無人駅からの呼びかけ
高二の夏休みも半ばを過ぎた暑い夜のことだった。
自室で勉強をしていた俺は、一段落ついたところで時計に目をやる。
時刻は十一時半を少し回ったところだ。
だらしなく椅子に沈み込むとスマホを取り出して、某掲示板のオカルト板へと向かう。
俺はいわゆる怪談話が好きで、暇さえあればその手の話を探している。そこでひとつのスレッドが目に留まった。
【幽霊電車】誰か助けて!【無人駅】
それはリアルタイムで書き込むいわゆる実況スレだった。
臨場感があるし双方向のやりとりができるので、ネタが陳腐でもそれなりに楽しめる。
だがこのタイトルは期待できそうにない。
これは有名になった都市伝説もある古臭いネタで、いったい何番煎じだといった感じだ。
だが読み始めた俺の目は釘付けになった。
そこに書かれている駅名がうちの最寄り駅なのだ。
身近な名前が出ていることに驚いて俺は慌てて読み進めた。
スレ主は二十四歳の男性で、この路線に乗るのは初めて。
始発駅から最終電車に乗って出発した。その時には少ないながらも他にも乗客はいた。
すぐに眠ってしまい気がつくとこの駅に着いていた。だがいくら待っても出発しないし他の乗客もいない。さらに先頭車両まで行ってみたが運転手もいなかった。駅員の姿も見当たらない。
電話は通じないがSNSなどへの書き込みはできる。それで知人に助けを求めたが、知人も反応に困っているらしい。
スレ主以外の書き込みも盛況である。
[線路伝いに戻ればおk]
[進めばトンネルがあるからそれを通ればいいんだゾ]
[おまえら無責任なこと言ってんなよ。いいか絶対に電車から降りるなよ。線路を戻ったりトンネルを潜ったらあっちの世界にいくからな]
[スマホ持ってるんなら景色映してうpよろ]
[てかこのネタ飽きたよな]
俺と同じ感想を持つものもやはりいるらしい。
しばらく待つとスレ主が画像を貼った。
無人の車内と運転席。
ホームに立てられている駅名標。
小さな駅舎。
暗くてはっきりと映っていないが駅前の大きな建物。
[お店っぽくないけど、これは何だろう?]
普段は書き込みはしない主義だが、スレ主の疑問に思わず反応してしまった。
[それは情報センターですね。図書館とか市役所の出張所とか物産コーナーが入っている。俺はその駅を利用しています]
すると一気に書き込みが増えた。
[地元民キタ――(゜∀゜)――!!]
[これは新しい展開]
[いいじゃん。そいつに行ってもらって本当かどうか確かめようぜ!]
しまった。これじゃあ自分から釣られにいったようなものだ。
後悔したところにスレ主からアンカ付きのレスがきた。
[お願いします。助けて下さい!]
嘘つけ。どうせ行ったところで電車など停まっておらず、スレ主は雲隠れ、スレの住人からは「こんなので釣られてやんのプークスクス」と笑いものだ。
[駅を出て真っ直ぐに行けば国道に出ますし、そこを右に進めばすぐに警察署がありますよ]
とりあえず地元民らしいアドバイスをしてみる。
[誰かも言ってたけど電車から降りたらヤバイ気がする。それに駅前の道にも人も車もまったく見えないのはおかしくない?]
いや、この時間ならそれが普通なんだが……。
田舎を舐めるなよ。思わずそう言ってやりたくなる。
時刻表を確かめると最終電車に乗ったというスレ主の書き込みは、時間的な辻褄は合っているようだ。
結局俺は行くことにした。スレ主の必死さが気になったのである。
もしこれが釣りならバレるのを嫌って、むしろ来ないように仕向けるはずだった。
俺はスマホと財布をポケットに入れると部屋を出た。
両親はすでに眠っている。できるだけ音を立てないように玄関を出ると自転車に跨った。
駅までは約二キロだ。
急ぐつもりはなかったが自然と足に力が入ったのだろう、五分とかからずに情報センターが見えてくる。
駅前通りを立ち漕ぎでラストスパートをかけて駅へと到着すると、俺はスマホを取り出して書き込んだ。
[駅に着きましたが電車はありません]
まあ当然である。
いっせいにレスがついた。
[見事に釣られたな]
[このクソ暑い中ホントに行ったのかよwww]
[俺は評価するよ。ご苦労さん]
[( ・∀・)っ○ これでアイスでも買っておくれ]
[乙]
さて帰るかと思った時にスレ主からレスがきた。
[来てくれたんだ。今どこにいるの?]
この期に及んでまだ続けるのかよと思ったが返事をした。
[駅舎の横のフェンスの所ですよ]
すると少し経ってから再びレスがきた。
[自転車かバイクに乗って白い服着てる?]
これには驚いた。
確かに俺は自転車に跨ったままだし、白いTシャツを着ていたのだ。
[なんでわかったんですか?]
[はっきりとは見えないけど、ぼんやりとした輪郭みたいのが見えるんだ。ホームに上がってくれないかな]
あたりを見回したが誰かが隠れてこちらを見ている気配はない。当然だが駅はすでに閉まっている。
人気のない駅前ロータリーは無機質で不気味だ。
怖さもあり躊躇ったが、俺はフェンスを乗り越えてホームへと上がった。
[僕は先頭車両の一番前のドアのところにいるんだ。ええっと、この電車って上りになるのかな? それとも下り?]
始発駅が書いてあったからスレ主が乗ったのは下りだと知っていた。
俺はホームのその位置に立つ。
[さっきよりもよく見えるよ。背が高いね。白のTシャツに黒の短パン、靴は赤だね]
全て当たっている。しかし俺に見えるのは線路の向こうのフェンスと、線路沿いの遊歩道の植え込みだけだった。
[もう一歩前へ出てくれる? 白線のあたりまで]
その要求にこたえながら、こちらからは何も見えないとスマホを打とうとした瞬間――その手をいきなり何者かに掴まれ、物凄い力で線路の方へと引っ張られた。
ホームから落ちるギリギリのところで踏みとどまり、掴まれた手を振りほどこうと力任せに後ろへと引く。
何とか手は自由になったが、その反動でスマホが線路へと落ちた。
俺は呆然としながら後ずさる。するとホーム下の暗がりから低い声が聞こえてきた。
「逃がしたか」
俺は反射的に駆け出し、フェンスを乗り越えると自転車に飛び乗って全速力で家に帰った。
家に着くと父親のノートパソコンを起動させオカルト板を開く。
しかしそこには先程まで書き込んでいたあのスレッドがない。いくら検索をかけても見つからなかった。
俺は手当たり次第に書き込みをして、さっきまで【幽霊電車】誰か助けて!【無人駅】というスレッドがなかったか、そこに書き込んだ人間はいないかを聞きまくった。
だが反応はなく、荒らし認定されただけだった。
次の日、太陽が照りつける昼間を待って俺は駅へと行った。
ホームのあの場所で、恐る恐る線路を覗くが俺のスマホは見あたらない。それ以外の何かの形跡もなかった。
駅と警察署にも落とし物として届けられていないかを確認したが、どちらもないという返事だった。
あの得体の知れない何かはスマホを使いこなしていた。
今度は俺のスマホがそうやって使われるのだろうか……。