③
「寂しかったですわー!」
教室に戻るなり、リアーナが半泣きで飛び付いてきた。
「ちょっ、リアーナ。皆見てるから!」
「だってだって。三時間も会えなくて寂しかったんですもの。」
まったく。たった三時間でこれだと、来年以降のクラス替えで別々のクラスに振り分けられでもしたら大変な騒ぎだろうな。
「わかったよリアーナ、それよりもランチに行こう。」
「はい!」
僕らは一階下にある学食に移動し、パンと牛乳、そして青豆の入ったスクランブルエッグを取り、席に座った。
この世界に転生して一番助かったことは、ここの食文化が前世の常識から殆ど外れていないことだ。
どれも見知った西洋風の料理に酷似していて、味も総じて口に合う。
記憶を持ったまま転生してしまった僕にとって、この世界が全く理解の出来ない食文化しか無いところだったら、恐らく何より苦痛の日々となったことだろう。
「それでユーゴ、始めての講義は如何でしたの?」
「ああ、楽しかったよ。職業魔導師になるための行程や、魔法の基礎知識が主な内容だったから色々と勉強になった。」
「基礎知識って、どのようなもの?」
「んー、例えば魔法の等級や呪文の仕組み。そしてこの世界の魔導師達がどの様な法則に沿って魔法を行使するのか、その基本的な流れの解説なんかだね。」
「???なんだか難しいですわ???」
「ははは、そうだね。リアーナには少しわかりづらかったかな。」
「むー、なんだかバカにされた気分。」
むくれるリアーナを尻目に、僕は頭のなかで今日習ったことを復習し始めていた。
まず、この世界の魔法はその威力や効果、習得難易度によって五段階に等級化されている。
初級
中級
上級
最上級
禁忌級
魔導師を志望する者は、まず中院で魔術課程を受講し、そのなかで初級の魔法を最低20は扱えるように修めなければならない。
加えて卒院時におこなわれる審査に合格する必要があり、それらを総合的に判断し特段に優秀だと中院に認定された上位者のみが、上院修学所へ推薦される。
上院では四年間で、中級魔法10及び上級魔法5を修得しなければならない。
そして上院の卒院試験に合格したのち、国の職業認定を受けるか民間の魔導師ギルドに登録するかすれば、はれて職業魔導師になれる。という訳だ。
そして、この世界の魔導師が新たに魔法を修得するために欠かせないアイテムが。
「この黒本、って訳か。」
僕は先程手に入れたばかりの、分厚い黒本を鞄から取り出して眺めた。
幼い頃より、酔ったカルロスから度々魔法使いに関する話を聞いていたので、今回の講義内容もそこまで驚かず受け入れられたんだけど。
ひとつだけ、良い意味でとても吃驚したことがあった。
「我々魔導師が、この世界で魔法を行使するために最も大切なこと。それは、黒本に記された呪文の暗記だ。」
……え?
呪文の暗記?
……それだけ?
「せ、先生。つまり、黒本に記述されている呪文を暗記すれば、誰にでも魔法が使えるということですか!?」
「まぁ、極論を言えばそういうことになるな。」
動揺して、つい手を挙げて質問までしてしまったけれど。
僕の想像だと、魔法の修行というからには肉体的・精神的な苦行に耐えたり、難解な方程式を理解・応用する頭脳が必要だったり、謎の老人を師匠と呼び、何年間も森の奥深くで厳しい修行をしたり。
そういったものが必要なんじゃないかと思っていたので、拍子抜けしてしまったのだ。
「では、魔導師になるための一番重要な修行というのは。」
「他人より一冊でも多くの黒本を読了し、内容を暗記することだな。内容の濃薄にもよるが、基本的にはどれだけ大量の黒本を読み解いたかが、その魔導師の力量や名声に直結してくる。」
驚いた。
僕は前世で、恐らく誰よりも多くの書物を読んだ。
でも、それを褒めてくれたのはおばあちゃんだけだったし、何より勉強や運動には直結しなかった。
だけど。
"初級呪文大全"と銘打たれた黒本の、黒々として重たい表紙をめくり、序文を読む。
[ 本書は火・水・土・風・木・雷の基本属性及び治癒・付加・阻害の副属性に渡る初級魔法の呪文を記し、またそれらの解説をおこなうものである。初級は全ての基礎であり最も重要視すべき魔法であるが、近年一部にそれを軽視する動きがあることを私は非常に危惧している。本書においては、たいへん詳細かつ膨大な解説をおこなっており、読了には長い年月がかかるものであると思うが。是非とも志ある者が時間の経過に恐れを持たず読み説き、魔法の真髄に触れてくれるであろうことを純粋に願い、序文とする。ー"木漏れ日の"レイノルド ]
なるほど、どうやらこの黒本は初級魔法の百科事典みたいなものらしい。
それも、かなり詳細な内容の濃いものみたいだな。
「どれだけ沢山の黒本を読み解いたかが魔導師の力量や名声に直結する。」
もし、僕の速読術が黒本にも通用するとしたら。
皆が数ヵ月をかけて読了するものを、数日で読み解くことが出来るんだとしたら。
「あーん、ソースが服に飛んでしまいましたわ。」
服に付いたパスタソースにリアーナが悪戦苦闘している横で、僕は密かな闘志を燃やしていた。




