②
「この黒本をたった半日で読み終えたのか……。」
"初級魔法大全"を手に、心底驚愕した声色でカルロスが呟いた。
「う、うん。」
「それで呪文は。幾つ記憶したんだ。」
「一応載ってたものは全部、45だったかな。」
「よ、よんじゅうご……。」
「カルロス……。」
「……。」
両親が深刻そうに顔を見合わせている、何か問題でもあったんだろうか。
「ユーゴ……。いいか、よく聞きなさい。通常、魔法使いは1つの呪文を修得する為に一冊の黒本を何日も掛けて読み解く。特におまえが今回読解したような幾つもの呪文を記載している黒本は"長篇"と呼ばれ、俺達みたいな熟練の魔導師でも年単位の時間を費やして自分のものにするんだ。」
「加えておまえが覚えた45という呪文数、これはとても中院生が在院中に会得出来るような数じゃない。はっきり言って異常な事態だ。」
「で、でもお父様。僕が覚えたものは全部下級呪文ばかりですよ?異常は流石に言い過ぎなんじゃ……。」
「それでもだ。普通の院生なら優秀な者でさえ卒院する頃に下級呪文を20足らず取得するのがやっとだ、講義で習わなかったか?」
そう言えば確かに、スチュワート先生は中院の卒院には下級呪文の取得数が最低20必要だと言っていたけど……。
僕は「最低」20という言葉のニュアンスから、本当に成績が下位の人でその程度なのかと思い込んでいた。
優秀な院生達はもっとたくさん覚えているものだと……。だけど皆の反応からして、どうやら認識を大幅に間違えていたみたいだ。
「おまえの言うことが真実だとして、もし本当に45もの下級呪文を取得したのだとすれば。ユーゴは既に上院生クラスの経験値があることになる、それも飛び抜けて優秀なレベルのな。」
どうやら僕は、とんでもないことをしでかしてしまったようだ。
「あなた、どうしましょう……。」
「そうだな……。流石にこのまま登院させる訳にはいかないだろう、周りが大パニックを起こす。明日俺が一緒に行って事情説明をしてみよう。」
「ユーゴ、おまえの担当講師は何という魔法使いだ。」
「えっと……、スチュワート先生です。」
「スチュワート?サラトガ・スチュワートか!それなら話が早い、あいつは俺の上院時代の後輩なんだ。」
:鋭気を養いドライアドの裾を掴む:
:嵐の夜に遠く聴こえる荘厳な咆哮は響く木々の豊かな命音:
カルロスが呪文を唱えると地面から木々が育ち、僕の開けた巨大な壁の穴を塞いだ。
「応急処置だが、これで風は入ってこないだろう。」
とにかく今日はもう寝なさいと両親に促され、僕は床に着いた。
カルロスが部屋を後にする時に、「そういえばユーゴ、どんな呪文で壁があんなことになったんだ」と聞かれたので、一番初歩的な風の下位呪文"そよ風"だよと答えると、とても深刻そうな顔をして「そうか……」と呟いた。
その時の父の顔がいつまでも気になり、ベッドに入った後も僕はなかなか寝付けなかった。