第4話 勇者魔神と邂逅する
「・・・?・・・ここは・・・?」
気が付くとアユムは、何もない真っ白い空間にいた。そこには、自分以外何もない、本当に真っ白な世界だった。
「・・・どうして・・・?僕は、・・・死んだはずなのに・・・?」
「そう、君は死んだ。確かにね。」
「!」
突然、子供のような声が聞こえ、アユムは声がした方を向く。そこには、黒一色の服装を身に纏う黒髪の少年がいた。年齢は、だいたい十歳前後だろうか。だが、どこか不思議な雰囲気を醸し出していた。
「・・・君は・・・誰だ?」
「僕の名は、魔神ルシフ。」
「!魔神ルシフ!?」
その名前に、アユムは聞き覚えがあった。『魔神ルシフ』とは、魔族が崇拝する神のことである。
神は、それぞれの種族を創造したとされる存在で、創造した種族を守護しているとされている。人間なら『仁神ヒューム』、エルフなら『妖精神フェア』がいる。だから、アユムには理解できなかった。何故、魔族を滅ぼした自分の前に、魔族の神が現れるのか。
「・・・魔族の神が・・・どうして僕の前に・・・?」
「君のことは、ずっと見ていたんだよ。短いながらも壮絶な人生だったようだね。」
「・・・はあ・・・。」
アユムは複雑だった。死んだのだから、人間の神ヒュームの許に行くとばかり思っていたのに、まさか、敵対していた魔族の神の許に行ってしまうとは思わなかったのだ。
「ははは。まあ、君達人間にとって、僕は邪神のような存在だからね。そう思っても仕方ないか。でも、僕は君を気に入っていたんだ。目標に向かってひた向きに努力するその姿勢をね。君はそれで、人間最強の戦士になった。それに聖剣の力が加わって、見事に魔王を倒した。素晴らしかったよ。でも、そんな君が、まったく報われず終わったものだからね。惜しいと思ったんだ。それで、死んだ君の魂を、この魂と肉体の狭間の世界に呼び寄せたんだ。」
「・・・僕は、魔王を倒したんですよ。あなたの創った魔族も滅ぼした。なのに、どうして素晴らしいなんて言うんです?それに惜しいって・・・憎いとか思わないんですか?」
「憎いね・・・。君達人間ならそうかもしれない。けど、僕は寧ろ感謝しているんだ。彼らを滅ぼしてくれたこと。」
「・・・どうしてです?あなたは、魔族の創り主でしょう?どうしてそんな風に?」
「確かに、魔族は僕が創ったよ。そして、滅んだことは確かに悲しい。でも、魔族の存在する理由を考えれば、これは必然だったんだ。」
「存在する理由?」
「元々、魔族は、人間達の勢力が強くなることを危惧した他の神々が、僕に創るよう頼んで誕生したんだ。」
「ええ!?」
魔族が単なる敵や悪者と思っていたアユムにとって、ルシフの語った話は衝撃的な内容だった。ルシフによると、生み出した種族の勢力が強くなると、創造主である神の力も増すのだという。人間は、他種族に比べて肉体的にも魔力的にも劣るが、繁殖力だけは群を抜いて高かった。そして、文明の利器を利用することで、力の強弱を補うを編み出す知恵も持っていた。それにより、最弱の種族と言われながら、他の種族以上に勢力を拡大することに成功した。このままでは、ヒュームが他の神々より抜きん出て強くなってしまう。それを恐れた他の神々は、未だに種族を創っていなかったルシフに相談し、魔族を創らせたのだという。表向きは、世界の均衡を保つためだと言って。
「まあ、彼らの本心は分かっていたよ。自分達が一番になりたいから、ヒュームが邪魔だったのさ。もっとも、僕もヒュームの奴が嫌いだったから、それに乗ることにしたんだ。で、創ったのが魔族だったんだ。彼らには、本能的に人間を襲うよう刷り込んでいたんだ。だから、彼らは人間と敵対していた。でも、人間しか襲わないというのも不自然だからね。他の種族に対しても攻撃的になるようしておいたんだ。ただし、あくまで均衡を保つのが役割だ。他種族を襲うし殺すけど、必要以上に殺したりしない。そんな風に刷り込んだんだ。」
「・・・それで、魔族は人間や他の種族を襲っていた・・・。世界の均衡を保つために・・・。」
魔族の意外な役割に、アユムは自分のやったことは、世界のバランスを崩すことだったのではないかと思い、後悔した。
「・・・僕達のやったことは・・・間違っていたんでしょうか?」
「まあ、結果的に間違ったかもしれない。でも、途中までは意外といいところまで行ってたんだ。」
「いいところ?」
「人間は、一時的に他種族と手を組んだ。魔族を倒すためにね。」
「ええ。魔族が滅びるまで、人間は他の種族と同盟を結んでいたはずです。」
「実はね、この裏には神の差し金があったんだよ。ヒュームを嫌っていた他の神々は、僕を裏切ってヒュームに付いたんだ。」
「ええ!?どうして!?」
