2章 誘拐隠蔽工作6
誤字脱字報告ありがとうございます。助かります。
アレクシル殿下目線です。
そしてやっと、ちょっとだけタイトル回収です。ここまで長かった。
私たちは、人通りの少ない裏路地。いかにも犯罪者がいそうなところに来ていた。
そして、私は、セイルズの後に続き、リアがいるらしい部屋の前に到着した。
人より鼻が利く私だが、この匂いは…私でなくても分かるだろう。
吐きそうになるほどの血の匂い。それこそ、初めての戦争時に新人が吐いてしまう洗礼と同じ匂いだった。
私は恐る恐る扉を開ける。
「………っ!」
(……な、なん、だ……これはっ………)
まず目に飛び込んできたのは、リアではなく血で真っ赤になった部屋だった。
血の匂いが充満しているのではなく、血そのものが充満した空間。
その部屋の中心に……
まるで、赤黒い塗料を被ったかのような格好の、私の番がいた。
後ろにいるセイルズも、流石の惨状に慄いている。
リアの足下には、人だったはずの塊が落ちている。
詳しく調べてみないと、何人の死体があるのか分からない。しかし、1人だけ息をしている者がいた。気を失っているようだが、あれはダン・アルアイカだろう。
リアが私とセイルズの方へ顔を向ける。
瞼は開いているようだが、何も見えていなさそうだ。
「……………誰?」
リアは魔力を扱えていないのだろうか。私たちが誰か分かっていない。
ただ、この酷い惨状の中心に立っている割には、殺気が感じられなかった。
正直、この部屋に足を踏み入れたくない。
でも、私にはリアの下へ行かないという選択肢がなかった。
それに、ポーションを飲みすぎた人間の末路の方がもっとひどい惨状になる。私はそれを王宮の実験で知っている。
セイルズには部屋の前で待機させ、私だけリアの下へ歩いて行く。
足を進めるたびに、聞こえてくる音が生々しい。
私は、ゆっくりと手を伸ばすが、リアは抵抗しない。
しかし、ビクッと動いていることから、ここまで近くに来てもリアは私を認識しなかった。
明らかに様子がおかしい。
私は、血で赤く染まったリアの頬に触れた。
リアは持っている剣を落とし、私の手に重ねて触れてきた。
「……殿下。」
「…やっと分かったのか。」
リアは小さく「申し訳ございません。」と言った。あまりのか細い声と、重ねられた手から伝わる振動、重心が取れていない立ち方から、リアの身体が限界な状態だと知る。
死体で遊んでいるにしては、リアは今にも倒れてしまいそうな状態だった。
何があったのか聞かなければならない。
この行方不明事件は、ここまで自分を酷使しなければならない事案だったのだろうか。ここまで、人の命を弄ぶような事をしなければならないことだったのだろうか。
「……リア…説明を、出来るか?」
「…………ええ。」
リアは頷いた。
やけに素直だ。それほどまでに余裕がないのだろうか。
早く、休ませてあげたい気持ちはある。しかし、この凄惨な部屋を見過ごす事など出来ない。リアがやった事なら尚更だ。
「…私は、個人的な依頼を受けました。それはリフレット伯爵令嬢の捜索です。…彼女を保護した時、この誘拐事件の経緯を知りました。…この誘拐は、リフレット伯爵とアルアイカ伯爵が共謀し、図ったものです。」
「……!!」
ダン・アルアイカが絡んでいるということは察していたが、まさか、親であるリフレット伯爵も絡んでいるとは思わなかった。
リアは、彼女の前に倒れている男を指差して続きを話す。
「……そして、リフレット伯爵令嬢の名誉を傷付け、それをここにいるダン・アルアイカが彼女を救出。再度、求婚することで社交界へ戻ってくるつもりだった……ようです。リフレット伯爵は金銭の代わりに、娘を売った、ということになりますね。」
「………この惨状の理由は?」
「私の……個人的な報復と警告です。」
この惨状は、リフレット伯爵令嬢のためではなく、あくまでリア個人のためということだ。
まだ、全然彼女を理解できていない。
どんな理由があったとしても、この報復と警告は過剰だ。
でも、魔力を扱えなくなるまで、倒れそうになるまで、やらなければならなかった理由があるのだろう。
私は、リアの様子から愉快犯になったわけではないと確信し、まずはこの現場から離れることにした。
「セイルズ、この現場に騎士団を連れて来てくれ。騎士団の検証結果から、どう処理するか考えよう。私たちは宿を…馴染みの宿を取るから、終わったら来い。」
