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一瞬の永遠と一生の刹那

作者: 後悔の亡霊

食卓に伝わった少女の振動により、グラスがぐらついてくるくる回る。軸を失ったそれはだんだんと回転を大きくしていき、終いには赤いワインを一足先に吐き出して、机の上から離れた。

暖かな木の床に当たったグラスは数十の欠片となって宙を舞っている。その一つ一つが暖の火、支度をする両親、少し立派なケーキ、呆ける少女の顔を反射して様々な色に輝いた。


グラスの割れた音に男と女は驚いた。少女だけがその様子をまじまじと見つめている。飛んだ破片が少女の頬を薄らと切りつけ、赤くなる。少女は下に落ちた白いきらきらの何たるかを解明すべく、指の粘着力で一欠片を取ってみた。痒い感触が一点に集まってから、赤い球が膨らむ。

少女はそれを不快に思ってぴんとした肌に皺をつけた。


「こら、ぶつかったりしら危ないでしょう。片付けは私達でするから、あっちでテレビでも見ていなさい」


女も不快げに少女へ言った。断る理由もないので、そこから駆け出し居間へと向かった。何を見るでもなしにテレビをつけたが、人差し指の腹には未だ痒みがあった。眉間のすぐ前まで人差し指を持ってきて、くっと目を凝らすと赤い球の真ん中に一際輝くものがあった。伸びてきた爪でそれを取り除くと、記憶よりも欠片が大きかったことに気づいた。

こんなものが皮膚を切っていたのかと思うと、少女の体の力は抜けていった。


しかしながら―――少女は思った。卓上から床までの1メートル程の刹那に時が止まったあの感覚。地面にぶつかりゆっくりと輪郭を壊していくあの映像が忘れられなかった。人差し指を口の中に入れ、暖かい舌で唾液をつけてやると、少し痒みが和らいだ気がしたので、父が呼びに来るまでずっとそうやってテレビを見つめていた。

テレビのセリフや映像、テロップの流れるスピードの速さに少女は追いつけず、何をしているか分からないお芝居を眺めるだけであった。多くの情報を欲しい人々は放送時間を狭める代わりに作った映像を1.2倍速にする。そうして、視聴者は時間が勿体ないのでそれを更に1.5倍速で視聴するのだ。

少女のゆっくりとした時間とは裏腹に、画面の向こうでは非常な忙しなさでチャカチャカと人々が動いている。それを見ていると何だか目が疲れてき、少女はテレビを切った。


リビングで母が少女の名前を呼んだので、少女は立ち上がってワンピースの皺を伸ばし、髪を指でとぎながら歩いた。足の裏のほぼ全面が床にぶつかり、パタパタと音がなる。足の裏から伝わってくる衝撃と自分の鳴らした音に少女は満足し、あえて歩数を多くするために歩幅を小さくして歩いた。


「早くしなさい」


母からの叱責だ。少女は慌てて走り出す。音のことも、足裏の感触の事も、テレビの前で過ごした空っぽの時間をも忘れて。


早くしないとママが怒る。パパはノロマが嫌いだ。


少女は自分に急かされて走る。走る。走る。そう遠くも無い距離が、グラスが割れた瞬間のように永遠に感じられた。足元が疎かになり、部屋の仕切りの出っ張りにつま先を噛み付かれた。急速に視界が低くなり地面に鼻がぶつかり、唇が歯に圧迫されて鉄っぽい味が口の中に広がる。

羞恥と痛みに身を苦しませた少女の憤りの、責任の所在は何処か。

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