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麻里香達の目線の先には教室へ入ってきた橘渚沙の姿があった。
甘いマスクを持つ整った顔、光に反射して輝く金色の髪、180近いすらりとした身長。誰もが羨むそのルックスで堂々と教室へ入り、麻里香達の方を向いて手を振った。勿論、もう一度悲鳴が上がる。とそこへ渚沙に気づいた咲哉が渚の元へ駆け寄った。
「遅かったな。主役は遅れて登場ってか。たち悪りぃ笑」
「そんなんじゃないよー。ファンサービスも大切かなぁってねー。てか、咲と同クラなのー、まじかー。」
「もう部活サボらせんからな…。」
「うわぁ、サボってるわけじゃないもん!可愛い女の子が目の前にいたら優しくするのが基本でしょ!?俺の素敵な親友の咲ならわかってくれるはず!」
「それ副キャプテンがこの場にいたら、渚、お前、殺されてるぞ…。まじであの人の前で言うなよな!連帯責任で練習量増やされて困るの、こっちなんだからな…。あとお前と親友になった覚えはない。」
「うぐぐぅ。咲のいじわる〜。」
頭を抱えながら悟している咲哉とは対照的に、へらへらとした顔で渚沙は大袈裟に肩をすくめた。他の男子からもヤジは飛んでいたがすぐに咲哉と渚沙を中心に男子の輪ができた。それもそのはず。2人はこのサッカー強豪校の超有名コンビであるのだ。昨年は一年生ながらもレギュラーを獲得し、なんと渚沙はエースとして、咲哉はチームの司令塔として全国ベスト4という結果を残した。特に運動部に所属している男子からは尊敬とともに信頼されているのだ。まぁ、渚沙に関しては一部の反感を買っているが…。主に恋愛関係で…。
「はうぅ、やっぱり橘君カッコいいぃぃ…。」
「うえぇ…、やっぱあの話し方無理。」
目がハートマークになっている琴葉とは対照的に、真星は口に手を当てて吐く真似をした。桃は2人を見比べながら苦笑いを浮かべながらそういえば、と首を傾げて言った。
「琴葉ちゃんってなんで橘君のことが好きなの?意外とメンクイ?」
「ち、違うよ、多分…。それでね、あのね!あのね!去年の全国大会、咲哉に呼ばれたから見に行ったんだけど、ほんっとカッコよかったの!バシーンって決まってワー!ってなって、キラキラしてたのー。で、で、でね、負けちゃった時の悔しそうな表情に涙を浮かべてるところにズキューンてきたの!」
「っていつもいうんだけどね。私には分からん。一緒に見に行ったけど。むしろせっかく呼んでくれた春日井が可愛そう…。」
「いやいや、あんな素晴らしい試合に呼んでくれた咲哉には感謝してるよ〜。へへへ。」
「琴葉ちゃん鈍感だからなぁ〜。春日井君ファイトッ!笑」
と、桃が咲哉に向かって拳を握ったと同時にチャイムが鳴った。ガタガタガタと各自自分の席に向かい着席すると、担任の先生が入ってきた。
「おはよーう。今日からこの2年A組の担任となりました。連続で担任する奴もいるし、僕の授業受けてた人がほとんどだと思うけどいちよう自己紹介しとくな!桜坂央太、29歳、教科は体育。サッカー部の顧問やってるぞー。よろしくな!」
「「馬鹿担今年もよろーー!」」
「うるせぇーー!」
去年の桜坂が担任だった男子生徒が次々と声をあげた。桜坂は去年の琴葉や咲哉、真星などの担任で、通称馬鹿担と呼ばれている。その理由が生徒一人一人のことをじっくりと考えすぎて体を壊したり、夜遅くまで残業、サッカー部の朝練で朝早く出勤し、土日まで学校に働き詰めだった結果、そんなことを続けていたせいで最愛の妻と昨年、離婚してしまったのである。その時満場一致で生徒が思ったのが、簡単に言ってしまえば赤の他人の生徒より家族を優先しないで、最終的に妻と離婚したこいつは馬鹿なんじゃないか…ということで、通称馬鹿担と呼ばれるようになった。持ち前の明るさと親身になって相談に乗ってくれる姿で生徒には大人気なのだが…。
桜坂は溜息をつきながら頭をかいた。そしてぐるっと見渡してながらある一点で目線が止まり、見つめながら言った。
「おい、春日井ー、お前またクラス一緒なんか。学級委員、今年も引き続きやってくれるよな?だれもやりたかねーだろ、こんなの。春日井に押しつけとけ。」
「いいですけど、俺今年は生徒会の仕事もあるんですからね、去年のような雑用減らしてくださいよー。」
「よし、決まり。じゃ、副委員長は荻原でいいなー、俺から見れば学級委員セットだし。はい、2人でいいと思う人は拍手〜。」
これまで関係なさそーな顔で下を向いていた真星がびっくりして顔を上げると周りからは盛大な拍手が響いた。雑用に追われる学級委員はいつも人気がない。やってくれるならこんなに良いことはない、と思っている人がほとんどなのだ。真星は桜坂、そして咲哉と順番に睨むと、桜坂は目線を合わせず口笛を吹き、咲夜に至っては指をさしながら笑っている。真星ははーっとため息をつき冷ややかな目で桜坂を見、片手を肘まで上げ親指と人差し指で丸を作った。そして二度目の大きな拍手が教室中に響き渡った。