精一杯頑張ったから、幸せです
ブクマがぁ、ブクマの数がぁぁぁ(ガクガクブルブル)
小鳥の囀りとカーテン越しの柔らかな朝日が、夢の世界の住人にゆっくりと語りかける。
「う……ん」
ベッドの中でモゾモゾと身動ぎをし、横にあるはずの温もりを手探りで探せばそれは感じられず、何となく寂しくてキュッと体を丸めシーツの中に潜り込んだ。
「クレリット、どうしました?」
「……ふぁ」
上の方から柔らかく降り注がれた声と、鼻腔を擽るいい香りにつられてクレリットはゆるゆると瞼を開ける。
「セレン」
「はい、おはようございます」
「おはよ……ぅ」
若干かすれた自分の声と、わずかな筋肉痛に眉頭を寄せつつもセレンが渡してくれた小瓶を受け取り、一気にあおる。
それで一息ついていると、今度は目の前に薫り高いお茶が差し出された。
「ふぅ、美味しい」
「新しいハーブティーですが、お気に召されて何よりです」
にっこりとセレンに微笑めば、彼も黒い瞳を細め口角を上げる。
目覚めのお茶は大公令嬢の頃からの、朝の習慣だった。
その時は紅茶で、用意してくれていたのは侍女ではあったが、この地に越してきてから朝一のポーションもクレリットの新しい習慣となった。
魔力は一晩寝れば回復するが、体力や疲労はそうはいかない。
自分のことは自分で……やってるつもりではあるが、如何せん元大公令嬢の体力が護衛でもあった元従者のそれに敵うわけがない。
だから元従者は、元主の世話を嬉々として焼く。
もう対等な間柄だというのに、言葉使いも態度も丁寧なままに。
それを指摘したりもしたのだが「俺の生き甲斐を奪わないでください」などと素面のまま臆面もなく言い放ったのは、記憶に新しい。
「セレン、今日はどうするの」
「素材も貯まりましたし、小麦や肉や野菜も少なくなってきました。 買い出しも兼ねて、冒険者組合に立ち寄りたいと思っています」
「分かったわ、お風呂に入って支度するわね」
「はい、朝食を用意してお待ちしてます」
セレンが茶器を下げ部屋から出ていくと、クレリットはベッドから出て洗面所へと向かう。
夜着を脱ぎ浴室に入れば、そこは天然かけ流しの岩風呂である。
いざという時の隠れ処を探していた頃、自然の岩風呂を発見した瞬間の狂喜乱舞は元日本人なら当然の結果で、いざ、という現状でなくてもここは別荘地として確保していた事だろう。
クレリットの生家であるエルランス大公領は王都の南にある為、気温は高く四季も薄い、気候は常夏から寒くなっても常春といったところか。
海に面した港湾であり、国の販路の一つを担っている。
本来は母の家であるランス伯爵領なのだが王弟が大公として下ったということで、現在は王家の血に連なる者の証として『エル』ランス大公領と呼ばれている。
そんな自領の小高い丘に建てられた、屋敷の窓から遠くに見えていた小島。
周囲を断崖絶壁の岩肌に阻まれ、渡り鳥しか立ち寄れない無人島。
転生者と自覚してからも未だ幼いクレリットは、よくその島を眺めていた。
「がいりんざんっぽいんだよね、なかにカルデラぼんちとかないかな」
島は領地に属していない、だから国にも属していない、いわば『国外』いくら目に見えている場所とはいえ、海上の安全かどうかも分からない無人島に大公令嬢を、それも幼女を連れて行ってくれる者などいない。
だがクレリットは、諦めるつもりは毛頭なかった。
元々、断罪された時の隠れ処を探しているのだ。
いざという日に、居場所が発覚してしまっては意味がない。
自力で、しかも秘密裏に調査を行う必要がある。
だからクレリットは、何よりも魔法の習得に力を注いだ。
残念ながらセレンのように、膨大な魔力に恵まれていたわけではなかったから、強大強力な攻撃魔法などには向いていない。
代わりに平均より少しだけ多い魔力を有効活用するべく、繊細な魔力操作を懸命に覚え、完璧な操作技術を早々に会得した。
表向きは幻術や補助魔法や生活魔法を習得しているように見せ掛けて、心血を注いで、前世の記憶を元にオリジナルの空間魔法を編み出した。
転移とアイテムボックス、それがクレリットの得意魔法。