「魔族が強すぎたのさ。僕は、少数でありながら多数の人間と戦えるよう、魔族に強力な力を与えた。それによって魔族は、繁殖力を犠牲に他種族を寄せ付けない圧倒的な強さを得たんだ。・・・他の神々は、ヒュームが負ければ、次は僕が頂点に立つのでは?と危惧したわけだよ。酷いものさ。僕にあれだけ、どんな奴にも負けないような種族を創れと言ったくせに。ひょっとしたら、自分の創造した種族も攻撃したのが気に食わなかったのかな?でも、それも了承していたはずなんだけどね・・・。」
「・・・じゃあ、バランスを取るはずの存在だった魔族は、その役割を果たせないようにされた?」
「いや、ある一点では、役割を果たしていたよ。形だけとはいえ、人間と他種族が手を結んだんだ。これは、ある意味大きな前進だった。世界が一つになったんだから。」
「・・・だから、彼らが滅んでも問題ないと?・・・それは、あんまりなんじゃ・・・。」
「いや、ブライのような一部の好戦的な魔族はともかく、魔王と他の魔族がそれを望んだんだ。自分達が捨て石となり、世界が平和になるなら、これほど喜ばしいものはないとね。」
「!」
アユムの脳裏に、魔王の最期の表情と言葉が過った。その顔は、とても穏やかで、嬉しそうな顔だったのだ。
(・・・世界を・・・頼んだぞ・・・勇者よ・・・。)
「・・・じゃあ・・・魔王は・・・自分の命で世界が平和になることを望んでいた・・・?」
「・・・本当なら、助かりたいと願う者は助けるつもりだったよ。神々の醜い争いを見れば、魔族が滅べば人間と他種族との戦争になるのは目に見えていたからね。僕だって、創造物に対する情はある。・・・でも、それに関しては、どの魔族も拒んだ。魔族は、神はそうでも、その子供である他種族が平和な世界を作ってくれると信じ、世界の悪として堂々と滅ぶことを選んだわけだよ。・・・まあ、ブライ達好戦派は、単に強い奴と戦えればそれでよかっただけだったけどね。でも、彼らも満足していたよ。君達という、人間最強の戦士達と戦えて死ねたんだ。本望だったようだよ。」
「・・・でも・・・世界は・・・。」
「・・・そう。結局人間が滅茶苦茶にしてしまった。僕の想像は当たっていたんだ。そして、神の世界でも、ヒュームは強大な存在となり、他の神は隷属することになってしまったんだ。・・・馬鹿な話だよ。これじゃあ、自分達を貶めてまで平和な世界を作ろうとした魔族が浮かばれない・・・。」
ルシフは、とても悲しそうな顔をする。アユムは、このルシフという神は、本当に世界をよりよくしたいと思い行動しているのだと感じた。そして、それがまったくうまくいっていないことも。
(・・・僕に似ている・・・。いや、僕なんかより、よっぽど世界を愛している・・・。)
「・・・まあ、彼らの馬鹿っぷりは今に始まったことじゃない。それ以前も、目先の欲に目が眩んで、簡単にヒュームに主導権を握られていたからね。自分が一番になるんだとか思ってるくせに、相手を見くびりすぎだ。そのくせ、失敗を他の神に転嫁する始末。・・・もう、手に負えないよ・・・。こんな神々が創造主じゃ、創造された種族がこんな目に遭うのも道理だろう?」
「・・・正直幻滅しました。神様って、もっと厳かでしっかりしてるんだとばかり・・・。」
「ははは・・・子供といえる他種族の方が、逆にしっかりしているからね。君も、他種族に友達がいたはずだよね。」
「はい。皆、いい人達ばかりでした。一般的に言われている他種族像なんて、単なる思い込みと先入観だったと理解しました。」
「本当に君は、素晴らしい勇者だ。君みたいな人間ばかりなら、僕も魔族なんて作らなかっただろうに・・・。いや、作っても、天敵なんて設定、しなかっただろうな・・・。」
「買い被りすぎです。僕なんて、悪い人間の道具でしかなかったんですから・・・。」
アユムは、自嘲的に言う。自分の人生、一度たりとも人の役に立てたことがなかったからだ。
「僕は、ヒーローになりたかったんです。困っている人がいたら、手を差し伸べて力になれる。そんな人間になりたかったんです。だから、騎士になろうとしました。・・・でも、騎士はヒーローじゃなかった。守るべき人々を足蹴にして、安全なところから部下に危険なことを全部やらせる・・・。そんなものだったんです・・・。」
「あれは酷いよね・・・僕も、見ていてムカムカしたよ。」
「でも、勇者の存在を知って、世界を救えるほどの力を手に入れれば、ヒーローになれると思ったんです。・・・結果は・・・知っての通りですけど・・・。」
「・・・。」
「・・・僕は、そんな人間なんです。単純で考えが足りなくて、ずる賢い人間にいいように利用されて使い潰されてしまう・・・。僕は、ヒーローなんてなれるはずのない人間だったんです・・・。」
「悲観するのは早いよ。君がヒーローになれなかったのは、単に君の学のなさや、お人よしだけじゃないから。」
「え?」
「だって君、ヒュームの奴に、運命を操作されて、人柱になる道に行くよう誘導されていたんだから。」
「・・・え?」