第9話 魔勇者故郷の地を踏む
「・・・ここが・・・その村か・・・。」
村の入り口に来たベリオンは、村の様子をうかがう。村は、木の柵で周りを囲い、その中に木造の家が数軒ある程度の小規模なものだった。
「・・・アユムの頃より規模が小さくなっているような気がするな・・・。」
ベリオンは、率直な感想を述べる。アユムの記憶によると、彼が子供の時は、十軒ほどあったのだから。
[だから言ったろう、貧しいって。それに、十年くらいじゃこれが関の山だよ。本当に焼け野原だったんだから。]
「・・・そうだな。なら、ここまで復興できたことは、奇跡か。」
「?誰だい?」
すると、ベリオンに気付いた村民が、彼の許に近付いてくる。
[ベリオン。僕の考えておいた君の設定、ちゃんと話すんだよ。]
「・・・失礼。俺は武者修行の旅をしているベリオンという者だ。たまたまこの近くに村があるのを見かけて、泊まれるところがないかと思い来たのだ。」
「武者修行って・・・こんな辺境の土地にか?」
「実は、物心付いた時には師匠しか周りに人間がいなくてな。外の世界と完全に隔離されて、山奥で育った。毎日が修行漬けで、それ以外興味を持つことが許されなくてな。最近になって、師匠が死んだので外に出てきたんだが、外のことなど知るすべが何もなかったからな。当然、道など分かるはずもなく、山や森を右往左往して、ようやくここまでたどり着いたのだ。だから、ここが辺境の地と言われても、まったく分からないのだ。地理も何も知らんからな。」
ベリオンの話を聞き、村人は可哀そうなものを見る目で彼をマジマジと見る。
「・・・あんた、過酷な人生送ってきたんだな。・・・分かった。一応、村には宿屋が一軒だけある。そこに泊まるといい。案内するよ。」
「感謝する。・・・。」
自分が哀れまれていることに、ベリオンは引っ掛かりを感じる。
(・・・おい。あの目は、可哀そうな人間を見る目だぞ、あれは。)
[そんな人間見たことあるんだ。]
(・・・確かに、世間知らずという理由が必要なのは分かるが・・・これは酷くないか?せめて、人里離れた場所でずっと修行していて、世の中の情勢に疎い、でよかったんじゃないか?)
[あー・・・そうかもね・・・。・・・じゃあ、次からはそうしよう!]
(・・・この村の人間どもには、自分は幼い頃から師匠に虐待されて山奥で暮らしていた、で通さないと駄目だがな。)
[ははは・・ごめんごめん。]
ルシフのそそっかしさに呆れながら、ベリオンは村の宿に向かう。宿は、村の入り口近くにある大き目の家で、小さな木の看板が掛けられていた。
「いらっしゃいませ!」
宿に入ったベリオンを、一人の娘が笑顔で迎え入れる。娘は、年齢は十五歳前後であろうか。村娘といった格好で、栗色のシュートヘアの可愛らしい子だった。だが、普通の人間と違う点がある。頭部に猫のような耳があったのだ。あとは、尻尾が生えていた。
(・・・亜獣人族か。)
亜獣人族。容姿は人間と変わらないものの、動物のような耳や尻尾を持つ獣人を、亜獣人族と呼ぶ。二足歩行の獣というイメージの獣人よりも人間に近いため、アユムの生きていた時は、色々交流が盛んだった異種族である。
「お泊りですか?一泊、銅貨三枚になります。素泊まりの場合は、銅貨一枚です。」
「銅貨三枚・・・。・・・!」
ベリオンは、自身が金を持っていないことに気付いた。
(・・・まずいな。金がない。このままだと泊まれない・・・。)
[抜かりはないよ。君の服のポケットに、金貨を一枚入れてある。それを当面の資金にしてくれればいい。]
(・・・金貨が一枚。アユムの記憶によると、平民の家庭が一ヵ月は問題なく生活できる金額だな。)
ベリオンは、アユムの記憶から、貨幣の価値を思い出していた。この世界では、白金貨、金貨、銀貨、銅貨が使用され、それぞれの硬貨は、下の硬貨の十倍の価値がある。白金貨一枚は、金貨十枚に相当し、金貨一枚は、銀貨十枚相当に、そして、銀貨一枚が、銅貨十枚分に相当するのだ。一般的には、金貨が一枚あれば、平民三人家族が一ヵ月は働かないでも暮らせるとされた。もっとも、激変したこの時代で、その常識がどこまで通用するかは不明だったが、さすがに金貨一枚が、銅貨三枚より安くはないだろうと思い、ベリオンはポケットにある金貨を取り出す。
「・・・細かい金がない。これで勘弁してくれ。もちろん、普通に泊まる方でだ。」
ベリオンは金貨を台の上に置く。
