1章 剥がれなかった仮面
本日1話更新です。
「とても綺麗だ。」
殿下は私の頬に手を添えたまま応える。そして私の顔を見つめたまま、眼鏡を外し、三つ編みをほどき始めた。本当に遠慮がない。
「顔立ちも髪もとても綺麗だね。ここまで綺麗だと本当は貴族なのかと疑ってしまうよ。」
「いいえ。髪は、仲良くしている商人の方から上等な香油をもらっているんです。貴族の方から褒めてもらったと伝えておきますね。」
香油をもらっていることは本当だ。嘘ばかりつくと疑わしくなってしまうけれど、本当のことも一緒に伝えると全てが真実のように聞こえる。今の私の姿は、三つ編みを解かれ、眼鏡を外され、そばかすを消されたミアだ。魔法で変えている髪色と瞳の色は暴かれていない。公爵令嬢の姿で殿下に会ったことはないので、バレることはないだろう。子どもの頃、王城に何度か行ったが、全力で上流貴族との接触は避けていた。これならギリギリ、ミアと言い張っても大丈夫だろう。
「それより、少し離れていただけませんか?距離が近いです。」
「嫌だと言ったら?せっかく近づいたのに離れるのは嫌だな。」
未だに私は壁に追いやられている状態だ。とても綺麗な殿下の顔がすぐ近くにあり少し緊張してしまう。前世の言い方にすれば、「イケメンに限る。」という言葉がぴったりな状態である。しかし、私の周りにいる男性は皆、端正な顔立ちばかりなので、耐性がないわけではなかった。
「この前は、本を見せてくれると約束しましたよね?見せてもらえませんか。」
「もちろん本を持ってきているよ。でも出来ればこのままもう少し話をさせてほしいかな。後で本を渡すよ。」
(意地でも離れない気ね。それとも私を誘惑するつもりなのかしら?)
「……では、少し強引な手段をとりますね。…雷」
「な!」
私が詠唱した魔法に殿下がギョッとした表情をする。雷は相手に電流を流す攻撃魔法だ。効果はそれなりに強く、殿下のような魔力を持っていれば、大勢を一度に無効化することができる魔法でもある。しかし、魔力を操ることができる私は、魔力の出力を最小限にして静電気程度の効果にすることができる。私は自分の右手の人差し指に電流を乗せたまま、殿下の鼻先をつついた。
パチッ
「ぇ……え?」
静電気に驚き、殿下が後ろに後ずさる。私はその隙に壁際から部屋の真ん中の方へ逃げた。遠慮のない相手に対して、これくらいしても大丈夫だろう。それが例え殿下であっても。私は少ししか礼儀を知らないただの平民なのだから。
(こんな風に対応するようになるなら、最初から無礼を承知で逃げれば良かったわ。でも、あの時はまだ紳士のフリをしていたのよね。)
「ふふっ。驚きましたか?でもこれで脱出成功ですね!」
「…君は魔法操作が得意のようだね。とても驚いたよ。こんな可愛らしい雷は初めてだ。」
(貴女から君になったわ…流石に怒ったかしら?それにしては良い顔をしているけれど…)
殿下は深い怪しい笑みを浮かべている。魔力の反応を見れば、怒っているわけではなく、楽しいようで面白いようなのだが、それにしては動きがドロドロとしている、そんな状態だった。
そして殿下は魔法操作と言った。本当は魔力を操作しているのだけれど、勘違いしているのならその方が都合がいい。
「個人的距離を守れない人にちょうどいい魔法なんです。では、本を見せてもらえますか?」
そこまでして本を読みたいわけではないが、話題を変える口実として使わせてもらった。また迫られでもしたら面倒だ。
「確かにちょうどいい魔法だね。とても慣れているようだ。もしかして、君に迫ってきた男が私以外にもいたのかな?例えば…君の彼氏だというイルは?応えてくれたら本を見せるよ。」
(…めげない方ね。まさかの雷が藪蛇になるなんて…でも、こんな状況になるって誰が予想できるのよ。)
私は仕方がないと思い、正直に答える。
「面倒な輩はどこにでもいますからね。雷はとても便利使いできるんですよ。でもイルに対しては使いません。アシル様みたいに迫ってきたりしませんから。」
「……へぇ。」
殿下の声のトーンが下がる。お兄様と比べるような発言が良くなかったようだ。さらに重々しい雰囲気になってしまった。
(こ、怖い。盗賊に囲まれた時より怖いわ。というより気まずいわ。)
「まぁいいよ。これから距離を詰めていくから覚悟しておいてね。楽しみにしてくれていたようだし、持ってきた本を見せてあげるよ。」
やっと話題が本に移ったようだ。まだ1日は始まったばかりなのにどっと疲れてしまった。そこまで期待してはいなかったけれど、せっかくなので待望の本を見せてもらうことにした。
……
……
2人で本について話し合う。
本が思っていたよりも面白く、殿下との距離をそっちのけで集中してしまった。結局、読んでいる間に殿下はぴたりと私の隣にくっついている。ただ、本当に隣に座っているだけなので、もう殿下を咎めるのはやめた。咎めるとまた面倒な話になりそうだったし、むしろ気にしなければ居心地はさほど悪くない。少しずつ殿下の扱いに慣れてきた。
本の内容はセレリィブルグ王国の神話についてだった。この世界は神が創造し、セレリィブルグ王国は神の力を引き継いだ王国として書かれていた。その神の力というのは何なのか。神は存在するのか。分からないことは多いけれど色々な説があるようだ。
(思ったより興味を惹く内容だったわ。神話なんて今まで調べたことがなかったけれど、前世のこともあるし、研究してみようかしら。)
「この本、気に入ったようだね。嬉しいよ。」
殿下は私の様子をみて、嬉しそうに聞いてくる。この様子だと殿下ご自身で本を選んだようだ。忙しい立場のはずなのに少し申し訳ない気持ちになった。せめて感謝だけでも伝えようと思い答える。
「はい。面白い内容でした。ありがとうございます。」
「また本を持ってくるよ。どんな内容の本がいいかな?」
(どうせ何を言っても殿下は来るわよね。申し訳ないけれど、それなら本を頼んだ方が楽しみもあっていいわ。)
「では、また神話について書かれている本をお願いできますか?」
「ははっ。本当に気に入ってくれたみたいだ。その本、君にあげるよ。」
「いいんですか?」
「いいよ。君は宝石や装飾品をあげても喜ばないだろうしね。…私は貴女の喜ぶ顔が見たいんだ。」
また、殿下は嬉しそうに手で私の頬に触れ、目を細めて私を見つめる。本当に私のことが好きなようだ。
(でも、私は殿下の気持ちに応えられない。これ以上私のせいで不幸になる人を見たくない。)
…
殿下は次の青の日に来ると言って嬉しそうに帰って行ったが、私は複雑な気持ちを抱いて、帰る殿下の後ろ姿を見送った。
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