「面倒臭いですが…仕方ないですねぇ。」
私はセイルズに面倒事を投げ、リアを抱える。
何も抵抗しないどころか、本当に力が入っていない。意識はあるようだが、やはり様子がかなりおかしい。
私は魔法でリアを綺麗にし、リアと同じ黒髪に変えて宿へ急いだ。
部屋をとり、まずはベッドにリアを寝かせる。
私はそのベッドの脇に椅子を持ってきて、リアの顔が見えるように座った。
リアは何故か私の手を離さない。
力が入っていないので、振り払おうと思えば振り払えるのだが、そんなこと私が出来るわけもない。
頭に、あの酷たらしい惨状がチラつくのだが、どうしても今のリアと違和感があった。
「…リア。眠たいのなら眠ってもいいが、話せるのなら話をしよう。」
「…話せます。ただ、身体を酷使しすぎたようで、声と触った感覚しかないことをご了承ください。」
「………分かった。」
リアが私たちをなかなか認識出来なかった理由が分かった。
魔力も使えてない上、匂いも分からないのであれば…あの状況で血の匂い以外を嗅ぎとる嗅覚があるとも思えないが…仕方のないことだろう。
ということは、リアは私の手の形で私であることを認識したのか。それはそれで嬉しい気もするが、喜んでいる場合ではない。
「リア、身体がつらいだろうが、私の話が間違っていたら訂正してほしい。」
「はい。…ありがとうございます。」
リアが微笑んだ。
ますます、先ほどの惨状が分からなくなるが…1つ1つ確認していくしかない。
「リアが報復と警告をした理由は…リフレット伯爵令嬢は無事ではなかったということか…?」
リアは悲しそうな表情をして、答えをはっきり言わなかった。
それだけで何があったのかは想像に難くない。
今、リアには私の上着を着せていた。なんとなく理由を聞きたくなくて避けていたのだが、その格好に思い当たる。
理由を聞けば、やはりリアが着ていた服はリフレット伯爵令嬢に着せたらしい。
リフレット伯爵令嬢が強姦されてしまったことは決定的だった。
「……私は、誘拐自体をなかったことにするつもりです。最初はリフレット伯爵家に彼女を帰せばいいと思っていましたが…」
「リフレット伯爵もグルだったということだな。……ああ、報復と警告とはそういうことか。アルアイカ伯爵家だけでなく、リフレット伯爵家への意味も込めているのか。」
「…その通りです。他家の事情に…干渉することは出来ませんから…」
リフレット伯爵令嬢を一時的に保護したとしても、最終的には、リフレット伯爵の下へ彼女を帰さなければならない。
それがたとえ、娘を複数の男達に強姦させるような親であったとしても。
最初の首切りがあった現場には、4人の男の死体があった。状況から考えて、彼女は少なくとも4人に強姦されたのだろう。
「…血文字を描いたのは、ダン・アルアイカを仲間のところへ誘導させるためか?」
「…はい。」
「……そうか。でも、悪人だったら何をやってもいいというわけではない。確かに、警告のおかげで両家とも二度とこんなことはしないだろうし、アルアイカ伯爵家に至っては、社交界からも忌避されるようになるだろう。」
「……それが、目的でしたから。」
リアがやったことは……正直、分からなくもない。
もし、リアが強姦されてしまったならと思うと、私だって許せないし、相手を八つ裂きにしてやりたいと思うだろう。だが、実際に八つ裂きに出来るのかと言われれば、出来ない。
正常な倫理観を持っていれば、殺すことは出来ても、人間を肉塊に変えることなんて出来るはずがない。あのような凄惨な惨状を創り上げることなんて出来るはずもない。
しかも、リフレット伯爵令嬢は、リアにそこまでさせるほどの令嬢ではなかった。2人はまだ友達にすらなっていないのだから。
「…リアにとって、リフレット伯爵令嬢は、かけがえのない友人だったのか?」
「…分かりません。でも、彼女に好意を持っていたから…私には彼女を救う力も報復する力もあるのに…見て見ぬふりをするのかという負い目を感じました。今後、彼女の名前を聞くたびに後悔しそうで……だから、これは私の自己満足なんです。」
「……力を持った人間は、取捨選択をするたびに負い目を感じる。これでも王太子だからな。リアの言っている後悔というのは誰よりも分かる。」
日々考える政策や戦場での指揮。