「ええと・・・金貨一枚だと・・・銀貨十枚で・・・にすると銅貨百枚で・・・お釣りは・・・。」
「銅貨九十七枚だ。銀貨も加えて数えるなら、銀貨九枚と銅貨七枚になる。」
貨幣の価値が変わっていないことを知ったベリオンは、お釣りをすらすらと答える。
「すみません・・・私、計算が苦手で・・・今、お釣りと部屋の鍵をご用意しますね。」
受付の娘は、慌てた様子でお釣りと部屋の鍵を出す。
「どうぞ。こちらが部屋の鍵になります。」
「ありがとう。・・・一つ聞くが、どこかで読み書きや計算を学んだことはあるか?」
「・・・いいえ。私、人間じゃないので・・・お勉強したことが・・・。この村に来てから、村長に習ったおかげで、簡単な読み書きと計算をできるようになったくらいで・・・。」
受付の娘は、耳が倒れ、元気のない様子で、自身の知識について話す。最初に会った時に見せた可愛らしく元気な姿は見る影もなかった。
「・・・すまない。変なことを聞いたな。忘れてくれ。・・・これは詫びだ。」
ベリオンはお釣りのうち、銀貨を一枚残し、鍵を持って部屋に向かおうとする。
「!お客さん!こんなにもらえません!」
「チップも込みだ。」
ベリオンは、受付の娘を制して部屋の方に向かうのだった。
「・・・人間でなければ教育が受けられない・・・か。」
部屋に入ったベリオンは、ベッドに横になると、彼女の姿を思い出していた。
「・・・アユムの記憶によると、異種族でも学校に通っていたはずだ。マギの学校には、エルフがいた。王都の学問場でも、亜獣人や獣人、ドワーフが学んでいた。下手な人間より学もあった記憶がある。・・・お前の言う種族差別は、相当深刻なレベルのようだな。」
「学問が学べないなんて序の口だよ。異種族には何の権利もないんだ。これが何を意味するか、分かるかい?」
「・・・何かしらの被害を被ったとしても、保障されないということか?」
「そういうこと。人を殺せば死刑だけど、異種族を殺しても罪には問われない。魔物に襲われた際、人間の村が襲われれば討伐隊が来てくれるけど、異種族の村は見捨てられる。お金を出したとしても、お金だけ持ち逃げされてね。今の彼らは、魔物と同じ扱いなんだよ。この宿の子は、幸せな方だね。」
「・・・アユムは、こんな世界を作るために死んだのか?・・・まったく理解できない。」
「それを悔いたからこその復活じゃないか。彼だって、こんな世界になるのは不本意・・・。」
その時、外の方から獣の遠吠えが聞こえてきた。
「・・・これは・・・ウルフか。」
「この声の感じから、結構近そうだね。」
すると、いきなり扉が開き、受付の娘が息を切らして入ってきた。
「お客さん!隠れて!」
「・・・どうした?何を慌てている?」
「ウルフの大群が村に来ます!お客さんは隠れてください!」
「・・・数は分かるか?」
「・・・十匹以上は。」
「この村に、ウルフと戦える人間は何人いる?」
「村長の息子さんは、村一番の腕自慢です。前に聞いたら、レベルは5と。」
(5か。・・・一般人の少し強い程度のレベルだな。)
「あと、男の人達がいます。レベルは2か3と。」
(・・・話にならんな。ウルフ十匹なら、2、3レベルの戦士が五、六人は必要になる。ウルフは弱くても、数があるからな。それに、十匹以上の群れとなると、上位種のハイウルフがいる。そうなれば、十人いても勝てるかどうか・・・。)
「ですからお客さんは、部屋に隠れて・・・!」
「・・・いや、俺も加勢しよう。」
「ええ!?ですが・・・!」
「俺は、武者修行の旅をしている。腕には覚えがある。何か、武器を貸してはくれないか?こん棒でもなんでもいい。」
「・・・父が昔使っていた弓がありまが・・・。」
「昔?お前の父は、狩人だったのか?」
「父は、冒険者でした。・・・でも、怪我をして引退して、この村に来たんです。」
(・・・冒険者。金で魔物退治や商人の護衛を引き受ける何でも屋だったな。冒険者に種族は関係ないのだろうか?)
「分かった。それを貸してくれ。これは少ないが借り賃だ。」
ベリオンは、娘に銅貨を一枚渡そうとする。
「!駄目です!受け取れません!村を守ってもらうのに、お金をもらうなんていけません!」
「・・・そうか。すまないな。」
「今、持ってきます。待っていてください!」
娘は部屋を出て行く。残されたベリオンは、微笑んでいた。
「・・・しっかりした女だ。世界もまだ、捨てたものじゃないな。」
次回、ベリオンが無双します。