その魔法を使って無人島の断崖絶壁の内部を覗いてみれば、予想以上の光景が広がっていた。
そこには野球場ほどのカルデラ盆地が広がっていて、長年の渡り鳥たちの功績か肥沃な土地に、多種多様な植物や木々が生えている。
雨水がしみ込んで、麗の層から滾々と湧き出している湧水もあれば、火山の名残かかけ流しの温泉が岩の窪みに溜まっていて、天然の岩風呂となっている。
文句などつけようもない、好立地の隠れ処だった。
その後の計画も、秘密裏に進められる。
王妃教育や学業、夜会や茶会の間をぬって、幻術と転移と時には空間魔法を使って、自分の人形を作り身代わりにして屋敷を抜け出す。
この時ばかりは、殿下が自分に興味なく、放置してくれて非常に助かった。
様々な人物に変装したりして、王都中を自分の足で回った。
庶民が暮らす小さな家を購入し、果物の苗木を手当たり次第に集めた。
それらを全てアイテムボックスにしまうと、領地に戻った時に島に跳び、家を岩風呂の側に取り出し、苗木は元々木々が生えていた場所に植えた。
不必要な物は換金し、王都から領地に帰る毎に島の家の中に貯めておいた。
大公令嬢から念願叶って平民となって、初めてセレンをこの島の家に招いた時の彼の顔は、全くもって見ものだった。
それから半年間、二人っきりで過ごした。
島に来る前に領内で食料や生活必需品を買い込んで、アイテムボックスに大量にしまい込んだ。
外に隣接していた岩風呂は、そのまま露天風呂でも構わないと思っていたが、セレンが小屋を組んで寝室から行けるように改装してくれた。
内部からの出入りは、一番薄い岸壁をセレンの爆破魔法で穴を開け、クレリットの幻術魔法で、以前と変わらないようにカモフラージュした。
以前に植え付けた、果物の木はほとんどが生き残り、大きく育っていて十分に収穫の見込みが立てられた。
魚を捕ったり、鳥を獲ったり、海水から塩を作ったり、畑を耕し野菜を育て、ハーブを摘んで、果物を採ったり、天然の蜂の巣から蜂蜜を収穫する。
魚を日干し、肉を燻し、ハーブを干し、野菜でピクルスを作り、果実でジャムを作り、干し野菜や干し果物も作る。
家畜の世話をし、鶏から卵を貰い、山羊の乳を絞りチーズとバターを作る。
掃除をして、洗濯をして、パンを焼いて食事をする。
小麦粉とバターと塩とジャムで、クッキーを作る。
卵と乳と蜂蜜で、プリンを作る。
二人で協力して、二人で話して、二人で作業する。
平和で長閑で穏やかで、何者にも追われない強制されない束縛されない、ゆっくりとした、しかし充実した時間が過ぎてゆく。
だがまぁ、半年も過ぎれば色々と足りなくなる物も出てくるわけで。
クレリットは自分とセレンに幻術魔法をかける。
茶色の髪と茶色の目、容姿も目立たないようにして、この国の平均的な男女に変身すると、島から跳び領に渡った。
市場や雑貨や商店で、足りなくなった物、必要になった物を買い終えて冒険者組合に赴いた。
半年間、島で暮らしている間に魚の魔物や鳥の魔物を討伐して、相応の素材を手に入れていたし、島の肥沃な土地で結構な量の薬草が採取できていたのだ。
「では素材を売ってきますから、その辺で待っていてください」
「了解です」
お道化た調子でクレリットが敬礼をすると、セレンは優しげに目を細めそのままギルドの受付に足を進める。
初めての冒険者組合に、物珍しげにキョロキョロと視線を彷徨わせていたクレリットだったが、仕事依頼の掲示板に信じられない張り紙を見付け、ゆっくりと吸い寄せられた。
「何、これ?」
そこにあったのは他の依頼書より、随分と上等で大きな羊皮紙だ。
描かれていたのは、髪を切る前の自分の絵姿と依頼文。
『情報求む
クレリット・エルランス
プラチナブロンド、紫の瞳、十八歳、女性
有力な情報提供者には金貨十枚、本人を連れてきた者には白金貨十枚を与える
尚、黒髪黒目の従者と共にいると思われる』
情報受付の大本が、王都の王城になっていた。
(え!? 情報提供? 本人召喚? 金貨十枚って百万円ぐらい、白金貨十枚って一億円じゃないっ!?)
