96話 出陣 紅蓮の炎
よろしくお願い致します。
大精霊を護る為に創られた竜。
地の守護竜──鳴地竜ウィル・ダモス。
水の守護竜──碧水竜コーリエンテ。
風の守護竜──飄風竜インテリペリ。
火の守護竜──劫火竜エクスハティオ。
─────
鳴地竜ウィル・ダモス。
地の大精霊が存在しているロッズ・テイク自治国。その国にあるとされている未開の桃源郷。
彼の竜は、人知れず今もその場所にて生存していると聞く。
碧水竜コーリエンテと飄風竜インテリペリ。
言い伝えによれば、遥か古き時代。大いなる癒しと恵みの力を人間によって、神と崇められた碧水竜コーリエンテは、やがて、邪な思考を持つようになり、この世界の支配を目論む存在へと己の存在を変化させる。
その脅威に対し、四大精霊達はその存在を滅する為に、一番近くにいた風の守護竜、飄風竜インテリペリをコーリエンテのいる地に向かわせた。
両者は激しくぶつかり合い、凄まじい戦いは数日にも及んだという。
全ての在りとあらゆるものが消滅し、その地の文明も滅び、やがて──二体の竜も力尽き倒れ、彼の地に骸を晒す事となった。
今のティーシーズ教国。先の戦いによって、消滅したヨルダム城塞都市があった場所だ。
そして劫火竜エクスハティオ。
四体の守護竜の中で最も強大な力を持ち、且つその自我は、極めて凶暴だったとされている。その力を大いに恐れた四大精霊達は、彼の竜の存在を何処かの場所に封印したという。
今となっては封印を解く鍵が、クリスティーナ。火の一族歴代族長が、その封印を身に刻む事になる事実が判明した訳なのだが──
その後、守護竜に代わる存在が、四大精霊によって選出された。
それが、我々『守護する者』だ。
─────
「………」
私は無言で卓上で両手を組み、それを鼻先に当てながら思考を巡らす。
……どこかに盲点がある筈だ。答えを導き出す盲点が──
すると、いつかのデュオの言葉が、頭の中に浮かんできた。
城塞都市ヨルダムを黒の魔導士アノニムが跡形もなく破壊した。確か、彼女はそう言っていた。そしてその場所で奴が、何かをしていた。その事も──
「──!?」
私の頭の中で、何かの符号が音を立てて一致する。そんな感覚に一瞬、陥る。
白の精霊。別名、零の精霊。創造と破壊を司るその精霊には、それを守護する竜の存在が記されていない。
そもそも、存在しない者なのだろうか?
──いや、もしやその存在の定義はあるが、この世界に未だ具現化されていない。そういう事ではないのか……?
その手段が例えば、四つの守護竜が持つ何かを収集する。それが目的ならば、黒の魔導士が城塞都市ヨルダムを破壊し、何かをしていた。その事にも納得がいく。
実際に奴は、その目的を既に達成させているのかも知れない。
そして次に、クリスティーナの身体に施された封印を解き、火の守護竜を復活させようとしている。
劫火竜エクスハティオが持つ、何かを手に入れる為に──
白の精霊が黒の精霊となり、やがてそれは『滅ぼす者』を誕生させる。その精霊を護る存在が──零の精霊を守護する竜たる存在が、『滅ぼす者』ではないのか──?
……おそらく間違いない。黒の魔導士アノニム。奴は古守護竜にまつわる何かを集め、その存在をこの世界に出現させようと企てている。
その為に奴は、我々の前に姿を現し、そして今も行動をしているのだ。
──クリスティーナを護る! その事がすなわち、私とデュオの目的。『滅びの時』を止める。その事と一致する!
私は静かに目を閉じ、顔を上方へと向けて、ひとつ深い呼吸をする。そして顔を正面へ戻し、目を見開いた。
「奴らの狙い。おそらくそれは『滅ぼす者』をこの世界に出現させる事! その為にクリスティーナの身体にある封印を解き、火の守護竜を甦らせようとしている!」
私は大声でそう言い放ちながら、勢いよく立ち上がった。
「最早、この事はクリスティーナ個人。いや、火の大精霊に関わる者達だけの問題ではない! この世界の命ある全ての者に関わる大きな危機だ! ヤオ、ダート、ローラン。改めて懇願する。私に力を貸してくれ! クリスティーナを救う為に!」
「「応!」」
「この今ある世界。その存続の為に──!」
◇◇◇
火の大精霊の寺院。深い外堀を囲む、堅牢な城壁の大きく開かれた城門。その前に総勢五百数名の屈強な竜人族の戦士達が整列している。
この軍勢を率いて、私達は今から出発しようとしていた。
クリスティーナとデュオ。ふたりを見付け出す為。クリスティーナに迫る脅威。それを打破する為に。
この事がきっと、この世界の歪んだ理を大きく変える事になる。そう信じて──
そんな世界の命運をも左右する重大な任務をその身に受けたにも関わらず、周囲からは僅かながらの談笑や、喧騒の声が耳に届いてくる。
これが、どこぞの国の正式な騎士団ならば、間違いなく罰則ものだろう。だが、今は竜人族達が持つ強い胆力を感じさせ、そんな騒がしい声が逆に頼もしい。
私は横で馬上で並び立つ、ヤオに声を掛ける。
「ヤオ。お主は残らなくて良いのか?」
その声にヤオはこちらに顔を向ける。そして少しの笑みを浮かべながら答えた。
「はははっ、年老いたとはいえ、私も魔導士のはしくれ。その力にはまだ自負があります。若い者には負けぬ働きを見せてみましょうぞ」
私も笑顔でそれに返す。
「ふふっ、頼もしいな。当てにしているぞ」
「お任せあれ。若とは幼き頃から、その成長をずっと楽しみにしておりました。若の指南役を命ぜられたその時から……そんな若の将来を奪うような世界の理など、若の爺として、決して許される事では在りませぬ!」
ヤオは真っ直ぐに前方を見据えながら、言葉を続けた。
「どうかご無事で……若。爺が今からお迎えに参りますぞ」
そう言葉を発するヤオの姿を一瞥し、私は前方の遠くに目をやる。
「……そうだな。お主も私と同じだ。大切な者を、大切な何かを……それを失わぬ為に、私達は前へと進み続ける」
そしてその先に答えがある筈──
「──さあ、行こうか」
私は手綱を握り、馬の腹を踵で蹴る。
「はっ!」
ヤオが整列した竜人族の前へと馬を進める。そしてその右手を大きく天に掲げた。
「我らは竜人。火の一族なり! さあ、いざ行かん! この現世に立ち込める暗闇を、我らが放つ紅蓮の炎で照らし出す。その為に!」
ヤオの飛ばす激の声が、周囲に轟く。
──“おおおおおおおーーっ!!”─
それに応じる大地をも揺るがすような、竜人族達の雄叫び。
私は踵を返し、馬を走らせた。そしてその大音響の声を背中で感じながら、やがて、それは大音響の馬蹄の音へとその音を変えていった。
そんな中。私は思いを馳せる。
待っていてくれ。デュオ、クリス。私の大切な者達……必ず、見付ける! 助け出す!だから、その時は──
「再び、共に前へと進もう。それを取り戻す為に、今は私が前へと突き進む!」