了承を得た時に流した噂はこの2つだが、今は尾ひれがついて色々言われているらしい。ものすごく性格が悪いだとか、醜い顔をしているから社交界に顔を出せないだとか。正直どうでもいい話だ。
「…お父様。私は公爵家に戻ってくるつもりはありませんわ。華やかな暮らしより、1人で自由に暮らす方が私には性に合っているのです。」
「な!何故戻ってこない!貴族の暮らしよりも平民の暮らしの方が良いというのか!何がお前をそこまで…まさか…まだ、5年前のことを気にしているのか?それなら…」
「いいえ。5年前というと、私が人を殺めた時のことをおっしゃっているのですね。そのことについてなら気にしておりません。公爵家を出ていくことについては、もっと前から考えていたことですわ。……お父様に何を言われようと私の考えは変わりません。」
私はお父様にこれ以上発言させないために、重ねるように言った。静かに重く、私の考えを理解してもらうために。話し合いは不要だと言い放つように。
「私は…お前の考えを理解できん。……私は、お前に幸せになって欲しいだけなんだ。」
「お父様が私のことを大切に想ってくださっていることは承知しております。ですが、これが私の幸せなのです。」
私は18になれば、この国を出ていくことを伝えて、お父様の部屋を後にした。複雑な気持ちになりながらも、今日の食事会までどうやって過ごそうかと考えながら廊下を歩く。お父様のことは愛している。レノヴァティオ公爵家の皆のことも同様に愛している。でも、自分の考えを変えるつもりもなかった。
私がお父様の書斎を出て行った後、エリオス・レノヴァティオは静かに呟いた。
「お前が本当に幸せそうなら止めはしない。だが、ミリア…1人で生きていきたいという割には、苦しそうに見えるのは何故なんだ…。」
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