本気で意味が分からず首を捻っていると、ポンと肩を叩かれた。
振り向くと、そこには厳つい顔をした冒険者らしき男達が取り囲んでいる。
「おぅ嬢ちゃん、姫様の情報持ちか」
「……姫様?」
「そうだ、我らの大公姫様だよ」
大公姫様って何だ、そんな二つ名は知らないぞ!? と思いながらも、ゆっくりと首を横に振る。
「ごめんなさい、最近この領に来たばかりで何も知らないんです。 この方、この領のお姫様なんですか?」
キョトンとした表情に、男達の雰囲気も幾分か柔らかいものになる。
「そうか、知らないんなら構わねぇ。 ただ金に目が眩んで、姫様を探そうなんて思わないこったな」
「何か、悪い事でもなさったのですか?」
「いーや、悪いのはこの国のクソ王子だ」
「姫様を蔑ろにして浮気して、婚約破棄した上に、家名剥奪に、国外追放だぁ!」
「ところが姫様はそんなクソ王子をきっぱり振って、自分の従者と喜び勇んで隣国に駆け落ちしたんだとよ」
「それなのに、今更呼び戻そうなんて、クソ以下だな」
「呼び戻す? 王子様から婚約破棄なされたのですよね、なのに何故?」
「……アンタ本当に何も知らないんだな、いいぜ教えてやるよ。 我らの大公姫様が難癖付けられて、婚約破棄で家名剥奪に国外追放とされちまったのが半年前」
「クソ王子が浮気女と婚約したのが、四か月前」
「帝国の皇子を送る晩餐会で、クソ王子と浮気女がポカやったのが、三か月前」
「で、この依頼書が張り出されたのが、二か月前」
「大方、浮気女じゃ王妃役はこなせないとやっと分かって、慌てて姫様を探してるんだろ」
「皆さん、随分とお詳しいんですね」
「あぁ、この依頼書を張りに来た騎士が王都に行ってた同郷者でさ。 経緯を詳しく話していったんだ」
粗野な冒険者達でも大丈夫か、と思うほど不敬になりそうな言葉が飛び交ったが、その情報の精度の高さと正確さには驚くばかりだ。
あれほど大々的に人の目に触れて婚約破棄したのだから、人の口に戸は立てられなかったのだろう。
だからこそアーサーとローズの婚約は、急がねばならなかった。
ローズの王妃教育は、礼節だけは付け焼き刃でも二か月で何とかなったが、流石に隣国王子を持て成すのに、二人とも三か月程度のにわか仕立てでは、どうにもならなかった、と言うことか。
(まぁ殿下もお勉強はお嫌いでしたし、ローズ様もそのようで。 でも今更、呼び戻されてもねぇ)
クレリットは、正直アーサーのことはどうでもよかった。
特段、憎しみも恨みもないし、破滅しろなんて悪感情もない。
それは婚約時代も、婚約破棄のあの瞬間も同じこと。
元々、そんな感情を抱くほどの興味も持ちえなかったのは、数々プレイした『君クレ』のアーサーの中では、まだマシな方だったからだろう。
酷い話だと、婚約時代にバンバン暗殺者を送り込んでくるアーサーもいれば、婚約破棄直後に何らこちらの申し開きも言わせず、魔法封じの首輪をはめられ拉致も同然に牢に押し込め、当日処刑なんてアーサーもいたのだから。
そんな非常事態にも備えて常時、幻術魔法は展開していたし、魔法封じの首輪を壊せる道具は、常に太腿のガーターベルトに忍ばせていた。
牢屋に収監された場合は、空間魔法で作った人形を変死体として代わりに置き、転移で逃亡する予定だった。
他にも色々と画策してはいたが、結局は一番安穏な婚約破棄で収まった、と思っているので、本当に、全く、アーサーにもローズにも……と言うか、現状のゲームの世界観に興味がなくなってしまったのだ。
だがそんなクレリットとは対照的に、男達は『姫様』よりのようで。
「二か月経って全く梨の礫なんだ、今更見つかるもんかよ。 少なくとも、この領内で姫様を売る奴なんかいねぇ」
