第2話 勇者奸計に死す
「はあ!はあ!はあ!」
「はあ!はあ!はあ!」
二人の青年が、雨が降りしきる中切り合っていた。一人は、軽装で、マントを身に着けた茶髪の青年で、ショートソードを手にしていた。もう一人の青年は、立派な鎧を見に纏った騎士風の青年で、ロングソードを手にしていた。
「・・・ナイさん・・・お願いです・・・もうこんなことは止めてください・・・!」
「・・・アユム様・・・俺もこんなことはしたくありませんでした・・・。ですが、俺は騎士です!国王の命は絶対です・・・!・・・お許しを・・・!」
悲痛そうな面持ちで対峙する二人は、そんな問答を続けながらも、切り合いを続けていた。だが、明らかに茶髪の青年の動きは悪く見えた。一応、互角か善戦しているように見えるが、勝負は徐々に、騎士の方が有利に傾いていく。
そして、それから何度目のぶつかり合いか。ついに青年の剣は折れ、騎士の剣が青年の身体を切り裂く。斬られた青年は、傷口から夥しい血を吹き出し、その場に崩れ落ちた。
「はあ!はあ!はあ!」
勝利した騎士は、息を切らしながら青年に近付く。
「・・・何故・・・何故わざと切られたのですか!?・・・俺を守るために!?こんな俺でもまだ、仲間だと思っていたからなのですか!?」
「・・・。」
青年は、何も答えない。もう、青年には、返答する気力も体力もなかったのだ。
「・・・何が騎士だ!・・・何が忠義だ!・・・俺は・・・ただ自分の命が惜しいだけの卑怯者だ!」
青年騎士は、その場に力なく座り込むと、悔しそうに地面を叩く。
「やりましたな、ナイ第三騎士団長。」
その時、青年騎士と同じ鎧を着た中年の騎士が、大勢の騎士を引き連れて現れた。
「・・・第一騎士団長。反逆者であり、偽勇者のアユムを処刑いたしました。」
中年の騎士を見た青年騎士は、すぐに立ち上がると、恭しく頭を下げる。
「うむ。これで陛下もご安心なされるだろう。ご苦労だった。」
「・・・はい。」
青年騎士の顔は、まるで死人のように元気がなかった。だが、中年騎士は気にすることなく、彼の横を素通りすると、倒れている青年に近付く。
「・・・さて、だが非常に困ったことになった。まさか、勇者が偽物など、これは王国の信用に関わることだ。」
「?」
「魔王を打ち倒し、人々を守ってきた勇者が偽物など、民が納得すまい。そして、それを任命した陛下の責任を問おうなどと考える不敬な輩が現れるやもしれん。」
「?」
青年騎士は、中年騎士の言ってる意味が分からなかった。何を彼は言っているのか。
「・・・つまりだ。アユムは偽勇者ではなく、アユムの名声を妬む愚かな仲間達の起こした醜い嫉妬による仲間割れという形にするのがよいと陛下は命じられたのだ。」
「!」
「第三騎士団長ナイ!いや、反逆者ナイ!勇者殺しの大罪人!この場で死刑とする!」
「!謀ったな!最初から俺に罪を着せるために・・・!」
「ふふふ。何のことかな?」
「貴様ぁ!!!ぐふっ!?」
青年騎士は、中年団長に切りかかろうとするが、背後から他の騎士達の槍で串刺しにされてしまう。
「ふふふ。腕っぷしと騎士に憧れる心だけは、使い道があったな。」
そう言うと、中年騎士は青年騎士の剣を奪うと、倒れている青年の胸に、深々と剣を突き刺した。
「!」
「・・・本当に酷い男だ。かつての仲間を切りたくない勇者を一方的に・・・。」
中年団長は、口では酷いと言いながら、その表情は、邪悪な笑みを浮かべていた。
「・・・貴様・・・!」
「・・・やれ。」
青年騎士の身体に、さらに槍が突き刺さる。青年騎士は、まるでハリネズミのように槍だらけにされてしまう。
(・・・これが・・・保身のために忠義を騙った・・・偽騎士の・・・末路・・・か・・・。)
青年騎士は、無念そうな面持ちで崩れ落ち、二度と目を覚ますことはなかった。
「他の仲間は始末しました。こちらが死体になります。」
「よくやった。外道騎士ナイ、似非魔法使いマギ、強欲盗賊シー、そして、英雄を堕落させた悪女ナミ。こいつらの死体を晒せば、愚かな連中は信じることだろう。」
中年団長は、満足そうな顔で、横たわる死体を見下ろしていた。それは、先ほど死んだ青年騎士とは別の死体、魔法使い風の女性、軽装の女性、そして、村娘風の装いの女性だった。
「では、首だけ切り落として引き上げるぞ。」
「首以外はどうします?」
「捨ておけ。首以外に価値はない。放置して構わん。」
「勇者の死体はどうします?あと、向こうには子供の死体もたくさんありますが?」
「子供の死体は、一か所に集めて処分しろ。奴らが隠れていた穴にでも放り込んで焼けばいい。勇者の死体は、捨て置いて構わん。このまま獣の餌にすればいい。」
「はっ。」
四人の死体から首だけ切り落として回収した騎士達は、その場を立ち去っていく。残されたのは、身体中傷だらけで、胸に剣を突き刺された青年と、首のない四人の男女の死体だけであった。
それから数分後、青年から離れた場所から、煙のようなものが上がっていく。
「・・・ああ・・・結局僕は・・・最後まで・・・悪い奴らの・・・道具・・・。」
それが、青年の最後の言葉だった。そのまま青年は、瞼を閉じると、二度と動くことはなかった。
この青年の名はアユム。かつては勇者と呼ばれ、魔王を討伐した英雄であった。だが、彼はかつての仲間に反逆者として倒され、その上司に命を絶たれた。何故勇者が?知らない人間はそう思うだろう。彼は、結局は人間の都合のいい道具に過ぎなかったのだ。