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亡き王女に捧げる滅亡の物語  作者: 文月 桐秋
王宮編
3/16

2020/7/4 修正

 その後、少女は朝凪に何事もなかったことにするよう指示をし、藤の木の下から去っていく朝凪の姿を見送っていた。


 自分が気絶させた矢萩を回収し(重かった)、宿舎に放り込み、上官の指示のもと、その晩は別の兵士と共に巡回任務に戻った。


 朝からの勤務の兵士と交代し、朝凪は宿舎の自分の寝床に身を投げ出す。考えるのは当然、昨晩の出来事である。自分は迂闊にも名を名乗ってしまった。本当はすぐにでも捕縛されるのではないかと思っていたのに、奥宮にはいまだに目立つ動きはない。


 このまま、あの少女が黙っているつもりなら、依頼主からの催促が来ても機会は巡ってくるだろう。だが、少女に言われた言葉は朝凪に深く突き刺さっていた。


 依頼が成功しても、失敗しても殺される。


 その可能性は頭にあったのかもしれない。けれど、見ないふりをしていた。報酬が得られたとき、もしかしたらこの稼業から抜けられるかもしれない。そんな希望を抱いていた。


「所詮は叶うはずのない希望だったのか・・・・・・」


 幼少の頃から暗殺の技術を仕込まれ、何度も手を汚してきた。標的に命乞いをされたことだってある。必死に命乞いをする相手に心が動いたことなどなかった。なのに、なぜあの時心が揺れてしまったのか。


 取り留めもなく、昨晩の事を考える内、朝凪は徐々に緊張が解けて、うつらうつらとし始める。そこへ廊下を進む足音が近づいてくる。


「!」


 朝凪は瞬時に覚醒し、身構える。


 バンッ! と部屋の扉が開く。立っていたのは黒を基調とし、紫で装飾が施された制服の男である。その制服が示す男の身分は近衛騎士、それも第一王家、ヴィブルム王家専任騎士だ。


「朝凪、という者は」

 扉の音で目を覚ました数人の兵士を見回し、男は問いかける。


「俺です」

 朝凪は覚悟を決め、寝台から降り男に向かって敬礼をする。


 同室の兵士たちがささやきを交わす中、男は朝凪に一瞬視線を向ける。

「そう。では付いてきなさい」

 男は身を翻し、軍靴を鳴らしてさっさと歩いて行く。朝凪は脱いでいた上着を手早くはおおり、男を追う。


「あの、なぜ近衛騎士が俺を」

「私語は慎みなさい」


 男は冷たい視線を投げるが、朝凪の問いかけには一切答えない。

 男は無言のまま奥宮へ通じる扉へ進んでいく。


(昨晩の件か。だが拘束はされていない。なら目的はなんだ)

 緊張でこぶしを握る。暗殺の時には平常を保つ心臓がいつになく早鐘を打つ。


弧星(こせい)様、通行証をお出しください」

 扉を守る近衛兵が前を行く男に声をかけるのを聞いて、朝凪は我に返る。


 男はベルトに挟んだ金属板を差し出す。これは、奥宮に出入りする者に支給される通行証で、特殊な加工が施された金属板である。

「確かに」

 近衛兵がさっと金属板を明りにかざし、確認すると金属板を持ち主に返す。

「朝凪。貴方も同じ物を持っていますね?」

 朝凪は自分のベルトに挟んでいた金属板を差し出す。同じように確認の後、返される。

「どうぞ、お通りください」

 丁寧に送り出され、更に二度、同じ工程が繰り返され、奥宮へ入る。


 三重の扉の先には、枝分かれした屋根付きの回廊が広がり、点在する館を繋いでいる。その回廊を 弧星と呼ばれた近衛騎士は迷うことなく進んでいく。

 朝凪は周囲を巡回するだけで、回廊を歩いたことも、館の中には入ったことも無い。館に入れる者はごく少数。特に武器を持ち込めるのは王族以外では近衛騎士のみである。


 弧星が向ったのは、奥宮の中央にある、通称、藤の館と呼ばれている館である。序列一位のヴィブルム王家が暮らしている場所である。弧星はその館へ進むと入り口を守る近衛騎士に声をかける。


「姫様のお召しにより、朝凪を連れてきました」

「お待ちしていました」


 扉が開き、館の中へ足を踏み入れる。

 館の中は隅々まで手入れが行き届いていることがわかる。洗練された調度品が館内の随所を飾る。床に敷かれた絨毯は今まで踏んだことのない、柔らかさだ。


 二階の東側の最奥の部屋。弧星がノックと共に声を掛ける。

「姫、朝凪を連れてまいりました」

 その声と同時に中から扉が開く。宮女は二人を部屋の中へ招き入れ、部屋の主の元へ案内する。


 案内された先にいたのは、昨夜の少女だった。

 弧星が膝をつき、騎士の礼をとる。朝凪はただ頭を下げるのみだ。


「弧星、ここまでどうもありがとう」

「いえ、お召しに従ったまでの事でございます」

「二人とも、顔をあげて」

 柔らかい声で、少女は頭を下げる二人に声を掛ける。


「朝凪、わたしは連花王国第三王女・風花(かざはな)。昨夜のお花見の礼を言いたくて弧星に貴方を連れてきてもらった」

 顔を上げて目を向けると、風花はわずかに口元を綻ばせていた。


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