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第20話


 ボタン専門店で、ご主人様へのプレゼントを吟味しているお嬢様を横目に、エースは店先でぼんやりと空を見上げた。雲一つない青空で、絶好のお出かけ日和。剣を握る両手にはショップバックが握られている。


 藤乃のアドバイス通りに連れて行った茶葉店は、帝国だけでなく世界各国の茶葉が用意されており、祖国でよく飲んでいた茶葉を見つけた菊花は目を輝かせていた。その表情はぜひ、ご主人様と一緒の時に見せてもらいたかった。


 街の入り口に待機させた馬車に荷物も置きに行きたい。ここが終わったら一度荷物を預けに行ってもいいかもしれない。


 カララン、と店から出てきた菊花は満足した表情だったがその手には何も持っていない。


「あれ、買わなかったンです?」

「えぇ。でも、勉強になったわ。今流行っているのは、留め金に意匠を入れるんですって」

「へぇ? 見せるだけがオシャレってわけでもないんスねぇ。……さ、お嬢。そろそろ昼時だし、ランチにしましょ」


 北街のストリートを抜けると飲食店街があり、貴族御用達なグランメゾンも店を構えている。

 そういうところよりは、軽食が食べられる喫茶店やカフェのほうが気も遣わずに落ち着くだろう。


 ――というのはあくまでもエースの見解であり、菊花としては高級料理店など個室のリストランテなどのほうが性分にはあっているのだが、お互い口に出さないので勘違いのまますれ違っていく。


「よくデュースと行く店があるんで、そこでもいーですか?」

「わたくしはどこでもかまわないわ」

「そこのデラックスチキンハンバーガーがめちゃうまくて、……って、あー、お嬢は切り分けて食べたほうがいーかも」


「はんばぁがぁ」なるものが何かわからないが、きっとエースのいうことだから美味しい食べ物なのだろう。


 にこにこと、年相応の笑顔でハンバーガーの説明をしてくれる。

 エースとデュースは正反対の瓜二つな一卵性双生児だ。明るい色を好むエースと、落ち着いた色を好むデュース。気軽に話しかけてくれるのはエースだけれど、デュースもデュースなりに心配をしてくれる優しい人たち。


「……げ、なんか混んでんなぁ。お嬢、ちょっとだけ待っててください。席の空き具合を聞いてくるんで。ほんと、すーぐに戻ってくるんで。絶対に動いちゃダメですかんね!」


 入らなくてもわかるほど賑やかな様子が伺える店内。

 眉を吊り上げて言い含めたエースは駆け足で店の中へと入っていった。


 ぽつん、と取り残された菊花は、手持ち無沙汰に日傘をくるくると回し、店の向かいに設置された噴水のベンチに腰掛ける。


 きゅ、とスカートの裾をひっかぱれる感覚に目を瞬かせる。


「ママ、どこぉ……?」


 小さな男の子だった。

 白いブラウスにチェックの半ズボンを履いた少年は、大きな瞳を涙で潤ませ、菊花のスカートを握りしめていた。


「ま、妈妈ママ? 貴方、どうしたの? 迷子?」


 泣き虫な幼い男の子。


 認識がブレて、弟が重なってしまう。


 少年の前にしゃがんで、丸い頬に手を当てた。


妈妈ママはどこにいらっしゃるの?」

「わかんないよぉッ……! ままぁ!」


 ぎゅ、と真っ白になるくらい握りしめられた小さな拳。ちらりと込み入っている店内を見て、短く息を吐き出した。


「……一緒に探してあげるから、泣き止んでちょうだい」


 弟と、重なってしまった時点でこの男の子を放っておくことなどできなかった。

 懐かしい、このくらいの歳の弟は、いつも涙で目を赤くしてスカートの裾を握っていた。


「……姉様が、一緒に探してあげますからね」


 しゃなりと、陽だまりに笑みを花開かせて男の子に微笑む。


 美しい笑みにぼぅっと見惚れた男の子は涙をぱたりと止めて、こくんと頷いた。


妈妈ママと最後に一緒だったのはどこ?」

「……あっち」


 細い指先が差したのは、入り組んだ路地裏だった。

 華やかな街並みとは裏腹に、薄暗く影を帯びている。黄金を眇めた菊花に、男の子が不安げな表情をする。


「……大丈夫よ。姉様がお母様のところへ連れて行ってあげますからね」


 繋いだ小さな手に連れられるまま、菊花は薄暗い路地裏へと足を踏み入れた。




 喧噪から遠ざかり、大人が並んで通るのもギリギリな路地を連れられるままに進んでいく。歴史溢れる城下町は白や赤いレンガで造られた家が並んでいて、時折どこかの家から笑い声が聞こえてくる。


 入り組んだ路地を、右に曲がって、突き当りを左に。三叉路を右に。頭の中で地図を描きながら、徐々に速足になっていく男の子に声をかける。


「あんまり急ぐと転んでしまうわよ」

「ッう、あ、……でも、」

「わたくしは逃げないわ」


 真っすぐな凛とした声音に、かすかに見開いた目が潤んで、再び涙が溢れ出してくる。


「お、おねえちゃッ……! ママ、ママがッ、ふぇっ、」

「大丈夫よ。お母様のところへ行きましょう」


 柔らかな毛並みを撫でて、先へ促す。空いている手で涙を拭いながら、「こっち」と先導される。


 曲がり角をいくつも抜けて、細い路地から開けた場所に出た。

 水の止まった噴水に、板の割れたベンチ。雑草が生えた、手入れのされていない広場だった。


「ママ!!」


 パッと手が離れて、男の子が駆けていく。噴水の裏側に、蒼褪めた表情の女性が倒れていた。


「ママ、ママ? ねぇ、どうしたの? お、お姉ちゃん! ママがっ」

「……顔色が悪いわ。お医者様に見せないと。あ、こら、揺らしたらダメよ」


 額にそっと手を当てる。うっすらと汗をかいており、触れた浮体は熱を持っていた。


「ねぇ、どこにいるの!? ママになにをしたの!?」


 広場に甲高い声が響く。不気味なほどの静寂に、風が吹く音にすら背筋を震わせた。


 ――不本意ながら、こういうのには慣れている。閉じた日傘はとても軽くて、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 くるり、と舞うように片足を軸にして体を反転させる。風に袖が翻り、青い波が浮かび上がった。


「ッぐあぁぁあっ! 目が、目がァ!」


 野太い男の悲鳴が響く。


 紙一重。


 白魚の手には華奢な造りの短刀が握られており、切っ先が背後に忍び寄って男の眼球を捉えて切り裂いた。


 剣は苦手だ。力だって、男の人には敵わない。唯一できることと言えば、舞うことだけ。

 しなやかな肢体からだと体幹、風の動きすら捉える視力。とん、と地面を蹴って、軽やかに跳んだ菊花は男から距離を取った。


「何が目的かしら? 誘拐? お金? それにしても、随分とお粗末なのね。まぁ、いいわ。――わたくし、これでもそこらへんの暗殺者よりも上手に舞える自信がありますの」


 お上品に、胸元に手を当ててお辞儀をした。






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