1つ間違えれば、どちらも大勢の人を亡くしてしまうかもしれないし、逆に救うかもしれない。しかし、全員を救うというのは無理な話だ。政策でも戦場でも、切り捨てなければならないものはある。
リアの力は有能すぎる。
彼女には、助けられる命がありすぎるのが重荷になっているのだろう。
今までは、呪いのせいで彼女の周りにはそこまで人はいなかったし、リアも関わろうとしなかった。
呪いの影響がほとんどなくなった今だからこそ、リアは負い目を感じるのだろう。
(…それでも、理解出来ないことはある……)
今のところ、リアの言っていることは理解できた。
でも、今までも、これからもああやって人を殺していくのだろうか。
向き合わなければならない。
私は覚悟を決めて、聞きたくないが、聞かなければならないことを、聞いた。
「…リアは……人をおもちゃを壊すように殺して、何も思わないのか…?」
「……!」
責めるような言い方をしてしまったと、言ってから思うが訂正できない。
これが本心だから。
リアは私の手を離したが、逃がさないようにと今度は私が手を離さなかった。
「……正直、リアの行為を軽蔑する。でも、リアのことを知らないまま軽蔑したくない。……教えてほしい。」
「……………………思いますよ。…私が殺してきた人……彼らが生まれた時から悪ではないことも、生きるための手段が私と違っただけということも。彼らにも、私のように悲しんでくれる人がいることも。私のやったことが、人の命を冒涜する行為なことも。……私には、相手の感情が分かりますから。多分、殺される者の気持ちは誰よりも分かっています。」
リアの告白を聞いて、私は泣いてしまった。気付けば涙が落ちていた。
感情に触れることが出来る彼女が、分からないわけがなかった。
自分の行いがどれほど軽蔑されることなのかも、人を苦しめてしまうことなのかも。
リアは、自分が何をしているのか、ちゃんと理解している。
理解した上で、彼女はおもちゃのように命を弄ぶ。
どれだけ心が壊れれば、そんなことが出来るのだろう。
人を殺すということを理解し、実感している上で残虐な行為が出来るなんて。
何が彼女をそんなにさせてしまったのか。
私が「なぜ?」と独り言のようにぽつりと漏らすと、リアは、しばらく考えた後、ゆっくりと応えた。
「……私は、大切な人を…守れるのであれば、他はどうでもいいのです。…身近な、大切な人以外は……本当にどうでもいい。」
「……!」
「自ら人を殺した時は、家族を守るためでした。……そして、修復魔法があれば、大切な人を守れるのではと………そのためには、人間を知る必要があり…魔法の実験体が必要でした。今日なんて比じゃないくらいに、命を弄ぶようなことを…」
「…もういい。」
私は、リアの言葉を止めた。
それ以上、聞かなくても分かってしまったから。
リアは何度も「大切な人」と言った。
意識して言ったのか、勝手に言葉として出てきたのかは分からない。
でも、彼女のせいじゃないということは分かった。
リアはまだ呪われている。
それは、わざわざ私の前に神が現れて証明したことだ。
呪いの影響は弱まるから、私と彼女は一緒に居れると神も言った。それは間違いない。
でも、呪いは彼女の意識を、価値観を変えてしまった。
何をしてもどんな行為をしても、大切な人を守る。
男がプロポーズの時にでも、使いそうな言葉。
でも、この言葉の前提には、常識や法律、尊厳、名誉等を優先した上で、という枕詞が付くのではないだろうか。
しかし、リアの意識にはそんな枕詞はない。
大切な人が絶対的に最優先。
そして、人と関わり始めた今、「大切な人」という枠組みが、リアにとって曖昧だ。
きっと、これからも似たようなことを彼女はしでかすだろう。
(あぁ……本当に呪われている。)
呪いの影響がなくなったと安心していた私は、本当に馬鹿だ。
リアの壊れた倫理観こそが呪いだというのに。
読んでいただきありがとうございます。
ブックマーク&評価いただきありがとうございます。
おかげで執筆ペースを落とさずに頑張れております。
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次話はミリア目線に戻ります。
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