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20XX年、春。
まっすぐ伸びた並木道を息を切らしながら走って通り過ぎている少年と少女がいた。
「咲哉、遅れちゃうよ!速く!」
「はいはい、って、お前が寝坊したんだろうがあぁぁ!待ってた俺の身にもなれよ…」
黒色の眼鏡をかけた濃い青色の髪の少年、もとい春日井咲哉は、肩から落ちかけていたカバンをかけ直し睨んで言った。
「うっ、その点はごめんん、目覚まし時計ならなかったんだもん。お小言は学校に無事着いてからにして〜…」
後ろを振り返りながら茶色のボブにセットされた髪をなびかせ走る少女、もとい水沢琴葉は、がっくりと肩を落とす仕草をして、前を向き走り続けた。
今日は輝石学園高校の入学式。県下でも有数の進学成績を残し、部活も盛んに行われているこの高校で、琴葉と咲哉は今日から高校2年生になるのだ。午前中は新高2と高3の始業式、午後からは新1年生の入学式を控えている。しかしまだ日が昇り始めたばかり。只今の時刻は5時45分。普段通りの登校には早すぎる時間である。そう、普段通りならば…。
今日の午後、もとい入学式では在校生の一部による一年生歓迎会というものがある。琴葉は吹奏楽部として歓迎の演奏、咲哉は今期の生徒会長であるので、在校生代表の挨拶を任されている。そのリハーサルが朝から行われるのだ。間一髪なことといえば、琴葉や咲哉の家から徒歩20分ほどで着く高校であるので、本気で走れば10分ほどで着くことだろうか。
「はぁ、はぁ、はぁぁぁ、着いた…」
「うわっ、ギリ5分前じゃん。まじセーフ…。生徒会長が遅刻とか笑い話になんねぇからな。俺もう行くわ、生徒会室。また後でな!」
「はーい、優秀な生徒会長サマー。」
ベーっと舌を出し、先に校門の中へ咲哉が走り去るのを見送り、早歩きで琴葉は部室へ向かった。
部室の廊下へ来ると、廊下を反響して賑やかな声が響いてくる。ほぼ部員は揃ってそうだ。
「すみません!遅れました。」
見渡してみると、やっぱり思った通りほとんどの部員が揃ってるようだった。
「琴葉ちゃん、こっちこっち〜。」
クラリネットパートの先輩が琴葉を手招きした。クラリネットパートは琴葉以外の5人は揃っているようだ。
「琴葉ちゃんがピッチ合わせたらパート練習、始めよっか。それまで他の子は各自練習。時間無いし、37小節目から合わせよう。」
「「「はい!」」」
そんなこんなで短いリハーサル練習は過ぎていった。
練習が終わり、楽器を片付けながら先輩と話してると、琴葉の親友、荻原真星が声をかけてきた。
「琴葉、クラス名簿貼り出され始めたって。一緒行こ。」
「うん、もちろん!今年も真星と同じクラスがいいな〜、緊張する。」
黒い腰まである髪を一つに束ねて結んでいる彼女、真星は学校でも有数の超美人である。クールな表情を保ち、敵味方容赦無い毒舌が目立ち、反感を買うこともしばしばあるのだが、本当は心の優しいいい子で、そのギャップに撃ち抜かれたものが後を絶たない。
「ふふ、ありがと。そんなこと言ってくれるのは琴葉だけだよ。じゃ、行こっか。」
廊下を歩きながら2人は春休み何したかだとか、宿題の話をしながら靴箱に向かった。
しかし着いたはいいものの、靴箱の辺りには大勢の人がごった返し進めなくなっていた。
「うわ、最悪。ピーク時にきちゃったのか。」
「そうみたいだね、どうしよー」
目の前の押し競饅頭状態を見ながら、呆然と立ちすくんでしまった。真星はともかく、琴葉は身長が人一倍小さいため確実に人の波に飲み込まれてしまうだろう。とそこへその押し競饅頭の中から人を押しのけ、咲哉がやってきた。
「咲哉!もう見てきたの?」
「ああ、俺も琴葉もA組だったよ。あ、荻原おはよ。」
「はいはい、春日井おはよ。で、私は何組なの。」
「げ、しらねーよ。……う、はいはい見てきますよー、お嬢。」
真星の無言の圧に負けた咲哉はまた中へ入っていき、数十秒で帰ってきた。
「お嬢も俺らと一緒だったわ、すぐ見つかった。今年もよろしくな、どうせやるんだろう?副委員長さん?」
「え!真星も一緒!?やったぁ!!」
「ありがと、春日井。2人ともよろしく。副委員長はー……正直今年はやめようかな。やりたい人もいるでしょーし、どうせ春日井が委員長やるんでしょ?春日井は生徒会の仕事があるし、副委員長に仕事回ってきそうだしめんどい。今回は成績じゃなくて自己推薦だしね。」
「うわ、理由がお嬢っぽい…。まぁ、それもそうか。やりたくてやったわけでもないしなー、去年は。たまたま高校受験の結果がクラスで上位だっただけだし。」
「それ、なりたくてもならない人いるからね…。私の成績じゃ無理だから!私なんかこの高校入るのすらギリだったのに…(泣)咲哉と真星がおかしいだけだから!!」
「お前はもう少し勉強しろよな…。でも俺はお嬢になって欲しいけど。気使わんでいいし。…性格女っぽくないし(小声)」
「あ!?」
「うわ、聞こえてたか!悪い、琴葉、先教室行くわ。じゃ!そういうことで!」
真星が腕を組み咲哉をじろりと睨むと、咲哉は目線を斜め右上に反らしながら早口でまくしたて、逃げるようにさーっと廊下を走っていった。
「たっく、せっかくやってあげようかなと少しは思ったのに、ほんっとやる気なくなったー。」
「あはは、咲哉も大変なんだよ。大目に見てあげて、真星。咲哉は真星のこと、信頼してるからいってるんだから〜。」
「うん、それは多分、琴葉の親友だから媚び売っとこ的な感覚だと思うけど…。まぁいいや、私達も教室行こ。」
「うん!そーしよ!クラス表見てないから誰が一緒かわかんないしね!」
そしてまた、たわいも無い話をしながら琴葉と真星は新しい教室へ胸を躍らせながら向かった。