②
目当ての本を手に入れ、意気揚々と帰路についていた。
僕は勉強もスポーツも特別出来る訳じゃないし好きでもない、だけど小さい頃から本を読むことだけは大好きだった。
2年前に亡くなったおばあちゃんは、僕が1つの本を読み終わるといつも「これでまた1つ賢くなったね、偉いね。」とニコニコしながら褒めてくれた。
幼い僕は大好きなおばあちゃんに褒められるのが嬉しくて、ますます色んな本を読んだ。
そして、出来るだけ早く読んで沢山褒められたくて、当時見ていたテレビにたまたま映っていた"速読術"を習いたいと母におねだりした。
結果、今では速読じゃ誰にも負けない自信がある。
最も、それが何の役に立つ訳でも無いけど。
運動音痴は読書じゃ治らないし、勉強だって教科書を丸暗記するだけじゃ駄目だ。
しかも、幼い頃から本ばかりと対面してきたせいか、極度の人見知り&コミュ障。お陰で……
「おい!」
「あ、金田君……。」
「おまえ、また変な本読んでんのかよ。キメェな。」
そう言ってケタケタと笑うこのデブは同級生の金田、頭の悪い乱暴者でいつも誰かを殴って問題を起こしてる。
最悪なのは、こいつの最近のお気に入りは"本ばっか読んで気取ってる陰キャを元気付けてやる"ことだという事。
つまりは、僕を殴って楽しんでるんだよな。
「な、なに金田君。僕、今日ちょっと用事があって急いでるんだけど……。」
「あ?おまえ俺に何か文句でもあんのかよ!」
何故そうなる。
「いや、文句なんて……そんな……。」
「ちっ、ナヨナヨしやがって相変わらずキメェ奴だな。」
うるさい、おまえだっていつも暴れてて相変わらず迷惑な奴だよ。
「おい、その本よこせよ。」
「え?」
「いいからよこせ!」
そういうと金田は僕の持っていた本を乱暴に奪った。
「あ!!」
「んー、なんだよこれ。女の絵と文字ばっかじゃん。こんなの見て何が面白いんだよ。」
「か、返して!」
「あ?おまえ、誰に口聞いてんの?」
「え、あ、その……」
「返してほしけりゃ、無理矢理取り返してみろよ。」
「……」
「ほらよ、大事な本なんだろ。こいよ!」
「……」
「ちっ、情けねー野郎だな。おまえみたいな弱虫が俺は一番嫌いなんだよ。」
そういうと金田は、僕から取り上げた本をおもむろに用水路へ投げ捨てた。
「あ!」
「ちっ、白けたぜ。おまえを殴んのはまた明日だ。じゃあな。」
急いで用水路を覗き込むと、ゆっくり本が沈んでいく。
本が、僕の大切な本が。
頭の真っ白になった僕は、次の瞬間、気付くと用水路に飛び込んでいた。
「ほ、本!ほん!」
バシャバシャと水飛沫をあげ、手で水中をさらう。
すると、右手の指先に何かが当たった。
本だ。
「あ、あった……うぷっ。つ、掴んだ……っ!」
やった、本を掴んだ。
ホッと安堵したのも束の間、直ぐにとんでもないことを思い出した。
僕は極度の運動音痴だ、球技も格闘技も全く出来ない。
そのなかでも特に、泳ぐことに関しては最早恐怖に近いほど毛嫌いしている。
そう、僕は金づちだった。
水面で暴れている内に、口内へ水が入り、息が出来なくなった。
そして思いの外深い用水路に身体が沈んでいき、水面と右手に掴んだ本を見上げながら薄れ行く意識のなか、僕は悔やんだ。
あぁ。
もっと。もっと。
たくさんの本が読みたかったな。