「……随分と、お姫様を慕われていらっしゃるのですね」
「ふん、冒険者になろうなんて奴は孤児院上がりが多いんだよ」
「姫様が小さい頃、領内の孤児院を回ってくれてさ」
「大分、改善されたし悪い噂のあった所はなくなった」
「たまに姫様発案の菓子やら、干した果物やらが届けられてな」
「瓶に入った野菜もあったなー、俺はアレが好きだった」
「勉強は嫌いだったが、姫様が人を回してくれたおかげで、孤児上がりが十分満足に読み書き計算ができる」
「時々、姫様も孤児院に来てたし、その日は祭りみたいに皆騒いでたよ」
在りし日の懐かしさを語るように、厳ついはずの男達の目が弛む。
「俺達は、もうその頃は物心ついてたからなー恩返ししてぇんだが、国外追放となっちまったから、そう簡単に探しにも行けねぇ」
「出来ることといやぁ、姫様がいつ戻ってきてもいいように、この領を魔物から守ることぐらいだしな」
「せめて、その従者って奴と、どっかで幸せになってればなー」
男達の苦い表情と見た目と違う優しい心遣いに、鼻の奥がツンとする。
孤児院を回っていたのは。セレンを探し出すためだ。
お菓子もドライフルーツもピクルスも、保存食の実験をしていたのだ。
秘密にやっていたこと、自分で食べるには多すぎて、身内に配るわけにはいかなくて、処分するには勿体なくて孤児院に送っていた。
人を回していたのも、自分が訪れる時に風通しを良くしておくためだ。
不正や汚職で悪行的に凝り固まってしまっては、自由に動くことができない。
領に帰る度に、自由に島に跳ぶための身内に発覚されない、適当な外出場所が必要だったから。
それが巡り巡って、こんな風になってるとは夢にも思わなかった。
彼等の想いに応えたい、心配を取り除きたい、だけど自分が名乗りを上げることはできない。
……だから、今、出来ることは一つだけ……
「大丈夫です、お姫様はきっと、幸せになってますよ」
「おっ、おぅ」
突然に根拠なく自信たっぷりに言い切られたことに、男達が戸惑う。
だが、釘を刺すのも忘れない。
「だから、いいか嬢ちゃん。 大金に目が眩んで姫様を探そうなんて、くれぐれも思うんじゃねーぞ」
「そんな無粋な真似はしません」
きっぱり言い切ったついでに、ふと視線を上げると、後ろから慌てた表情で小走りに駆け寄ってくるセレンの姿が見て取れた。
大男達に囲まれているクレリットを、心配してのことだろう。
この世界はゲームに似た世界、自分は悪役令嬢で自分一人だけが懸命に運命に抗い戦っているのだと思っていた。
だけどホラ、周囲をよく見てみれば、世界はこんなにも優しい。
クレリットは男達の脇をすり抜けて、セレンの腰に抱き付き、それはそれは嬉しげに頬を緩ませた。
「私達、新婚なんで、とってもとっても幸せなんです」
周りも幸福にしそうな、温かな微笑みを振りまいて。
さてここに、一握りの者達に囁かれている都市伝説がある。
『君が恋人ったらシークレット』略して『君クレ』・・・何故、君クレなのか。
普通ならば『君恋』や『恋シー』とかにならないか?
その名には、原作者の思惑が隠されているのではないか。
『君クレ』は『きみくれ』、君を頂戴という意味ではないのか!?
そして『君が恋人ったらシークレット』、『きみがこいびとったらしーくれと』
『きみ がこい びとったらし - くれっと』
『君 囲い 人誑し 一 クレ(リ)ット』
つまりは悪役令嬢クレリットが、一番の人誑しで周囲を魅了する話であり、要するにこのゲームは悪役と固定された筈の彼女が、真の主役ではないのかっ!
まぁ、都市伝説である。
本編はこれで終わりですが、男達の四方山話があと2話ほど書けるかなw




