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教室へ入ると、もうすでに10人程の生徒が思い思いに話していた。その中には咲哉もいて、去年同じクラスだった男子と小突きあっている。すると琴葉と真星の元に1人の少女がやってきた。
「琴ちゃん、荻原さん、おはよ!」
「あ、桃ちゃん!同じクラスか〜。よろしくね!」
「えっと…瀬戸さん…だっけ。間違ってたらごめん、よろしく。」
「え!荻原さんに名前覚えられてるなんて感動だぁ…。」
「いや、部活一緒の子ぐらい覚えてるよ、…あやふやだけど…。」
「桃ちゃん、去年から真星のファンだったもんね。今年は同じクラスでよかったね!」
「うん!それでね、荻原さんにお願いしたいことが一つあってね、あのー…もしよかったらなんだけどね、うん、よかったら。下の名前で呼んでくれないかな?桃って。ダメかな?」
「それぐらいいいよ。桃、ね。よろしく桃。私のことも真星でいいよ。」
「え!いいの!?やった!あ、でも呼び捨てはハードルが高いので真星ちゃんと呼ばせていただきます…。あー幸せ…。」
そう幸せそうに口を緩めている桃は、去年クラスは違ったが、同じ吹奏楽部に所属している、ホルン奏者である。肩までかかる薄いクリーム色の髪をハーフアップが特徴的だ。
そんな話をしながら3人は自分の席を見つけ、各自鞄を片付けた。その後真星の席の周りに集まり次々と入ってくる新クラスメイトを横目で見ながら話を続けた。すると近くにいたちょっと派手目の3人グループの女の子たちの会話が否応なく聞こえてきた。
「今年のクラス、橘くんと一緒なんてついてる!」
「そうよね!お近づきに…とまではいかないけど、話せるようになりた〜い。」
「麻里香ちゃん、橘くん好きだったよね?麻里香ちゃんなら可愛いから狙えるよ!がんばって!」
「うふふ、ありがとぉ。麻里香、橘様と付き合えるようにぃ、がんばるぅ!」
盛り上がる3人を横に話を聞いていた真星は眉をひそめた。そして琴葉と桃に近寄り声のトーンを下げて言った。
「うわ、最悪。李松蔭と一緒のクラスだ…。あの子去年影で私の悪口言ってた奴だ。めんどくさいことになりそう…。」
「えっと、李松蔭麻里香ちゃんっていうの?すごい名前…。もしかして、真星と同じ感じ?どっかの社長の娘とか。」
「え、あの子だけじゃなくて、真星ちゃんもお嬢様なの…。気品があるもんね、真星ちゃん。カッコいい…。」
「いや、あの子と一緒にしないでね。でも李松蔭の親の会社は結構有名。まぁ業界では嫌われてるけど。親が親なら子も子ってことだよね。はぁ、いちようお父様に報告だな…。」
片手でスマホをいじりながら、真星はそういえばという感じで顔を上げ、琴葉を意味ありげな顔でニヤニヤしだした。
「そーいえばさー、琴葉。琴葉って橘君にひとめ惚れしてたよねえ。よかったじゃん、一緒で。」
「うわあああああぁぁぁ。真星、黙って!黙っててば!!」
「へぇ〜、琴葉ちゃんって橘君のことが好きなの?結構意外だったなぁ。」
「ううう、桃ちゃんまで…。」
「嬉しいくせに(ボソッ)」
「聞こえてるよ!真星!」
真っ赤に染めた顔を手で覆い隠し座り込んでしまった琴葉を見て、桃は琴葉に聞こえないような真星の耳元でトーンを下げて言った。
「ねぇねぇ、琴ちゃんって春日井君と付き合ってるんじゃないの?あたしそう思ってたんだけど!」
「うん、そう見えるけどそうじゃないよ。側から見ればカップル通り越して熟年夫婦なのに。あれは春日井の片思い。琴葉といえば全然気づいてないもんね、ある意味すごい。私でもわかるのに。春日井もヘタレだしな…。」
「あらら、でも面白いことになりそうだね。三角関係って奴?春日井君と橘君、特に仲良いし。文芸部の小説のネタになりそう!」
「ネタにするのか…。まぁ、私は春日井のことを応援してるけどね、あの橘って奴、どうも好かない。親友を預けるのにあんなチャラ男に渡したくない。」
「え〜、カッコいいし、女の子には超紳士って聞くよ!有料物件だと思うけどな、あたし。」
「絶対裏があるわよ。あんな完璧な外面寒気がする。」
「あはは、とことん嫌ってるな…笑」
下を向き絶対琴葉をやるもんかという熱意に目が燃えている真星に、桃は眉をへの字に曲げ苦笑いした。と、そこへ麻里香のグループから甲高い悲鳴が響き渡った。